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ココロの謎解き、ご用意します。  作者: ミラ
第二章 想いが重い宝石謎解き

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6

 移動は基本的にタクシーだ。

 公共機関の雑多で情報が多過ぎる感じが苦手だからだ。アクアマリンからタクシーに乗り、岡山市内にある大福カフェに到着した。

 日本三大名園の一つ、岡山後楽園のほど近くにその店はあった。二階建ての和風モダンな建物は黒壁が美しく、店内は落ち着いた雰囲気だ。

 一階では大福以外にも団子やおはぎなどの和菓子を販売していて、二階がカフェだという。二階は黒塗りの壁を基調とした和モダンの空間で、茶の香りが満ちている。

 日本茶の香りは慣れないが、嫌いではない。

 見回せばすぐ客の入りがわかるほどの小さな店内で、テーブル席に心くんが座っているのを見つけた。彼はすでに独特な形をした急須から茶を注ぎ、味わっている。

「誘っておいて、待たないのですか」

「あ、七瀬さん、ここどうぞ」

 私のひんやりとした挨拶に、心くんが朗らかに返答しながら向かいの席を勧める。暖簾に腕押しだ。

「七瀬さんがいつ来るかわからなかったので、先に頂いていました。注文、何にします?」

「ここは大福カフェではなく、大福がある日本茶のカフェですね。騙されました」

 一階の和菓子ショーケースを見てきたが、ここは大福専門店というわけではない。和のお菓子の店だ。大福に期待させて誘い出しておいて、これは酷い。

「それに日本茶はあまり飲みません」

 アクアマリンにいるときと違い、ラフな格好の心くんが繕わずににやりと笑う。その笑みの質も宿にいるときのものとは一風変わって見えた。

「僕はおはぎと日本茶が好きなので、前からこの店に来てみたかったんですよ。ここは大福もあると聞いていたので、僕の趣味と、七瀬さんの好きなものの間を取ったんです」

「大福で釣っておいて」

「嘘は言っていませんよ。大福『がある』カフェと書き忘れただけで」

 彼はなかなか企みのある人物だ。

 謎解きを用意すると豪語するオーナーだ。それはそうかと納得する。

 店員にこの店にある全種類、といっても三種類、の大福を二つずつ。

 心くんの勧めで和紅茶というものも注文した。

 和紅茶は初めてだが、紅茶がないならせめて和紅茶が妥当だろう。

 注文を終えて息をつく。

「大福カフェというのでどれほど種類があるのかと思えば、たった三種類……」

 がっかりである。しかし、心くんは悪びれない。

「ここの大福、美味しいって評判ですよ。それに七瀬さんはどんなに美味しい大福が出てきたって『瑞葉さんが作ったものではない』の一点で、全て次点でしょう? たくさん種類があっても満足できないと思いますよ?」

「あまりの正論に驚きました。今日は遠慮がありませんね」

 肩の力が抜けた彼の容赦ない発言に、眉をひそめてしまう。

「七瀬さん、僕は今日、プライベートです。なぜ七瀬さんを誘ったのか、わかりますか?」

 心くんが微笑むと、注文品が運ばれてきた。

「あ、七瀬さんの大福の写真を撮らせてください。僕、甘いものをたくさん食べられないので、いっぱい並んでいるのが珍しいんですよね」

 彼はいろんな角度から楽しそうにスマホで写真を撮り始める。私の前に置かれた六角おひつの中に並んだ丸い大福たちを、彼は心ゆくまで撮影した。

 席に戻った彼は、満足そうに撮った写真を眺めている。はっと顔を上げた彼は言った。

「あ、もういいですよ。食べてもらって」

「あなた割とマイペースですね。仕事中は猫を被っているのですか?」

 心くんが怪訝そうに言う。

「僕は仕事がとても好きですよ。けれど、プロなので、切り替えはあります。仕事中に猫を被ってない人とかいるのでしょうか?」

「それはそうですね。私も打ち合わせ中は、極力黙るように気をつけています」

「話し出したら理屈が止まらなそうですもんね、七瀬さん」

 瑞葉さんに教えられた、手を合わせて「いただきます」をしてから、私はおひつの中に並んだ大福を眺める。

 和栗が入った大福には抹茶が振りかけられて鮮やかだ。シンプルな黒豆大福に、さつまいも大福。三種類を二つずつ。瑞葉さんの想いが乗っていない、ただ軽く甘い大福を口に運ぶ。久しぶりに食べた、純粋な甘いものは喉を通りやすかった。

 和紅茶は渋みが少なく、ほのかに甘いはちみつのような香りがして、思ったよりも口に合う。向かいで煎茶を飲む心くんが微笑む。

「大福、おいしかったですか?」

「はい、瑞葉さんが作ったものには及びませんが」

「ははっ、そうだろうと思っていました」

 楽しそうにおはぎを食べる心くんが先ほど出した謎に、回答する。

「なぜプライベートに私を誘ったのか、当てていいですか」

「はい、ぜひ」

 彼は謎を解かれるのが好きなのだろう。嬉しそうにどうぞと言う。私は思考を整理する。

「アクアマリンはまだ始まって半年の若い宿です。そこで一ヶ月の長期滞在をする客は、私たちが初めてなのではないでしょうか。オーナーの心くんにとって、私たちは特別な位置にいる」

 心くんの黒目が好奇に満ちている。

「あなたは情のある人なので、そんな私の話を聞き、放っておけない気持ちがあった。けれど、それだけではなく」

「ではなく?」

「私にチェスで負けたのが思ったより悔しかった。だからちょっと大福で釣って、からかってやろうと思った。といったところでしょうか」

 心くんがふふっと頬を緩ませる。

「九割正解です」

「九割ですか」

 彼は湯呑みから茶を飲み、もったいぶってから、残りの解答をする。

「チェスで負けたのが悔しかったので、七瀬さんともっと親しくなりたいと思ったんですよ」

「……負けたからこそ、ですか?」

「そうです。すごい人だって思ったら、仲良くなりたくなりません?」

「身に覚えがありすぎますね」

 ほんのり甘くて品の良い和紅茶を飲みながら、かつて私とテトがそうやって仲良くなったことを思い出す。あの時、負けた側の私は、テトに誘われるままだったが。

「心くんは行動派です」

「まあ、男性になら、フラれても別に痛くないので。岡山のローカルスポット巡りとか、カフェ巡りが好きなんで、わりと人を誘うほうです」

 心くんでも女性に袖にされるのは怖いのかと思うと、親近感が湧く。

 彼はスマホで、近頃行ったカフェの写真を次々と見せてくれる。

 瀬戸内の海が見える、青いカフェが多かった。

 その中の一つ、猫の形のクッキーが乗った向日葵色のクリームソーダの写真で、心くんが止まる。

「このカフェ、行ったはずなのに、覚えてないんです」

「覚えていない、とは?」

 心くんはスマホをしまって、残りのおはぎを一口でぱくりと飲み込むように食べた。彼はおはぎを飲み込んでから首を捻る。

「アクアマリンを開業する一ヶ月前のことなのですが、事故に遭いました。自転車事故です。そのときに少し頭を打ったみたいで、一日分くらいぽかんと記憶がなくて」

「それはお気の毒です」

「ありがとうございます。それでその日、何があったか……ずっと、謎なんですよね」

 彼は向日葵色のクリームソーダを眺め、切なそうに目を細める。宿では見たことがない憂いた表情に、彼が抱える謎の重さを見た。

 もしかしたら彼は、私のココロの謎を聞いた代わりに、自分の謎も開示してくれたのだろうか。それが、彼にとっての親しくなる、の距離か。

「その謎を、解いてみてもいいですか?」

 煎茶を飲んで、間をたっぷりとった心くんはきっぱりと答える。

「記憶がない間に、自分がどんなにとんでもないことをしたかと考えると、怖いのでやめておきます」

「……潔いですね」

 謎を謎のまま置いておけるなんて正気かと思った。

 だが、よく考えてみれば謎を放置しているのは私も同じだ。

 謎を解いて、その先にあるものを思うと、二の足を踏む気持ちはわかる。

「謎解きではなく、ココロの安寧が訪れるように、ローカルな神社で神頼みでもします」

「神頼みをする方なのですか?」

「母が神社好きで幼い頃からよく行っています。なので、商売繁盛はもちろん、機会があれば、縁結び祈願もしたいと思いますよ?」

 神頼みなどしたことがないが、今なら神頼みも手かと思ってしまう。私が和紅茶を飲み切ったのを見計らって、心くんが立ち上がった。

「そろそろ行きましょうか」

 彼が一階へと階段を下りていく後ろをついて行きながら、私はまた思考を整理する。先ほどの彼の回答で、わかったことがある。

「先ほどの心くんの謎のことですが。特に日々に支障がなければ、一日分の記憶をなくしたところで問題はありません。しかし、心くんはその日の記憶を『謎』と言い、欠落したことに執着している。ということは、その事故があった日を境に、『なぜか変わってしまった』ものがあるのではないですか? 予想するに、あなたにとって嫌な方向へと、それは変わってしまったのでは?」

 私が長々と話すのをきちんと聞いていた彼が、階段の途中で立ち止まる。彼はぐるりと首だけ私に向ける。

 見たことのない、しかめっ面だった。

 そんな顔ができるのか。

「七瀬さんの頭が良すぎて、引いています」

 喋りすぎて引かれるのは、人が私から離れる合図だ。

 口を手で塞いでみようかと思うが、もう遅い。だが、心くんは次の瞬間、ふっと笑った。

「いや本当に、すごい人ですね。感心しました。その通りです。どうやったらそういう思考になるのか。ミステリー作家って、みんなそうなんですか?」

 心くんは会話をやめるどころか、興味深そうにまた問いを投げてくれる。やりすぎたかと思ったが、彼は意外と図太いようだ。


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