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ココロの謎解き、ご用意します。  作者: ミラ
第四章 迷子のココロのカフェ巡り謎解き

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 翌日の早朝、オフの僕は七瀬さんたちとアクアマリンで待ち合わせをした。

 玄関を開けて中へ入ると、清潔なせっけんのような香りが漂い、受付で晴真くんが晴々と笑う。

「心さん、ようこそ! アクアマリンへ~!」

 晴真くんの居酒屋っぽい挨拶がアクアマリンに響く。

 僕はあまり大きな声を出さないので、この宿に足りない活気は彼の元気で補われている。

 彼がいると、吹き抜けのリビングは三割増しで明るい。

 アルバイト募集の面接にはたくさんの人が来てくれたが、僕は一目で彼にピンときた。

「心さん、今日は楽しんでくださいね!」

 晴真くんがにっと歯を見せて軽やかに笑う。僕の直感は間違っていなかったと思っている。彼はそそっかしいところがある。

 だが、それを補ってあまりあるほど、明るく優しい。

 僕の接客が杓子定規だと高齢のお客様からクレームがあったとき、晴真くんの温和で自然な対応が助けてくれたこともある。

 彼がいてくれるから、僕は安心して休日を楽しめるのだ。

「ありがとう、楽しんでくるよ。晴真くん、アクアマリンをよろしく」

「はい!」

 清潔な館内に明るいスタッフ、そして大窓から見える瀬戸内海の青さを身に受けると、特別な時間が始まった気がする。

 アクアマリンにやってくるお客さんはこんな気持ちか。

 自画自賛だが、僕のアクアマリンは良い場所だと思う。

 晴真くんの声に気づいたのか、七瀬さんと瑞葉さんがキッチンから現れてリビングへやってきた。

「おはよう、心くん! 早い時間に待ち合わせしちゃってごめんね!」

 瑞葉さんのやわらかい挨拶の後ろで、ひょろっと立つ七瀬さんも会釈する。

「では時間が押していますので、さっそく始めましょうか」

「どこへ行くんですか」

 今日は一日預けるつもりで来てほしいと言われており、どこへ行くのかは何も聞かされていない。にやにやする瑞葉さんが、後ろ手に隠していたものを僕に差し出す。

「じゃーん、これ、心くんにプレゼントでーす!」

 受け取ったカードをじっくり眺める。カードにはタイトルが書かれている。

「カフェ巡りスタンプカード、ですか?」

「心くんがローカルスポット巡りとか、カフェ巡りとか好きだって、七瀬さんから聞いたので、この形にしたの」

 手作り感満載の、ハートマークでデコレーションされた可愛らしいスタンプラリーカードだ。瑞葉さんがにっこり笑う。

「ということで、今日は私と七瀬さんの二人で、心くんの謎解きをご用意しました~!」

「うおー! 二人ともすごすぎる~!」

 晴真くんが加わって、拍手してくれる。彼は盛り上げ上手でいつも助かる。七瀬さんが淡々と説明する。

「瑞葉さんがお伝えする各ポイントを回り、ミッションをクリアしてもらいます。そこで情報を集めつつ、最後の謎を解いて帰ってきてください」

「最後に大きい謎があるってことですね」

「はい、それはその時に、私からお伝えします」

 自信満々に見える七瀬さんの真顔に、好奇心がむくむく湧いてくる。

「面白そうですね。でもまさか、七瀬さんが謎解きを作ったんですか?難易度が異次元に高いのでは?」

 訝しむと瑞葉さんが笑い飛ばす。

「大丈夫ですよ、心くん。きっちり一般的な形に収めてもらえるように、私がびしばし言いましたから!」

「瑞葉さんの教えを受けて、手心を加えてあります。それに私はミステリー作家です。作った謎解きを、一般の方に披露するプロですので」

 二人で謎解きを作っていると言っていたのは、僕のためだったのか。

 その事実だけで、もう僕のココロはすっかり満たされてしまう。だが、これから一日中、二人に楽しませてもらえるのかと思うと、早く最初のポイントに行きたくなった。

 謎解きは、大好きだ。

 瑞葉さんは最初のポイントの場所とミッションを伝えてから、高らかに手を上げる。

「楽しんできてね! 心くんの帰りを、私たちみんなで待ってるから!」

「ありがとうございます、では、行ってきます」

「心さん、いってらっしゃい!」

  三人に見送られ、僕は一人で岡山県のカフェ巡り謎解きへと向かうために、車に乗り込んだ。


 瑞葉さんからスマホに送られた位置情報に従い、出発した。

 ドライブをして新見市の国道沿い、やや丘の上にある蔵カフェにたどり着く。

 歴史ある蔵の中で、カフェが営まれているのだ。店の前で写真を撮ってから、蔵の中へ入る。

 蔵の中は意外と天井が高く、一面の壁がガラス張りになっていて明るい陽が差していた。店員さんが迎えてくれる。

「いらっしゃいませ。ご予約はされていますか?」

 スタンプラリーカードの裏面には、各ポイントでの細かな注意点が記載されている。このカフェでは予約が済んでいることが明記されていた。

「鳥海です」

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 店員さんの案内を受け、招き猫が祀られた祭壇前を通り抜ける。

「猫の祭壇ですか」

「そうです、うちは猫がいっぱいで。猫ちゃんがうろうろしていますが、大丈夫ですか?」

「猫好きです」

「良かった!」

 窓側の席に座ると、足元をするりと何かが通り過ぎる。テーブルの下を覗いてみると、白と茶色の斑柄の猫が悠々と歩いていった。

 猫がうろうろしているカフェなんて珍しくて面白い。

 まだオーダーをしていないのに、店員さんがさっそく飲み物を運んできた。

「お待たせいたしました。ご予約で承ったご注文は以上でございます。会計も済んでおります」

 店員さんは颯爽と去って行く。

 予約が済んでいるとは聞いていたが、注文まで通っていたようだ。

 僕は目の前に置かれた飲み物を見つめる。

「あー、なるほど。これってあの写真の」

 注文品は、猫のクッキーが乗った向日葵色のクリームソーダ。

 これは僕が事故で失った「空白の一日」に撮った写真に、写っていたものだ。

 こんな特徴的なカフェに来たならば、決して忘れはしないはずだ。

 なのに、僕の中に記憶はない。

 スマホを取り出して、ぱちぱちと元気に泡が跳ねる向日葵色のソーダを撮影した。

 あの日の写真と見比べる。

「完全に一緒」

 たった一度、それもほんの少しの間、僕がこの写真を見せただけなのに、七瀬さんはこの店を見つけた。記憶の断片から調べて、この店を割り出すなんて信じられない。

「見たもの全部、覚えてるのかな……すごすぎ」

 さっぱり夏味のクリームソーダを赤いストローで吸いながら、今撮った写真をスマホで瑞葉さんに送る。

 このポイントでは、飲み物の写真を送るのがミッションだ。

 瑞葉さんからすぐ返信がある。

『最初のポイントクリアでーす! 渡したシールをスタンプラリーカードに貼ってから、おいしく飲んでね!』

「これか」

 出発するときに瑞葉さんにもらったシールは、大福キャラクターが印刷されている。

 ふにふにっとしまりない顔で笑う、無邪気な大福ちゃんキャラクターをぺたりとカードに貼って、ミッションクリアだ。

 スマホに写った向日葵色ソーダを眺めながら、手に持ったグラスのソーダを吸い続ける。ぱちぱちっと炭酸が弾けるように、だんだんと頭が冴えてくる。

「これは、そういう趣旨ってことか」

 最初は、ただの謎解き遊びかと思っていた。

 だが、七瀬さんは僕が謎として置き続けている「空白の一日」の謎解きをやる気らしい。

 ココロの謎解きは例外だが、謎解きを提供する側が答えを知らないなんてことは、基本的にありえない。

「七瀬さんは解いたってことか」

 このままカフェ巡り謎解きを続け、スタンプラリーを辿って行けば、僕は空白の一日を再現することになるのかもしれない。

 猫クッキーをサクサクと噛む。甘いクッキーで糖分補給をしながら、「今なら引き返せる」と、「謎を解いてみたい」の二つの願望の間で揺れる。

「どうしようかな」

 窓の近くの日向で、猫が丸くなっているのをぼんやり見つめる。猫は大きく口を開けてあくびをし始める。

 あの日の僕が、どんなとんでもないことをやらかして、彼女との関係が壊れてしまったのかを知るのは怖い。

 けれど僕は、日向でココロの謎もなく呑気に丸まっている猫がうらやまし──くはないのだ。

 猫みたいに蕩けそうなほどのんびりするより、僕は頭を使っていたい。

 アクアマリンでオーナーをやっていたいし、チェスで七瀬さんに勝ちたいし、謎解きも続けたい。

 本当はあの日を、知りたい。

 知ったら彼女に、謝れるかもしれないから。

 猫があくびをしてから、眩しい青空を見上げて目を細める。

 苦笑いする僕も、同じように青空を見上げた。

「謎を前にしたら……解かないと」

 散々逃げたあとだが、僕はアクアマリンで謎解きオーナーをしているのだ。僕だけ謎から逃げ続けるのは、格好悪すぎるだろう。

「行くか」

 向日葵色のクリームソーダを飲み干した僕は立ち上がり、猫をひと撫でさせてもらってから店を後にした。

 空白の一日の謎は怖いが、謎の答えに希望はある。

 七瀬さんが僕にこの謎を開示しようとしているということは、僕にとって多少は都合がいいはずなのだ。

 彼なら、あの日の小さな会話を忘れたりしない。

『謎の答えが心くんにとって都合が良いようなら、開示するのはどうですか?』

 次のポイントには何が待っているのか。

 店を出たと瑞葉さんに伝えると、次のカフェの位置情報が送られてくる。

 不安と希望を抱えながら、猫にはならないと決めた僕は再び車を走らせた。



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