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ココロの謎解き、ご用意します。  作者: ミラ
第四章 迷子のココロのカフェ巡り謎解き

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 アクアマリンの深夜、静かなリビングにコツン、コツンと駒を打つ音が響く。

 僕はあと二日でイギリスへ帰る七瀬さんと、テーブルにチェス盤を置いて向かい合っている。

「七瀬さんと瑞葉さんは、最近よく一緒に出掛けていますね。どこに行っているんですか?」

 彼相手だとほとんど見えない勝ち筋をなんとか探しながら、話しかける。お喋りで気が逸れて、少しでも下手な手を打ってくれないか、という打算もある。

 だが、基本的にお喋りが大好きなので、話しかけたいだけだ。

 彼はナイトを持って、思案している。

「日本で住む家を検討しているので内覧をしたり、カフェに行って謎解きを作ったりしています」

「瑞葉さんも謎解きに興味が?」

「普段は私の本も読みません。ですが、まあ今は一時的に協力をという感じです」

 七瀬さんのナイトがコツンと盤上に置かれた。痛い所にきちんと打たれる。

 しかし、話の内容は仲睦まじく微笑ましい。

 今度は僕が思案している間に、彼が口を開く。ゆさぶろうとする打算だろうか。いや別に、そんなことしなくても七瀬さんが勝つ。

 僕はまだ、彼に一度も勝てていない。

 悔しくて、最近は夜な夜なネットチェスに熱を上げたりしている。

「仕事の場所を、イギリスから日本に変えるつもりなのです。書けるとは思っていますが、仕事の環境を大きく変えたことがないので……少し心許こころもとないですね」

 彼から「心許ない」なんて素直な言葉が出てくるなんて、心を許されているなと、嬉しくなってしまう。

「それはそうですよね」

「そこでサンプルとして、お聞きしたいのですが。心くんがなぜ小学校教諭を辞めて、アクアマリンを開設しようと思ったかを教えてもらえませんか。職種も何もかも違うではないですか」

 ああ、サンプルですかと笑ってしまいそうになる。相談と言えばいいのに、独特な言葉選びが彼の特徴だ。

 今までの人生で出会った人たちの中で、彼は飛び抜けて奇異で興味深い。

 僕は斜めに動くビショップの駒を動かした。

 僕の人生は彼ほど奇怪ではないが、サンプルとして提示するくらいはできる。

「僕は人生にリズムっていうのがあると思っていて」

「リズム?」

「僕にとってそれは、10年おきぐらいに起きるんですよ」

 七瀬さんが小首を傾げる。

「バイオリズム的な話ですか? スピリチュアルな話ですか?」

 すぐ分類したがるのも彼の特徴の一つだ。

 決まり切った秩序がないと、落ち着かないのだろう。だから七瀬さんは秩序に満ちたチェスを好むのだろう。彼はキングを一歩ずらす。動かないでほしかった。

「分類はなんでもいいです。僕はただの感覚なので」

 七瀬さんが不満そうな声を出す。

「あなた、意外と雑ですよね」

 ぶふっと吹き出して笑ってしまう。

「親しくなった人間にはよく言われます」

 僕はなぜか落ち着いて見える性質らしく、これは友人たちからよく言われるのだ。「もっと生真面目かと思っていた」とか「もっと細かそうなのに」とか。

 七瀬さんが同じ印象を持ったことが可笑しかった。僕は堅実に一歩進むポーンを前へ置く。

「七瀬さんは繊細すぎるって言われるでしょ。僕のことは大らかと言ってください」

「繊細、は優しい言い方ですね。基本評価は変人ですよ」

「自己認識あるんですね」

 七瀬さんがじっと見るので、僕もじっと見返す。七瀬さんがふっと笑って、同じくポーンを前に出して僕の仕掛けた戦いに応じる。

「それで、心くんの人生にどんなリズムがあったのですか」

 僕は別のポーンを前に出した。

「10歳の時にチェスで日本の全国大会に出たのですが、そこでチェスはやめました」

「どうしてですか?」

 七瀬さんが斜めのビショップを手に持って止まる。

 ミステリー作家としての一本道を突き詰める彼には、僕のようなふらふらした人間がすることが理解できないのかもしれない。

「プロを目指すほどの才覚も、情熱もないのがわかっていたので、もういいかなって」

「もういいかなって……磨かれないまま、そこに天賦の才があったらどうするんですか」

「諦める他ないですね。本人にやる気がないので」

 七瀬さんのビショップが斜めに進む。僕みたいだなとちょっと思う。

「チェスをやめてからは、目についたやりたいこと何でもやりました。スポーツもしましたし、手先が器用だとわかったのでクラフトもたくさんしましたし、特にアクセサリー作りはハマりました」

 ポーンが開けた道に最強の駒クイーンを進める。

 アクセサリー作りは無心になれる。今でもよく作るので、アクアマリンの受付に並べている。収入源というよりは趣味だ。

「好奇心の幅が広いですね」

「そう言われればそうですね。最強の一手より、手札が多いのが好みです」

 七瀬さんは最強のクイーンを動かしながら、やや不平顔だ。僕が突き詰めない性質なのが理解しがたいようだ。

「次は20歳のとき。甥っ子が生まれたのですが、すごく可愛くて。この子のためになるような仕事をしようと思って、教職を目指すようになりました」

 僕のナイトをクイーン防衛に向ける。

「だんだんわかってきましたが、あなたは直感で生きているわけですね?」

「はい、そうですね。こうピンときたら、そこで戦いたい感じです」

 盤上で七瀬クイーンと心ナイトの攻防が激化する。コツンコツンと打ち合う速度が上がる。

「あなたは知性で動くタイプだと思っていましたが」

「直感が働いてから、知性は攻略のために念入りに使いたい方です」

 ああ、と七瀬さんが一つ頷いた。ピンときてくれたようだ。

「ココロの謎解きは、心くんの直感で案内先を決めて、そこから謎を逆算して作っているわけですからね」

 やはり七瀬クイーンが最強で、勝ち筋が消えていく。このゾクッと感を味わいたくて、何度もこのゲームを挑みたくなるのだ。

「そういうことです」

 負けが決まった試合を前にして、僕はからっと笑う。もう詰んだ試合だが、話も続けたいので惰性でナイトを逃がす。

「では今までの流れを受けた上で整理すると。30歳のときに、どこかのゲストハウスに泊まってピンときた。そして、アクアマリンをやろうと決めたということですか」

「ざっくり正解です。そのときのゲストハウスが謎解き体験をやっていて、すごく面白くて、真似したくなったんですよ」

「甥っ子のため、という大義はどこへ?」

「甥っ子は謎解きが大好きなので、アクアマリン開業に大喜びです。ブレていません」

「上手いこと逃げますね」

 僕のキングは実質死んでいるが、なんとか逃げる。

「まあ、すぐ開業できたわけではなく。何年も資金繰りで苦労しました。今も余裕はないので、七瀬さんも出資してくれていいですよ?」

 できる限り爽やかさを装って、軽やかに言ってみる。まだまだ若いアクアマリンは経営が厳しい。

「ここは気に入っていますので、一考します。チェックです」

「知ってました」

「ちゃんと負けましたと、終わってください」

「楽しいので引き伸ばしたいんですよ」

 ふふっと笑うと、七瀬さんは肩をすくめて仕方ないですねとそれ以上言わない。七瀬さんは不満そうに正直に眉を歪ませはするが、意外と怒ったりしないのだ。おそらく瑞葉さんに危害でも加えない限り怒らない。

「お茶でも飲みますか」

「お願いします」

 久しぶりにできた新しい友人なのに、彼はあと三日でイギリスへ帰国してしまう。こんなに長くアクアマリンに滞在してくれたのは、七瀬さんと瑞葉さんが初めてなのだ。名残惜しい気持ちがある。キッチンでお茶を淹れて戻る。

「大福はないですが、和紅茶です」

 七瀬さんの前にティーカップを置くと、彼がきょとんとする。

「アクアマリンに和紅茶を置くことにしたのですか」

「七瀬さんが気に入ってくれたみたいなので、茶葉の種類を増やしたんですよ。緑茶、番茶、和紅茶です」

 七瀬さんは少し口端を上げ、ティーカップから薫るほんのり甘い匂いを楽しんでいた。お茶を飲んで一息つくと、七瀬さんが僕を見据える。

「心くんの話を聞いてわかりました。柔軟性の塊のようなあなたから参考になることは、何一つありません」

「光栄です」

 七瀬さんのほんのり香る嫌味に、にっこり笑って返す。僕と七瀬さんでは個体差が激し過ぎると僕もわかっていた。

 サンプルには参考になるものとならないものがあるのは当然なので、僕に落ち度はない。

「心くんの生き方はよくわかりません。ですが、心くんには感謝しています。瑞葉さんと大事な話ができたのはあなたのおかげです」

 和紅茶が喉を通ると、鼻にふわりと甘い香りが残る。七瀬さんのお礼は少しくすぐったい。「いえ、僕は何もしていませんよ」

「あなたはそう言うでしょうね。しかし、心くんに何かお礼をと、瑞葉さんと二人で考えた結果」

「結果?」

 彼はぎょろりとした目で僕を見つめる。

「明日を一日、私にくれませんか」

「あ、遊びの誘いですか。目力が強くて、決闘でも申し込まれるのかと思いました」

「あなた失礼ですよ。イギリスの決闘文化は十九世紀前半で終わっています」

「細かいですよ」

 ふふっと口から笑みが漏れるのを止められなかった。

 僕は彼らが帰ってしまうのが惜しいと思っていたし、彼らも僕を思ってくれていたと聞く。果報者だと感じながら、僕は快諾した。


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