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決戦! 神樹祭!!

 僕がそこに辿り着いた頃にはもう決着はついていた。

 祭具殿へと繋がる道は荒れていて激戦があったのであろうことが容易に察せられる。


「朽木……!!」


 そしてそこには髪の白くなった朽木と委員長が倒れていた。


「朽木しっかりして!!」


 朽木にそう呼びかけるとピクリと手が動いた。一体、どうしたらこんなこんな風に――

 辺りを見回すと激しい戦闘の跡と空っぽになった【C501】の瓶が目に入った。その瞬間、最悪の展開が頭を過ぎった。


「まさか……全部!?」


 戦う以上、飲むのだろうとは思っていた。けれど、こんなことって……。


「よぉ、遅かったじゃねぇか、樹」


「朽木 !!」


 朽木が薄く目を開いた。その目は真っ赤に充血していた。


「何で泣きそうな顔してんだよ。まだ、村長が残ってんだろうが。嬉し泣きはその時まで取っておけ」


「馬鹿ッ!!」


 僕は叫んだ。涙をボロボロと流しながら叫んだ。


「飲んだら死ぬかもしれないのに……何で飲んじゃったんだよ」


 そう言うと、朽木はへっ、とぎこちない動作で笑みを浮かべた。


「男には、危ないと分かっていても、どうしてもやらないといけない場面があるんだよ。それが今なんだ。今だったんだよ、樹。今しかねぇんだ」


「でもッ!!」


「お前も、男なら――一発ドンと咲かせてこい。丸太だらけの茶色い戦場に、大輪の花をよ。そうすりゃあそれが男の花道だ」


 そう言うとゆっくりと瞼が降りて来る。きっとこのまま目蓋が閉じたら、朽木は死んでしまう。 そんな気がして僕は尚も叫ぶ。


「ダメだ、死んだらダメだ!! 朽木!!」


「こんなところで立ち止まってんじゃねぇ。……祭具殿は、この先だ。さっさと行け」


 朽木はそのまま静かに目蓋を閉じて黙りこくってしまった。


「……分かったよ」


 きっと、僕がもっと早くここにたどり着いていれば結果は変わっただろう。

 しかし、もう後の祭り。覆水は盆に返らないし、投げた賽は戻らない。だから、せめて――僕は涙を拭い【ペンドラゴン】を強く握り決意する。


「村長は、必ず倒す」



♪ ♪ ♪



 祭具殿の中は薄暗く、少し湿った埃の匂いがした。


「よくぞここまで辿り着いた。それでこそ私の素敵な敵だ。君達の無駄な足掻きを私は心から称賛しよう! そして嘲笑しよう!」


 この村に来て以来幾度となく聞き、その度に言いようの無い恐怖を与えて来たその声は村長、丸木茂のものだった。


「…… っ」


 やはり村長を前にすると背筋がゾクリと冷え、身体が強張る。それは圧倒的強者のみが放てるプレッシャーというものか、将又――

 視線をやや下におろす。肉食獣のような笑みを浮かべる村長の手には極太の丸太の姿があった。


「ああ、これが気になるかね。これが、これこそが神樹を超越した世界樹! 柊君の持つ矮小で、脆弱な神樹とは全く別次元の丸太だ! 素晴らしいだろう? これぞ私の研究の果て! 言うなればこれはそう、【ユグドラシル】と。そう呼んでも差し支えないだろう!」


 朗々と村長は口にする。あれが……丸木杉を改悪した 生物兵器。今だから分かる。【アスガルド】の御老公――楠世界は 生物兵器への転用を防ぐために丸木杉を絶やそうとしたのでは無いかと。


「さぁ、始めようじゃあないか。ここで私を反転――確か【マルタナティブ】だったか、それを出来なければ諸君らはこの世界樹によって【丸太至上主義】の奴隷となり 、世界はいずれ丸太に沈むだろう。そして、君が私を【マルタナティブ】出来たならば【丸太至上主義】は崩壊し、この村は元の寒村に戻るだろう。ともすればこれは運命を賭した戦い、正に【ラグナロク】と言うわけだ」


 真相は今の僕にはわからない。けれど、たった一つ分かる事がある。


「……【ペンドラゴン】」


 ――あれが、どうしようもなく悪であると言う事だ。

 僕が黄金の丸太を構えると村長もまた丸太を構える。


「【ユグドラシル】その力、存分に振るうと良い」


 一閃。ほぼ同時に放たれた二つの花粉はあっと言う間に祭具殿を満たすと建物本体を大きく揺らす。


「なんて力……っ」


 あまりの圧力に腕がいまにもひしゃげてしまいそうだ。しかし、それでも勢いは拮抗している。決定的に負けてはいない。


「まだやれる……っ。エクス……マルタァァァァッ!!」


 更にエクスマルターを追加する。狭い空間に黄金が吹き荒び村長の花粉を侵食する。


「――そう来ると思ったよ。愚かな樹君」


 しかし、どう言うわけか僕の体は跳ね飛ばされていた。


「確かに、その攻撃は強力だ。この私でも当たってしまえば無傷ではいられなかっただろう。しかし――それ故に油断があった。この狭い空間で花粉を放てば当然視界が悪くなる。そして、視界が悪くなれば肉薄されても気付けない。足りていないのだよ、思慮が、経験が、狡猾さが」


 口の中に微かに血の味が広がる。どうやら口を切ってしまったらしい。


「くっ……」


「まだ、やるかね?」


 挑発的に村長は口にする。


「まだ、負けてないッ!」


 丸太を杖代わりに使い身体を起こす。村長は油断があったと言っていたが、それは盛大なブーメランだ。悦に入って、長い独り言を言っている間に用意は既に整っている。


「ああぁぁぁぁッ !!」


 声の限り叫ぶ。それは村長の気を引き付け、思考を鈍らせる猫騙し。次いで乾いた音が響く。

 枯葉のアンチマルタライフルだ。その効果は松山達と の戦いできっちりと証明済み。必中にして必殺。これが当たればさすがの村長も一撃で――


 哄笑が、響いた。


「いや、実に幼稚な子供騙しだった。どうしてこんなにも見え見えの攻撃に当たると思ったのか不思議で仕方ない。滑稽だ、とてもね」


 村長は大仰な仕草でもってそう口にする。


「嘘だ……」


 頼みの綱が、無慈悲にもブツリと切れる音が聞こえた気がした。


「これが君の決め手だったと言うのであれば余りにも お粗末だ。無いのかね? 次の一手は。私の敵に相応しい痛快で、意地悪で、それでいて胸のすくような一撃はまだなのかね?」



  ――化け物。 笑みを張り付けながら次の一手を要求するその姿は正しく化け物のように見えた。


「無いのであれば仕方ない。名残惜しくはあるが――私も決めの一手を見せようじゃないか」


 世界樹から花粉が噴き出す。しかしその量は先ほどとは段違いに多く、エクスマルター込みの一撃の花粉の量を軽く凌駕している。


「素晴らしいとは思わないかね? この力! 雑多な 樹木達を一撃で葬り去る圧倒的なまでのこの力! これぞ世界樹!!」


 そして、それは濁流となって放たれる。


「――」


「押し潰せ【ユグドラシル】」


 そして僕は抵抗する暇すら与えられぬまま、祭具殿の扉に身体を強く打ち付けられた。肺から空気が逆流し、脳みそがグラグラと揺さぶられる。そこには泣きたくなる程の力の差があった。どう足掻 いても埋めようの無い圧倒的な差が。


けれど、それでも一つ。たった一つ、許せない事があっ た。



「おや、尚も立つか。実に素晴らしい」


 村長が他の樹を雑多な樹木と言った事。それが許せな かった。節々はジンジンと痛むけれど、この思いをぶちまける ために体に鞭を打つ。


「――アカマツ、トドマツ、イチョウ、イチイ」


「……?」


 村長は気でも狂ったのかと目を丸くした。


「あなたが好きだと、そう言った樹です。それも、雑多な樹木なんですか」


 ややあって、村長は高らかに声をあげて笑った。


「君が、丸木村民の敵である君が、丸木人と全く同じような事を恥ずかしげも無く言うなんて実に滑稽だ。私を 笑い殺そうとしているならば良い線を行っている。……私は人類に失望し、進化のみを突き詰めようとする人類を大きく変革させる為の手段として丸太を用いているに過ぎない。私は丸太の狂信者供とは根本から違うのだよ」


「……全部は偽りだったと、そう言うんですか」


「そうとも! 全ては虚像! 丸太に愛などは不要!」


「そう、ですか」


 それを聞いた僕の心情は――失望というのが一番近いように思う。

 告白しよう。僕はこの村が嫌いじゃ無い。大概皆頭がおかしいし、丸太ばかりではあるけれど……世界に一箇所くらいそんな村があっても良いのでは無いかと、今ではそう思っている。

 丸太は強制されるべきでは無い。丸太は矯正するべきものでも無い。丸太は共生するべきものなのだ。


「丸太は丸太。愛なんて要らない。それはきっと正しくて、正論です」


 僕たちは【AMT】。丸木人でもなければ、【アスガルド】でも無い、極々小さな第三の勢力。


「でも、丸太を愛さない人に丸太は……頰笑まないッ!!」


「良くぞ言った。樹クン」


 その時、ふと通信機から聞き覚えのある声が流れた。


「――讃岐さん?」


 その声は讃岐さんのものに違いなかった。


「そんな通気性の悪い所に居るとうどん粉病になってしまうよ。樹クン、君は少し外に出てみると良い。そうすればきっと世界の答えが見える筈だ」


 何を伝えたいのかがイマイチ分からない。けれど……外に出れば良いのだろうか?


「ならっ!」


 一歩を踏み出そう。 村長はこれを撤退と取ったのかニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて居る。妨害は無い。 そして、祭具殿から出たその先にあったのは――


「これは花粉?」


 そこには、一帯を埋め尽くすほど濃密な花粉の壁と、 白衣を纏った一人の男性の姿があった。


「そうだよ。コレが君が村長から引き出し――この僕が 繋いだ勝ち筋さ」


 そして、男性――讃岐さんは眼鏡を黄金に煌めかせな がら誇らしそうに胸を張った。


「コレは、一体…… 」


「さっきの通信機を利用してさっきの会話を丸ごと録音して放送したんだ。この村では丸太ディスりはおおよそ禁句。そして、その禁を犯した村長は村人達の、怒りの矛先となった。そして――君に、丸太を愛する君に少しでも力を与えようと皆が奮起したんだ」


 それは心に根付く丸太。丸木人の魂そのもの。


「君タチにばかり無茶をやらせられないからね。だからコレは僕が出来る細やかなプレゼントさ。とは言ってもこれは紛れもなく全村民の支援だから僕がって言うのは不適切かもだけどね」


 黄金は慈雨のように身体に身体の隅々に染み渡り、体に溢れんばかりの活力をもたらす。


「ああ、何と悲しい事か。私の愛すべき村民が一様にうどん粉病に罹ってしまった。……ああ、実に悲しい。……讃岐、風太郎!!」


 それは、村長が初めて見せた激情だった。顔を歪めながら【ユグドラシル】を振るうと一気に大量 の花粉が吹き飛ぶ。けれど、けれども。


「……効かない」


 そんなものは、丸木人の魂の前では塵芥に等しい。


「何故だ! 何故ユグドラシルの花粉が効かない!?」


「これが世界の、そして楠世界の回答だからですよ。村長」


 讃岐さんはそう言うと花粉同士がぶつかり合う衝撃でズレた眼鏡の位置を直した。


「楠世界は恐れた。丸木杉が兵器として転用される事をね。人間の脳細胞を変質させてしまうような物体が兵器になったりしたら大惨事だ。――丁度、貴方がやっているようにね。だからその可能性を摘み取る為に絶滅を決意した」


「それは実に傲慢な、手前勝手な尺度だと何故分からない!!」


 村長は怒りを露わにしながら吼える。しかし、村長の手に持つ【ユグドラシル】は丸木杉を悪用した洗脳の生物兵器。即ち楠世界が最も恐れた事そのものであるあたり何とも皮肉な事だと思う。

 丸木杉を案じる余り、一番正しく無い運用をしてしまっている。


「けれど、楠世界は考えを改めるんだ。丸木杉を悪用出来なくすれば、そうする必要性は無くなるってね。だから、新たなる可能性を作ろうとしたんだ。丸木杉を悪用せず、廃絶もしない。そんな、新たな可能性をね」


「また、楠世界か。……邪魔をする事に関して彼はどうやら一流らしい」


 ―― ああ、そう言う事か。


「しかし、この花粉も無尽蔵ではあるまい。いずれ限界が訪れ、必ず均衡は崩れるだろう。君達の言う新たなる可能性とやらは、果して世界樹に、【ユグドラシル】に勝てるのかね? ええ! どうなのかね!!」


「勝てるとも。何せ此処いるのは本物の世界樹なんだからね」


 僕は木本樹。そして、この姓は母さんのもの。では、 父さんの姓は? 決まっている。


「僕が――楠樹が新たなる可能性」


 記憶の引き出しが完全に開く。

 そうだ、かつて僕の名 前は楠樹だった。そして、父さんの名前の世界と僕の名前の樹を合わせると……【世界樹】になる。


「世界……樹。成る程、くだらない言葉遊びだ。だが、そんなものに何の意味があるというのだね!!」


 再び【ユグドラシル】が振るわれる。けれど、僕はそれを恐れない。恐れる必要がない。



「【ペンドラゴン】……行くよ」


 周囲の花粉が黄金の丸太に集結する。黄金の丸太は花粉によって肥大化し――やがて天を衝く丸太になる。


「行って下さい。樹さんッ!!」


 通信越しに枯葉の声が聞こえる。

 ――ならば、僕はその期待に答えなければ。


「僕の……いや、僕達の丸太は天を衝く丸太だッ!!」


 丸木人の魂が流れ込む。丸太を愛せよと轟き叫ぶ。


「この私が負けるなど……思い上がりも甚だしいッ!!」


 ユグドラシルの花粉が押し寄せる。


「ギガァァァァ」


「楠ィィィィィッ」


 花粉同士の先端が衝突――


「マルタァァァァ」


「樹ィィィィィッ!!」


 そして、僕は喉も枯れよと叫んだ。


「ブレイクゥゥゥゥッ!!」


 地を割き、天を分かつ丸太は、ユグドラシルの力をいとも容易く凌駕し、花粉ごと【ユグドラシル】を押し返し、そのまま村長を吹き飛ばす。


「何故だ、私は、一体何を間違えた――?」


「丸太至上主義を唱えながら、丸太を愛さなかった。……それが敗因です。あなたは僕に負けたのではなく、丸木人の魂に負けたんです」


 僕がそう告げると、村長は「理解できない」と、そう一言言い残して瞼を閉じた。それとほぼ同時に【ユグドラシル】はボロボロと崩壊した。


「ユグドラシルは崩壊、村長の【マルタナティブ】も完了。……【オペレーション・ラグナロク】は概ね成功だ」


 讃岐さんはそう言うとほうと息を吐いた。


「讃岐さん、朽木は…… 」


「ああ、朽木クンなら柊クンが病院に連れて行ったみたいだ。大丈夫、とはお世辞にも言い難いけど、心配はしなくて良い。……この程度で倒れてしまうのならそれは 朽木斬継じゃない。そうだろう?」


 讃岐さんの口からそんな言葉が飛び出すのがちょっ と意外で目を丸くする。


「そう……ですね」


 こうして、僕達の大規模な反抗は幕を閉じた。

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