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ココロの謎解き、ご用意します。  作者: ミラ
第四章 迷子のココロのカフェ巡り謎解き

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 二軒目は、岡山市内にある古本専門のブックカフェを指定された。小さな劇場の隣にある北欧スタイルのカフェで、ここで読書をしてみたいと以前から思っていた場所だ。

 店は横長の形で、円柱型の本棚と大きな平面本棚が交互に並んでおり、読書好きをくすぐる空間である。

 テーブルや椅子、本棚はバーチ材の木のぬくもりがあたたかく、北欧を意識した家具選びにこだわりが見える。

 古い本たちの背表紙を眺めながら、奥へ進む。スタンプラリーはあの日の再現と考えられる。

「だから空白の日の僕は、早朝に猫の蔵カフェ、次は古本カフェに来たってことか。しかも岡山市内ね……」

 スタンプラリーに導かれて進む道のりには、僕らしい動線がある。

 岡山市内に向かって移動しているところなんて、あきらかに僕のやることだ。三軒目のカフェはどこか、ここまでくればもう察しがつく。

 あの日の僕も僕だから、やりそうなことがわかってしまう。

「いただきます」

 先ほどのカフェと同じように予約と、注文が済んでおり、僕はテーブルの上のハヤシライスを食べ始める。

 瑞葉さんにハヤシライスの写真を撮って送り、スタンプラリーカードには二つ目の大福シールを貼って、ミッションはクリアした。

 ぱくぱくとハヤシライスを口に運んでごくりと食べる。僕なりに噛んでいるつもりだが、丸のみするなと友人たちにはよく言われる。

 食べながら、七瀬さんの捜査方法を予想した。

 ここは僕の好きそうなブックカフェではあるが、岡山市内にブックカフェはいくつもある。

 七瀬さんはその中から、ここがあの日の僕が来た場所だと、どうやって割り出したのか。

「誰かに聞いた、が濃厚かな」

 ハヤシライスは甘みの強いデミグラスソースが濃厚で、白いご飯と相性が良く、すぐ食べ終わってしまった。

「ごちそうさまでした」

 しかしまあ、ここで僕がハヤシライスを食べたことまで調べ上げる七瀬さんにはちょっと引いている。

 店のメニューを見てみたが、おそらく僕ならハヤシライスを頼むだろうことは予想がついた。食後に水を飲んでいると、店員さんがやってきた。

「こちら、お渡しするように承っております」

 店員さんから紙袋を手渡される。

 紙袋の中には文庫本が二冊、入っている。

「あ、ありがとうございます」

 店員さんが去っていく。紙袋から取り出した文庫本の表紙に貼られた、ピンク色の付箋がすぐ目に入った。

『この本は事故の日に、心くんがこの店で購入した本です。瑞葉より』

 手書きの丸い文字から、瑞葉さんの声がするような気がする。

「僕があの日、買った本? いやでも、これはおかしい」

 この本の作家の名前はよく知っている。

 だが、この本を購入した僕が「二冊だけ」買うのはおかしな話である。

 このミステリーはもう十年以上前のシリーズもので、上中下の三冊が発刊されている。

 今、受け取ったのは「上」と「下」だけだ。

「『中』も買うだろ……上下しか買ってないってことは、中は売り切れか」

 三冊セットで売っていないなんてことはないだろう。いやでも、古本店ならありえるか。ミステリーを買うのに「中」がないなんて耐えられない。

 立ち上がり、店内の棚を探し始める。この本が置いてあっただろう場所にたどり着くと、そこには「中」の本が並んでいる。

 僕が上と下だけを買うなんてことをしたから、売れ残った中は取り残されてしまったのだろうか。

 だが、推測の域を出ない。

 僕はダメ元で、さっき本を運んできてくれた店員さんを探して尋ねた。

「あの、この日に、この本の『中』が売り切れだったかどうかを調べてもらいたいのですが」

「この前も全く同じことを聞かれましたよ」

 店員さんはきょとんとしてから、ふふっと笑った。

「その日にそのシリーズは三冊とも揃っていました。そのときに売れ残った『中』は今でも棚にあります」

 七瀬さんも同じことを店員さんに確認したようだ。僕は店員さんに礼を言ってから席に戻り、本をぱらぱら捲りながら考える。

「僕はわざと、『中』を買わなかった」

 ミステリーなんて食い入るように読みたいものなのに、なぜそんなことをしたのか。あの日の僕が何をしようとしていたのかが、だんだんと浮かび上がってくる。

「……いかにも、僕ならやりそうな手だな」

 あの日の僕も、僕だから。

 断片から思考を辿れば、同じ結論に行きつく可能性はかなり高い。



 古本ブックカフェを出ると、瑞葉さんから三軒目のカフェが指定された。

 予想通り、岡山駅前の大きな新刊書店の、併設カフェ。

 瀬戸さんの職場だ。

 彼女が働くカフェは、煉瓦壁と渋色の木目の床に大人の品位があり、緑色のビロードソファにずっと座っていたくなるような場所だ。ジャズピアノのBGMが心地いいこの店に、僕は幾度通っただろうか。

 おそるおそる店内に足を踏み入れる。

 だが、注文カウンターに瀬戸さんの姿はなかった。少しほっとした自分が情けなくもある。

『おかやまフルーツフラペチーノを注文して、カップを持ったまま外に出て写真を送ってくれたらミッションクリア! 大福シールを貼ってね!』

 瑞葉さんからのメッセージに従って、岡山のフルーツがふんだんに乗ったフラペチーノを持ち帰りカップで注文する。

「商品のできあがりまで、少々お待ちください」

 客が固まって並び、注文が続いたので待ち時間が発生する。煉瓦壁に背を預けた僕は、いつも座っていたビロードソファ席をちらりと見る。

 あの席は、働く瀬戸さんがさりげなく見える位置なのだ。

 瀬戸さんと出会ったのは一年前。

 あの日も、僕はその席に座っていた。

 本は図書館で借りることが多い。だが、どうしても読みたい新刊が発売されたので、隣の新刊書店で購入し、ここでほくほく読んでいたのだ。

 カフェでコーヒーを片手に新刊を捲るひとときは、最高だった。

 久々に所有することにした本を大切に捲っていたとき、隣の席で若い男性が大きな音を流しながら動画を見始めた。

 僕は眉をひそめて、彼を見つめる。

 せっかく楽しみにしていた時間なのに、このままこの状況が続けば台無しになる。僕は本を閉じた。

 静かにしてもらえませんかと、意見しようか迷う。だが、店員でもない僕が出しゃばるのも筋違いかと考えていると、彼女が僕と隣の彼の間に立った。

 栗色の細い髪を耳にかけた瀬戸さんの、しゃんと伸びた背中をよく覚えている。

「お客様、他のお客様のご迷惑となりますので、お静かにお願いします」

 若い男性は背の低い瀬戸さんをちらりと見ただけで、無視した。だが、彼女は毅然と言い直す。

「店員の指示に従えない場合は、ご退店いただくこととなっております」

「はあ?」

 男性が露骨に威嚇する声を出したので、ひやりとする。僕の腰が浮きかけたが、彼女はなおも続けた。

「ここは警官立寄所でもありますよ。ご退店をお願いします」

 彼女は一歩も引かず、まっすぐ顔を上げたままだ。声が、凛と通る。

「ご退店を、お願いします」

「なんで俺が」

 そう言いかけた男性は、他の客からの視線が集まっていることにやっと気がついたのか、小さく舌打ちして退店した。

「失礼いたしました。ぜひごゆっくり、本とコーヒーをお楽しみください」

 彼女はホールに向かって綺麗な一礼をしてから、注文カウンターの中に戻っていった。彼女の一挙一動に対して、驚きと尊敬が湧きあがる。

 あんなに小さくて可愛らしい容姿なのに、ひとつも怯まない。

 毅然な態度は美しくすらあった。

 彼女が守った静寂の店内で、僕は存分に読書を楽しんだ。

 素敵な時間をくれた店に報いようと、お土産に何か買って帰ることにする。購入のためにもう一度注文カウンターに行くと、彼女が接客してくれた。

「おやつを買って帰ろうと思うのですが、何がおすすめですか」

 特に買うあてもなかったので尋ねると、彼女がケースの中を手で示す。

「このスコーン、さくさくでおいしいですよ。売り上げはイマイチなのですが、個人的にはこの店の一押し、隠れた名品です」

 先ほどのきりりとした様子とはまるで違うやわらかい対応に、つい笑みをこぼしてしまう。

「あ、名品なら隠れてない方がいいですよね」

 彼女は変なことを言ったと、自分でも笑った。

 笑うたびに、彼女の顔にあるそばかすが元気に動く。

 そのそばかすが妙に、視界に残る。

 スコーンを二つ買うことに決めると、彼女は嬉々としながら紙袋にスコーンを詰め始める。

 僕はぐるっと店内を見回す。コーヒーと軽いおやつ、フラペチーノしか売っていないこのカフェは、昼時の今頃、客が少ない。僕は迷惑をかけないと判断して、話を続けた。

「さっきの退席を促す対応を見ていました。プロの仕事で、かっこよかったです」

 彼女はびっくりしたように口を開けて、そのあとまたふわりと笑う。そばかすが動く。

「わあ、そんな風に言ってもらって嬉しいです。内心ドキドキでしたけど!」

「自分より大きな男性に注意をするのは怖かったですよね。かっこよかったですけど、気をつけてくださいね。いろんな人がいますから」

 彼女が危険な目に遭うのは嫌だなと、自然と口から出てしまった。踏み込んだことを言ってしまったと一瞬後悔したが、彼女は照れたようにはにかんだ。

「ご心配ありがとうございます、優しいですね」

 くるくると変わるそばかすの表情。

 そのひとつひとつを、僕は帰りの車の中で何度も思い出してしまった。

 今思えば、もうこのとき僕は、ピンときてしまっていたのだと思う。

 それから図書館派のはずの僕は、わざわざ車で30分も距離がある新刊書店で本を買い、彼女のいる併設カフェに通うようになった。

「あ、心さん、いらっしゃいませ」

 平日の朝方から昼頃なら客が少なく、彼女の勤務もあると知った。その時間を狙ってカフェに通う僕は、引かれても仕方ないかもしれない。

「心さん、カフェ巡りが好きなんですか? 私も好きでいろんなカフェに行きます。山の上の絶景カフェ、行きました? 実は何度も通っているんですが、待ち合わせならついここにしちゃいます」

 この店のカウンター越しに挨拶を交わして、好きな本やお気に入りカフェ、互いの趣味の話をした。

「この作品、知ってます? 作者は心底性格悪いなって思うんですけど、騙されてすっきりしちゃった~ってデトックスがあるので、隠れた名作です」

 次の客が並ぶまで、彼女の隠れた名作、名店のおすすめ話を聞く時間が好きだった。

 個人的に連絡先を交わすまでいたっていなかったが、その楽しい時間の記憶はある。僕はこのカフェの常連「だった」のだ。事故に遭うまでは。

 七か月前に自転車事故に遭った。

 耳をイヤホンで塞ぎ、スマホを見ながら運転していた高校生にぶつかられて頭を打ったのだ。

 ぶつかった彼が言うには、僕は歩道の真ん中で突っ立っていたそうだ。道の真ん中に突っ立ってしまった理由はいまだにわからない。

 事故のあとこのカフェに来たとき、彼女の態度は一変してしまったのだ。

「ご注文のコーヒーです。お買い上げありがとうございました」

 カウンターで定型な接客を終えた瀬戸さんに避けられた。注文と商品の提供が終わると、あからさまに顔を逸らして奥へ引っ込んでしまう。

 あまりの変化に何があったのかわからず、僕は彼女に問いかけた。

「あの、瀬戸さん……僕、何かしてしまいましたか」

 彼女は眉間に縦皺を寄せるほど険しい顔をして、首を横に振った。

「……いえ、私が余計なことをしただけですので」

「余計なことって」

「あの、仕事中ですので、すみません」

 彼女はそれ以来、個人的なおすすめの話をしてくれなくなった。

 事故の日に、僕と彼女の間に何かがあった。

 それだけは確かなのだが、それを思い出せない。彼女の態度が胸に痛すぎて、それ以上何もできず、このカフェから足が遠のいていたのだ。

「おかやまフラペチーノ、お待たせいたしました」

 瀬戸さんとは違う声に呼ばれて、店員さんからフラペチーノを受け取った。僕は用のないカフェを後にして、通りを前にした歩道に出る。



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