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ココロの謎解き、ご用意します。  作者: ミラ
第一章 道が現れる解読謎解き

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 その晩、夜八時にアクアマリンのリビングテーブルで、心くんと待ち合わせをした。瑞葉ちゃんが言っていた通り、謎解きの前にティータイムが必要だという。

 浴衣を着て、螺旋階段を下りてリビングへ向かう。ゲストハウス専用の浴衣は、瑠璃色と白の市松模様で可愛らしい。いくつになっても浴衣の柄にはときめく。

 リビングテーブルの椅子には、同じ浴衣を着た若い子が座っていた。私からすればほとんどの子は若いが、彼女は二十歳くらいに見える。

 若いというより、まだ幼いという方がしっくりくる。彼女に声をかけた。

「こんばんは、あんたも心くん待ってるんか?」

 彼女はふんわりとカールした長い黒髪を揺らして振り返る。

「そうやで、ってか! おばあちゃん金髪キマってんなぁ~」

 風呂上がりだろう彼女はリビングテーブルの上に化粧品を並べて、眉毛を描いているところだった。左右の眉の濃さが違う。

「すごい好きなんやけどその心意気。マジ似合ってるわ。ちょ、浴衣お揃いやん。写真撮ろ、写真。あ、ちょっと待って眉毛描くから」

 彼女は私よりよく喋るかもしれない。隣に座って、彼女の顔が化粧で整っていく様を眺めていた。最後に明るいベージュ色のリップを、形良い唇に塗った彼女は潤いの塊だ。フレッシュなオレンジのような娘さんである。

「ほぉー見事なもんやなぁ。美人に拍車がかかったわ」

「えーありがとう、おばあちゃん。めっちゃ嬉しい~写真撮ってもええ?」

 ちゃっちゃと化粧品を片づけながら彼女がまた誘ってくる。

「ええけど、こんなおばあちゃんと撮って何がおもろいんや?」

 つるんと輝く爪がついた指先がスマホをさっと取り出して、私に肩を寄せた彼女がさっと写真を撮る。

「今、SNSでおばあちゃんがバズったりするんやで? おばあちゃんは流行り」

「お、おばあちゃんが流行り?」

「庭いじり神ってるおばあちゃんとか、九十歳でファッションセンスカンストばあちゃんとか、ひ孫と電波な会話成立させるばあちゃんとか。ばあちゃんはほっこりの宝庫なわけ」

 話がよくわからずに目をぱちくりしていると、彼女は弾けるような爽やかさで笑う。

「金髪ばあちゃんも、かっこええってこと!」

「私は褒めてもらったんやな?」

「そうやで?」

 化粧した顔をくずして、ニッと笑う彼女はエネルギーの塊で、私が充電されていくように感じる。

 彼女は私の部屋の隣に泊まっているらしく、互いに自己紹介をした。

「杏奈ちゃんか、ええ名前や」

 柑橘系の名前だ。

 また私の直感が当たったことに、にんまりする。

「佳代さんっていつから金髪なん? うちもいつかはやってみたいんやけど」

 浴衣で足を組んだ杏奈ちゃんは、合わせ目から太ももまで脚が覗いているのがいただけない。けれど隣に座っているのに、わざわざ身体を斜めにしてまで私の話を聞こうとしてくれるところは、憎めない。足を仕舞うよう注意しようとすると、心くんがやってきた。

「お待たせしました。良かったら番茶と大福をどうぞ」

 心くんが夜のリビングに馴染む優しい声で言う。杏奈ちゃんは自然と足を仕舞い、前を向いて座り直した。

「大福めっちゃ好き~!」

 彼女は女性である私の前だから気を抜いていただけだ。男性がいるかいないかで、きちんと分別のある子だ。心くんが私たちの前に湯呑みと大福の乗った小皿を置く。

「てか、番茶って何?」

「そうやなぁ、言うたら番茶はちょっとグレードが下がる安いお茶ってことや」

 私が答えると、リップが崩れるのも厭わず大口で大福をかじった杏奈ちゃんが目を丸くする。

「安物って、失礼な話やな? めっちゃおいしいのに」

 杏奈ちゃんはもぐもぐしてから、ずずずと茜色のお茶をすすってほわっと顔をほころばせる。忙しい子だが、見ているだけで胸の内が華やいでいく。私も番茶をすすってふうと深呼吸する。ほっとする番茶を飲んで、彼女の意見に同意した。

「ほんまにそうやわ。グレードってなんやねん。高いもんだけがうまいもんちゃうわ」

 口の端に大福の粉をつけた杏奈ちゃんが、ぱちんと手を叩いてから、私を指差した。

「それ思う! 大阪のたこ焼きをB級グルメとか言うのも納得いかん! 特級グルメや!」

「兵庫の明石焼きも負けてへんで」

 私が張りあうと、心くんもはっきりと言う。

「岡山のデミカツ丼も参戦します」

「いや、心くんも張りあうんや?!」

 杏奈ちゃんが素早くツッコむ。


「僕は岡山が地元なのですが、ローカルスポット巡りとか好きでして。岡山グルメも特級として皆さんに知っていただきたいです」

「地元愛、熱いやん~」

 向かいの席で栗大福をぱくっと一口で食べきってしまった心くんを見て、私たちは噴き出した。

「いや、一口かよ。丸のみする鳥かよ」

 杏奈ちゃんのツッコミが止まらなくて、私は大笑いした。

「杏奈ちゃん、私さっき同じこと思ったんよ。最初に心くん見た時、フクロウに似てるって」

「あ、髪とか目とかわかる! 心くん、言われたことあるんちゃう?」

「……鳥っぽいは、言われたことありますね」

 口の端を手で拭った杏奈ちゃんと頷き合って盛り上がっていると、心くんが湯呑みをことんとテーブルに置いた。

「そういえばさっき、佳代さんの金髪の話をしていたと思うのですが。僕も聞かせてもらっていいですか?」

「なんやったかな?」

 もう忘れ始めている私に杏奈ちゃんが教えてくれる。

「ほらあれ、いつから金髪なん? って話やろ」

「ああ、あれか。しょうもない話やけどな。まあ、せっかくやから話させてもらうわ」

 番茶をすすりながら、二人の若者に年寄りの侘しい話を聞いてもらった。

 はーちゃんのドタキャンで生まれた金髪の私の話を終えると、杏奈ちゃんが両手で顔を覆っている。

「いやもう……なんて言ったらええんやろ。友だちがそうなったらツラいしへこむわ……」

「僕らにはまだ未踏の地ですが、佳代さんの気持ちを思うと切ないです」

 二人ともこんなおばあさんの話を真摯に聞いてくれて、共感してしゅんとしてくれる。あまりにも二人が優しくて申し訳ないくらいだ。私は残りの栗大福を食べて、茶をすすってから切り替える。

「話聞いてくれてありがとうやで。でもまあ、そんなしんみりせんと! 今度は杏奈ちゃんの話を聞かせてや」

「うち……?」

「杏奈ちゃん友だち多そうやのに、一人でこんなええところ泊まりにきたなんて、なんか事情があるんちゃうか?」

 わざと眉毛を動かし、茶化してそう聞く。すると図星とばかりに杏奈ちゃんの睫毛がバサバサと揺れる。

「ほら、この佳代さんに話してみ?」

 そう言うが早いか、今まで誰より元気に笑っていた杏奈ちゃんの目にみるみる涙がたまっていく。あっという間に決壊した涙がするんと若々しい頬の上を滑り落ちた。

「じ、実は私も佳代さんと同じ、やけくそでぇ……! どこでもいいからポチッて泊まりにきたのが、ここやってん……」

「そんなに泣いて、どないしたんや?」

 心くんが立ち上がって、ティッシュの箱を持ってきてそっと彼女の前に置いた。ティッシュで鼻をかむ杏奈ちゃんのメイクが、どんどん落ちていく。

「うち、この春に役所に就職したばっかりなんやけど」

「公務員か。すごいやんか」

「ほんま受かったときは嬉しかったんやけどぉ」

 彼女の見た目の華やかさから見て、公務員に向いているとは思わなかった。だが、それでも狭い採用枠に滑り込んでいるのだから、彼女は優秀なのだろう。

「そんで事務仕事してるんやけど、個人情報が載った資料を……間違って違う人に送ってしまってん」

 あ、と心くんが声を漏らした。

 今どき個人情報うんぬんはよく言われる。それがどれだけ重大なミスか、私にはピンとこなかった。だが、心くんにはわかるようだ。

「もうそれだけでも最悪やのに、送った先が有名なクレーマーじいさんで……管理どうなってんねん! って殴り込みに来そうな勢いで電話してきて。訴えてやるとか、議員に相談するとか怒鳴られて」

 心くんの顔色がうっすら悪くなっていく。

「でもうち、送る前に先輩にちゃんと確認してもらったねん。でも先輩忙しかって、適当なチェックやったみたいで……」

 彼女の目からますます涙がこぼれる。

「あとで、先輩にあのときチェックしてくれましたよねって聞いたら、知らんって……あんたのミスやからなって言われて」

「そら、逃げ場なくて辛いなぁ……」

「上司の方は、なんて言ってるんですか?」

 心くんがテーブルに前のめりになっている。

「上司は優しいねん。休み明けに、一緒に謝罪に行ってくれるって……でも係長も課長も、役所のセンター長も同行するらしくてもう、うち顔上げられへん」

 上司の手助けは助かる。だが、あまりに大ごとになって立つ瀬がない気持ちはわかった。私は長年、外で働いてきた人間だ。人生が長い分、失敗の数も多い。

 杏奈ちゃんと同じように事務仕事で大ポカをやらかしたこともある。大勢の人間に迷惑をかけたときは情けなくて消えたくなったものだ。

「どっか逃げたくて逃げたくて、ここに来たねん……」

 ぐずぐずと鼻声で、鼻水を垂らす杏奈ちゃんはメイクで武装していたのだろう。泣き始めて溶けたメイクの下のすっぴんはさらに幼い。

「あのじいさんの家に謝りに行くなんて、怖すぎる。何言われるか考えたら眠れんし」

 彼女の背に、私の皮が余ったしわしわの手を添えて、撫でる。こんな若い子の小さなミスに怒鳴って訴える相手は、本当に大人げないと思う。若者のミスは寛容に指導すればいいだけだろう。反省している相手を脅して怯えさせることはない。

「もう……トんじゃおうかと思ってて」

「トぶってなんや?」

「仕事に戻らずに、そのまま辞めるということです」

「杏奈ちゃん……そこまで辛いんやな」

 補足してくれた心くんが、唸る。

「昨今のクレーマーの数はすごいですからね……繊細な若い人たちが強すぎる声に疲弊して潰れていくのは、見てて痛々しいものがあります」

「心くんにもそういうときがあったんか?」

 私が尋ねると、心くんは首を横に振る。

「いえ、僕は何を言われても割と平気なんですよ。図太いみたいで。僕、以前は十年間、小学校教諭をしていたので、親御さんからの圧に耐え切れず辞めていく人をたくさん見ました。それを思い出して……」

 心くんが小学校の先生だったという話には何の不思議もない。彼の穏やかな態度は子どもを優しく導くだろう。私と心くんは顔を見合わせて小さく息をついた。

 杏奈ちゃんの境遇は辛い。

 けれど、仕事をトんでしまってもいいと、そんな無責任なことは言えなかった。心くんもおそらくそうなのだろう。

 長く生きていようが、彼女の痛みを解消してやることなどできず、もどかしい。

 心くんがお開きにしようと言うまで、私は彼女に「しんどいなぁ」「よく頑張ってるな」「偉いな」と声をかけて背を撫でることしか、できなかった。


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