7
ケンカしたみたいになってしまったけれど、夕飯にまた焼肉を食べに行って、航ちゃんと仲直りした。怒ったままだと、せっかくの焼肉が美味しくないからだ。
でも結局、林間学校の話は二人ともなんとなく避けて、昨日は知らないふりをして眠った。謎解きは明日の朝にするって心くんが言ってくれたから、私も航ちゃんもちょっと、謎解きに期待したからかもしれない。
次の日の朝、晴れの光がいっぱいのアクアマリンのリビングで、心くんが私と航ちゃんを待っていた。
「では、ココロの謎解きを始めさせていただきます」
「はーい!」
私と航ちゃんは顔を見合わせ、わくわくしながら笑う。
「用意した謎解きは『宝探し』です」
「宝探し大好き!」
ぴょんと跳ねて手を上げると、心くんが嬉しそうに頷く。
「201、202、203、205の4つの部屋があります。このうち、宝物が置いてある部屋は1つだけです。アクアマリンの中で情報を集めて推理し、宝がどこにあるか探してもらいます。なお、ドアを全部開けて宝の場所を確認するのはなしです」
「なにそれ本格的!」
「このアクアマリンにいる大人たち四人、アクアマリンチームのそれぞれが情報を持っています。聞き込みをしてみてくださいね」
「よーし! さっそく!」
誰か大人を探しに行こうと走り出す前に、心くんが静かに言った。
「ただし、三人は真実を言い、一人だけは嘘つきなので注意してください」
「わーすごい! 私たち探偵だね、航ちゃん!」
「こういうの面白いね。探偵って一回はなってみたいもんね」
「うん!」
アクアマリンに来た日は海のお姫様になった気がしたが、今はゲストハウスの名探偵だ。わくわくが抑えきれず、飛び跳ねるように走りながらキッチンへ向かう。
「瑞葉ちゃん見つけた! 情報ください!」
「はーい!」
エプロンをつけた瑞葉ちゃんは、キッチンで甘いものを作っている。瑞葉ちゃんに情報をもらって、次はウッドデッキのブランコに乗っていた七瀬のお兄さんを見つけ、裏庭で洗濯ものを干していた晴真くんを捕まえた。
そして最後に、リビングに戻って心くんにお願いする。
「心くん、情報ください!」
「はい、喜んで」
私と航ちゃんはアクアマリンチームの大人にもらった情報を紙に書き込んだ。
「どう? 航ちゃん、わかった?」
「いや、全然わからないよ」
「うーん」
リビングのテーブルに航ちゃんと隣り合わせで座り、テーブルの上に情報を書いた紙を置いた。
まとめるとこうだ。
瑞葉ちゃん『宝物は201号室か、202号室にあるよ』
七瀬のお兄さん『宝物は203号室か、205号室にありますよ』
晴真くん『宝物は202号室か205号室にありまーす!』
心くん『宝物は202号室か203号室にあります』
私たちはそろって、首をぐいっと捻った。
「みんな言うことバラバラすぎ!」
私たちが考え込む前で心くんはにこにこしながら座っている。口端がいっぱい上がって、目が垂れて、すっごく楽しそうなのが伝わってくる。しばらく考えてみたがわからず、私は勘を発動した。
「嘘つきはきっと、七瀬のお兄さんだよ」
「え、どうしてわかるのなっちゃん」
航ちゃんは目をぱちくりさせる。
「だって、目つきが悪いから」
心くんが吹き出すように笑い始めた。
「そういう解き方があるのかと、目からうろこでした。面白いです。勘は人生の経験を総結集したものらしいので、アテにできるときもありますからね」
心くんは目尻から涙がこぼれるほど笑っていたが、航ちゃんのゲジゲジ眉は下がる。
「なっちゃんダメだよ。見かけでそういう判断をしたら。僕だって見かけ怖いでしょ」
ハッとした。
「あ、そっか。航ちゃん見た目イカついのに、優しいからね。じゃあ今の推理はナシ!」
仕切り直して考え直す。行き詰まってしまうと、心くんがヒントをくれる。
「例えば、201に宝物があったら? 202だったら? と一つずつ考えていくと、どこかでおかしなところがでてきますので。ぜひやってみてください」
「そんなにさらっとヒントを出しちゃうの?」
「僕が提供したいのは、解いて楽しい謎ですから」
謎解きを出す方は、相手がわからなくて困ってる姿を楽しむものかと思っていたが、そうではないらしい。謎解きが嫌になる前にヒントがあるのは助かる。
「じゃあもし201が宝物の部屋だったら……?」
情報を集めた紙をじっと見比べる。
「あれ? 瑞葉ちゃん以外、みんな嘘つきになっちゃう?」
「あ、そうか。嘘つきが三人もいるのはおかしいよね」
航ちゃんと顔を見合わせる。
「へー! なにこれ面白い!」
スカッと道が開けた感じが、すごく気持ち良い。
「じゃあ202だったら……あ、嘘つき一人だ!」
「合ってる! 他も確かめようよ。203、205だったら噓つきは二人だ。じゃあ正解は」
「202だ!」
ぴょんと跳び上がって航ちゃんと心くんと三人でハイタッチする。
「どうしようすごい頭良くなった気がする! え、てかやっぱり七瀬のお兄さんが噓つきだよ」
「たまたま、だからね!」
航ちゃんが苦笑いする横で、心くんも頷く。
「最初にズバッと勘で当てられて驚きました」
「でも大丈夫! 私はもう顔で人を判断しないから! 宝物を取りに行っていい?」
心くんがオッケーと指で合図したので、私は螺旋階段を駆け上った。宝物はなんだろうか。楽しみすぎる。
202の扉をバンと開けると、部屋の中から瑞葉ちゃんと七瀬のお兄さんが現れた。
「いらっしゃい、凪ちゃん。待ってました!」
「宝物のある部屋、ここでしょ!」
「正解で~す!」
瑞葉ちゃんと七瀬のお兄さんが拍手してくれて、浮かれてしまう。瑞葉ちゃんが小さな青い宝箱を手渡してくれる。
「これが宝物?」
頷く瑞葉ちゃんの隣に立つ、七瀬のお兄さんをチラッと見る。さっき謎解きをしていて、浮かんだ疑問を聞いてみたかった。
「あのさ、七瀬のお兄さん。嘘つくのって、嫌じゃなかった? 謎解きは遊びだけど……嘘つき呼ばわりは傷つくでしょ」
航ちゃんがモンペって言われるみたいに、とは言わなかったけれど、そういうのが気になる。
七瀬のお兄さんはぎょろっとした目で、即答する。
「私は嘘なんて平気です。息するようにいくらでもつけます」
「息……」
「人にどう思われても関係ないので」
「えーそういうのって、どうかな」
私がうーんと考え込むと、七瀬のお兄さんは続けた。
「別に意味のない嘘はつきません。大切な人を守るためなら、他人からいくら嫌われてかまわないという話です」
保護者懇談会で、いろんな保護者から嫌な目で見られただろう航ちゃんの姿を思い浮かべる。航ちゃんは優しくて、常識だってある。進んで人に迷惑かけたいわけではないだろう。
けれど、私を守るためならば、人からどう思われてもかまわないのかもしれない。
あれは、そういう強い態度、ということかと気づく。
そんな航ちゃんを守るために、私は何かしてきたかな。
クラスメイトにキレ返したくらいか。
「……そっか、そうだね」
ゆっくりと青い宝箱の蓋を開ける。
宝箱の中には「大切な人はどこにいるでしょう」と書いた紙が入っている。
「大切な人?」
振り返ると、いつも後ろに立って見守ってくれていたはずの航ちゃんがいない。いるのは心くんだけだ。心くんが静かに言う。
「次のお宝は『航平さん』です。航平さんはアクアマリンのどこかに隠れているので、探してみてください」
「かくれんぼだ! よーし、待ってて航ちゃん! すぐ見つけちゃうから!」
202を飛び出して階段を駆け下り、まずはウッドデッキを探しに行く。
次はキッチン、裏庭、リビングにソファの下や受付の裏まで、全部探したがいない。私たちの部屋に戻ってみたけれど、いない。
部屋は朝起きたときのままだ。
航ちゃんが畳んだ私の服はベッドの上に置かれて、航ちゃんと朝に一緒に飲んだオレンジジュースのコップが二つ、そのまま小さなテーブルの上にある。
「航ちゃん……?」
返事がない。
航ちゃんを呼んだ声が部屋に響き、耳にはね返ってきて、なんだか痛い。
静かだ。
お母さんが帰ってこなかったあの日、私はいつもなら昼寝をしているはずのお母さんがいない家に帰った。どうしてお母さんがいないのかわからなくて、静かな部屋で「お母さん……?」と呼んだ。
これはかくれんぼ、あの日とは違う。わかっている。
でもなぜだろう、手の指先、足の指先が冷たくなっていく。
深くて底が見えない暗い穴を前にして、もうこの穴に航ちゃんが落ちてしまったのではないかと怯えて、体が縮みあがるような感覚。
どうしようもなく動けない。
航ちゃんが昨日「何も手につかない」と言っていた。
それってこういう感覚、なのかもしれない。
「凪さん、宝物の場所はどこでしたっけ?」
部屋の外に待っていた心くんがそう言ってくれて、私はやっと冷たい指先を動かして振り返ることができた。航ちゃんがいない部屋は、冷たすぎて怖かった。
「あ……宝物の場所、そっか!」
心くんの隣を走り抜ける。
最初から宝物の場所は決まっていた。最初からずっとそこに、宝物はあったのだ。
202の扉を勢いよく開けると、中から笑顔の航ちゃんが出てきた。最初の部屋だったから、一度出た後、この部屋は探さなかった。
「なっちゃん、大正解~!」
のほほんと笑う航ちゃんのぶ厚い腹筋に抱きついて、私は大声を出してしまった。
「勝手にいなくならないでよ!」
目頭が熱くて、でも泣くのは悔しくて、半泣きで怒りながら航ちゃんをぎゅうと抱きしめる。
「え、勝手にって、これ謎解きだったんだけど……?」
「航ちゃんのバカ!」
ただのかくれんぼだったはずなのに、航ちゃんがいなくなるかもって本気で考えてしまった。本気で、心の底から恐ろしいって気持ちを、知ってしまった。
航ちゃんに抱きついていると、心細くて冷たくなった指先がぬくぬくしてくる。
私をずっと見ていた瑞葉ちゃんが、ちらりと心くんを見る。
「ちょっと刺激が強かったんじゃないですか、心くん」
ちくっとした声だった。心くんの瞬きが増える。
「え、あの、すみません……かくれんぼ、楽しいかなと思ったのですが」
「楽しかった! 楽しかったもん!」
航ちゃんに抱きついたまま、私はくぐもった声で答えた。
いつも側にいる大事な人がいなくなる感覚を、本気で想像してしまっただけだ。心くんは悪くない。謎解きは本当に楽しかった。
でも謎解きをしてみて、わかった。
航ちゃんがいつも泣いてしまうのは「これ」なのだ。
深い穴に、自分の知らないところで、大事な人が落ちたのではないか。もう二度と、戻ってこないのではないかという、恐ろしくて震えあがって動けない気持ち。
お母さんみたいにいなくなったりしないと、航ちゃんは塩ラーメンの約束してくれている。だから私は今まで、恐ろしくなかった。
でも私は航ちゃんにそれを約束していなかった。航ちゃんはずっと、怖いと言っていたのに、わかってなかったのは私だった。
「ほら、なっちゃん。これ、宝の地図だよ! ここに一緒に行こう!」
地図を持って笑う航ちゃんの能天気さに、ほっとした。私は泣かなかったけれど、ちょっとだけ濡れた目尻をぐいっと腕で拭いた。
「うん! 行く! でもね、その前にちょっとお願いがあるんだけど、心くん!」
「なんでしょうか」
航ちゃんから離れて、心くんを廊下に引っ張っていく。
「心くんってすっごく頭が良いから、教えてほしいことがあるの」
廊下の端っこに心くんを連れて行き、二人でしゃがんで頭を突き合わせて秘密会議をする。
「熊って、どうやったら倒せる?」
「……凪さん、すごく、良い質問です」
心くんはにんまりとあったかい笑顔を見せてくれた。




