漢の花道! 朽木散る!!
きっかけは一つの銃声だった。
「丸太が……爆ぜた!?」
僕に向かって殺到していた丸太の一本が内部から膨張し、炸裂したのだ。
「これは……」
いきなりの事態に驚いていると通信機から聞き慣れた声が響いた。
「援護、間に合いましたよね?」
それは朽木と共に委員長と戦っている筈の枯葉の声 だった。
「何でこっちに来たんだ。それじゃあ朽木は今――」
「はい、一人でずっと戦ってます」
プツリと僕の中で何かが切れる音がした。
「……今すぐに朽木の所に戻れよ」
「それは……ダメです」
再びの銃声。そして、爆砕。僕の周りを囲っていた生徒達が離れて行く。
「いいから戻れよッ!!」
声を荒げながらすかさずそこを【ペンドラゴン】で荒っぽく殴り飛ばす。
朽木は花粉への耐性が無い。それを薬で誤魔化しながらどうにか戦っているのが現状だ。下手をすれば、いや下手をしなくても命に関わる。今は少しでも力が必要な筈だ。
「樹さんこそっ!! どれだけ手間取ってるんですか!! さっさと勝って、朽木さんを助けて下さいよっ!! 分かってるんでしょう、朽木さんが委員長に勝てない事!!」
答えに窮する。……それがまるきり図星だったから。
僕が朽木と初めて出会った日。彼は委員長が来た瞬間逃走を選択していた。だから薄々気付いてはいたのだ。
朽木は委員長に勝てないのだと。
「でも、枯葉が居れば――」
「あまり買い被らないで下さい。高く評価されるのは光栄ですけど。射的の銃で練習してようやくこの子を使えるようになりましたが……朽木さんと委員長の間に割り込む腕もなければ自信もありません」
ああ、そうだ。枯葉の武器であるアンチマルタライフ ルを本格的に使うのは今日が初めてのはずだ。先ほどから的確な狙撃があったから失念していた。
「だから、樹さんがさっさと片付けちゃって下さい。尻拭いは樹さんのお仕事です」
そして、枯葉はそう無責任にもそう言い放った。
「はったおしてやろうか」
ヒノキオイルを制服のズボンでゴシゴシと拭い【ペンドラゴン】を構える。その視線の先には松山心葉。
「――でも、気合いは入った。ありがとう」
「来いよ、樹ッ!!」
ヒノキが迫る。それは正しく渾身の一撃。
「【ペンドラゴン】ッ!!」
しかし、黄金色の丸太がその一撃を防ぐ。 先程までの僕だったらこの一撃はきっと耐えられなかっただろう。けれど僕の丸太は確かにその一撃を防ぎ切っていた。
「……僕は勘違いしていたんだ。【丸太至上主義】を壊すことだけを考えていてその本質に気付けなかった」
丸木人の強さ。その源泉は丸太に対する全幅の信頼。丸太への深い愛。
「急に力が増した!?」
驚愕の声が漏れる中、僕は宣言する。
「僕は、丸太を否定しないッ!!」
それを言葉にするのならばそれは――心の丸太。
僕の辿り着いた【丸太至上主義】とは似て非なる境地。
丸太を強要することなく、ただ一個人として丸太を信じ、愛する。
僕は丸木人と同じ丸太への全幅の信頼を以って【ペンドラゴン】を強く握る。
「もう一度輝け……ペンドラゴンッ!!」
それに呼応するようにペンドラゴンの輝きが増していく。それは大技の前兆。
「樹ィィィッ!!」
「心葉ァァァッ!!」
斯くして、黄金の奔流は二度走る。花粉は一帯を黄金色に染め上げ――
「俺の、ヒノキは、折れねぇッ!!」
たった一人の男子生徒を倒せなかった。心葉は己の信念を――ヒノキを高く振り上げる。
「真っ正面から受け止めるッ!!」
なら、僕も同じ信念を以ってそれを迎え撃とう! 裂帛の気合と共に丸太の平面同士が衝突し、鈍い衝撃が肘を伝って肩に流れる。
「……勝てると、思ったんだけどな」
ヒノキの外皮がパラパラと剥がれ落ち……半ばから折れた。
「折れちまったよ、俺のヒノキ」
そう言うと心葉はふっと寂しげに笑った。
「折れてなんか無いよ。心葉の心の中に丸太はしっかり根付いてる」
「……丸太に根っこは無いっての」
「そう、だったね」
「けど、心に根付く丸太、か……それは良いや」
心葉はその場で大の字になると一言「行って来い」と、そう言った。
「分かった……行ってくる!」
僕はそう答えるとその場を後にした。
♪♪♪
朽木はその光景を目にして笑みを浮かべた。
「何だよ……案外やるじゃねぇか」
「村の皆が……くっ」
柊は丸太を寸止めにすると朽木に背を向けて走り出した。
「これが最後のチャンスってやつか……」
朽木が手に取ったのは【C501】の瓶。その中には丸木 杉による脳の変異を相殺すルため『脳を真逆のベクトルに変異させる』錠剤がしこたま詰め込まれている。
「ここで命賭けねぇで、どうする」
そう呟くと朽木はガバっと中の錠剤を一気に口に放り込んだ。
薬でリスのように膨らんだ頬を小刻みに動かしながら錠剤を嚥下する。
「待てよ……委員長さんよォッ!!」
そして、再びチェーンソーを強く握りしめそう口にする。
「まだ負けを認めないつもりか」
そう言いながら振り返った彼女の瞳は――やがて驚愕に見開かれる事になる。
「何だ、その姿は……」
彼女の目に映るのは白い髪と、充血した深紅の眼。先ほどまでとは全く違う朽木の姿があった。
「これが、俺の全力だ」
そう宣うと朽木は獰猛な笑みを浮かべる。
「お前の脳のリミッターが壊れてるなら、俺はそれ以上に自分のリミッターをブッ壊すだけだ」
それは酷く単純な思考。それを壊せば強くなれるのであれば、誰よりも凄惨にそれをブッ壊す。例え【C501】の過剰摂取で目が充血しようが、髪の毛がどれほど白くなろうが―― 己の死期を早めようが御構い無しだ。
「……正気の沙汰では無いな」
「当然だ。リスクに怯えて勝ちを逃すくらいなら死んだほうがマシだからな」
「狂人が……ッ!!」
大量の花粉を纏った丸太が再び朽木に迫る。しかし、朽木が動じる事はなかった。
「剪断しろ……【フォリウム・フローリア】ッ!!」
朽木のチェーンソーが丸太の樹皮をいとも容易く削り切る。
「何ッ!?」
丸太ではチェーンソーには勝てない。それは至極普通な事柄だ。
しかし、この場に於いてそれは何よりも異様な事だった。
柊梢の使う丸太はこの村の誇る丸木杉。使用者に絶大な力を与える神樹だ。丸太にすればその硬度は同程度の鋼鉄をも凌ぐ最強の武器。
――そのはずだった。
「まぐれ如きで調子に乗るなぁぁぁぁッ!!」
「まぐれじゃねぇよ。キチンと見てみやがれ」
最強の武器である筈の丸太には幾つもの刃の痕が刻まれていた。
「今の俺は脳のリミッターがお前とは全く逆のベクトルでお前以上にブッ壊れてる。って事は…… 案外俺にも使えるんじゃねぇかなって思ったんだ」
朽木はチェーンソーを天高く掲げる。しかし、その形状は先程の【フォリウム】とは大きく異なり刃先の一つ一つが尖った楕円形のような形状に肥大化していた。それ はまるで戦場に咲き誇る大輪の花。そして、花はやがて――花粉を放つ。
「丸木杉の花粉がよぉッッ !!」
赤褐色の粒子がチェーンソーに収束する。それは朽木の男気に触れて【マルタナティブ】―― 反転した丸木杉の花粉そのもの。
「あれは、まさか……今まで私が放出した花粉 !!」
「ああ、その通りだ。俺は丸太を持ってるわけでもねぇから花粉は出せねぇ。けど、こうやってお前の使い古しを集めて纏わせるくらいわけねぇ」
「そんな馬鹿な!? そんなことがある訳――」
【フォリウム・フローリア】が猛々しい唸り声を上げながら丸木杉へと振り下ろされる。その刃は木屑を舞わせながら丸太に深く沈んでゆく。
「花粉はなぁ、雄花が出すもんだ。雌花は出さねぇんだよ」
「それは当然だろう !!」
花粉とは、種子植物が有性生殖を行う際に必要になるブツ。
そして、それを吐き出すのは当然雄花である。そして―― 朽木もまた雄。
小学校で男子がまず仲良くなるのは? 同じ男子だ。
同様に、女子が仲良くなるのは? 同性、即ち女子だ。
つまりこれは――なんやかんや同性同士は安易にくっつき易い事を如実に示している。
「――漢の気持ちはよ、漢が一番理解してんだよ。だから、俺が花粉を使えない訳がねぇ」
「なんだその無茶苦茶な理屈は!! まるで意味が分からんぞ!!」
それは漢であるというシンパシー。女では理解しがたい――漢の世界。
「考えてる暇あんのか……よッ!!」
重い一撃が丸太に吸い込まれていく。一回、二回、三 回。【フォリウム・フローリア】が振るわれる度に刃の跡が刻まれて行く。
「オラオラオラオラオラオラオラッ!!」
振るうその速度は飛燕。繰り出されるのは暴虐と蹂躙。 朽木は圧倒的だった。
……そう、圧倒的に壊れていた。それは最早致命的なほどに。朽木は攻勢を緩めると背後に飛び退き口元を拭う。拭った手の甲にはベッタリと鮮血が付着していた。
「……畜生、時間がねぇ」
朽木のハイペースな戦闘は確実に彼の命を蝕んでいた。このままでは村長戦まで保たない可能性が高い。いや、この戦闘の決着がつく前に倒れてしまう可能性すらある。
「お前――どうしてそこまで」
「へっ、何回も言ってんだろうが」
しかし朽木は己の武器を下ろさない。
「――俺はよ、お前の事をずっと凄えって思ってたんだよ。だってそうだろ? 戦えば強い。俺と違って勉強だって出来るし、村の奴等からも信頼されてる。……なのに、丸太の事になると急に思考停止しやがる。俺よりずっと凄いはずなのによ。それが苛つくんだよ。ムカつくんだよ……!! だから、ぶっ壊す。最初はただの反抗心だったけどよ。今はそれだけじゃねぇ」
「テメェが―― カッコよくて強い柊梢が必死に目を瞑って、ひたすら思考停止してんのが気にくわねぇんだよッッ !!」
朽木はそう吼えると【フォリウム・フローリア】を柊梢に突き付ける。
「次の一発で、終わりだ」
朽木の目からは赤い涙が零れ落ちていた。過剰な薬剤の摂取のせいで朽木の身体は既にボロボロで、身体の至るところが悲鳴を上げている。
あと一撃が限界。そんなことは容易に察せられた。
「良いだろう……受けて立つ」
柊梢は朽木が自滅するのをただ見ているという選択も取れた。けれど、好戦的な笑みを浮かべながらそう口にしていた。
「お前が限界なのは見てわかる。だからこうするのはきっと間違いなのだろうな。最善を選ぶなら守備に徹し自爆を待つべきだった」
そこで言葉を区切ると刃痕の刻まれた神樹を構える。
「――しかし、それでは全く格好良くない。格好良く、強い柊梢がご所望なのだろう? お前は、いや――朽木斬継という男はッ!!」
「それでこそだッ!! 柊梢ッ!!」
「行くぞ……くれぐれも死んでくれるなよッ!!」
「俺は、死なねぇぇぇぇぇぇッッ!!」
先に動いたのは――柊梢だった。大量の花粉を纏わせた丸太を持って朽木へと突進する。それは避ける事をまるで念頭に置いていない愚直過ぎる――しかし最高威力の一手。
丸太を手にした柊梢は、地上を駆ける一条の流星と化す。
「ぐぅッ!?」
それは朽木に直撃し、ミシミシと骨を軋ませる。
しかし、朽木の目は死んではいなかった。いや、寧ろ血色に染まったその双眸は爛々と輝いてい た。
「剪断しやがれェ……【フォリウム・フローリア】ッ !!」
カウンター。【フォリウム・フローリア】は丸木杉の花粉を纏うチ ェーンソー。
そして、その花粉の源泉は間違いなく柊梢その人。
柊梢が花粉を撒き散らせば撒き散らす程纏う花粉は濃密になり、花粉は何よりも鋭利な刃となる。 そして数瞬の後――神樹は見事に切断される。
「……カウンターか。まんまと乗せられた。……お前の勝利だ」
「いいや、情けねぇけど引き分けだ」
一撃で勝負を決められなかった時点で柊梢の敗北は決定していた。しかし、朽木も一撃を受け止め切ったせいでボロボロだった身体はついに限界を迎え口から血が溢れ出た。
「……このザマじゃあ村長とはドンパチ出来ねぇか」
そう言うと朽木はその場で崩れ落ちる。
「……村長はこの村で最強。お前達がどう足掻いたところでどうにもならないだろう。だが――大番狂わせというのも、偶には悪くはないか」
それに続くように、柊梢もまたその場に倒れ込んだ。




