決定! これからの方針!!
「おい、樹。ぼーっと外を見てどうかしたのか?」
僕が何の気なしに窓越しに外を眺めていると一人の男子生徒――松山心葉が声を掛けてきた。
「……いや、やっぱりヒノキって良いなって思ってたんだ」
そう言いながら机の傍に立て掛けておいたヒノキを指さすと松山はウンウンと頻りに頷いた。
「そうだろそうだろ。やっぱりヒノキは最高なんだって。俺、将来はオールヒノキの家に住むのが夢なんだ」
……オール電化とはどこまでも相容れなさそうな固有名詞だ。なんとなく高級そうだし、一度住んでみたい気はしないでもないのだけれど。
「家に帰ったらさ、ヒノキの良い匂いがするんだよ。で、あっついヒノキ風呂に入って、ヒノキを抱き枕代わりに使ってヒノキのベッドで寝るんだ」
「いや、抱き枕を丸太で代用しないでよ」
丸太を抱き枕代わりに使った日には丸太の重量で圧死する未来しか見えない。
けれど、丸木人ならばそれでも死なないのだろう。いや、ひょっとしたら丸太と共に死ねるのならば本望だとすら思っているのかもしれない。
「いや……ってか、俺、そもそもヒノキを抱き枕代わりに使わないと寝れないんだ」
何の冗談かと松山の顔色を伺う。けれどそう言う松山の顔はいつになく真剣だった。
「俺、基本不眠なんだ。言ってなかったか?」
「……初耳だよ」
僕がそう言うと松山はそうだっけとおどけて見せた。しかし数瞬の後、その表情は再び硬いものとなった。
「けど実際そうなんだよ。俺、木の暖かさが無いと……眠れないんだ。親に捨てられてからずっと不眠で、眠れなかった。けど、この村に入って……ヒノキに出会って変わったんだ。俺は木の暖かさを知った。人の暖かさを 知れた。だから――お前の選択は例え友達であっても、やっぱり認めたく無い」
僕の選択。その言葉に胸がざわめく。
あの日、僕は考えた。【アスガルド】の尖兵として人間 にとって都合の悪い種を絶滅させるのが正義なのか、それとも【丸木症候群】で人々を洗脳するのが正義なのかを。
結論、僕にはそのどちらも正義には思えなかった。だから、僕は第三の選択をした。
そう、あくまでも【AMT】として【丸太至上主義】と戦い続ける という選択を。
♪♪♪
―― 数日前に遡る。
「僕は【アスガルド】に付きません」
「宜しい。では――」
「けれど、【丸太至上主義】にも賛同出来ません。僕の入ったのは【AMT】です。最後までこの【AMT】で抵抗します」
これが僕の出した結論だった。
確かに、【アスガルド】が丸木杉を絶滅させようとしたのはやり過ぎだと思う。
けれど【丸太至上主義】は常識的に考えてこっちもこっちで問題があり過ぎる。【AMT】の背景には【アスガルド】がいるのは分かっている。けれど【AMT】は【アスガルド】そのものではない。
無茶苦茶言っているのは分かっている。結局僕は反抗していたいだけなのだ。【丸太至上主義】ってやつをぶち壊したいだけなのだ。
「はっ、よく言った樹! そうだ、それでこそ【AMT】だ」
「そうだね。丸太がこの世界に蔓延するなんて考える だけでゾッとするよ」
朽木と讃岐さんが続いてそう口にすると村長は小刻みに震え始めた。 村長が怒り狂ったのだと思った。けれど、それは間違いだった。
「…… 実に、実に面白い! それでこそ。それでこそだ!! 諸君らは今ようやく私の敵になった。ちっぽけな 勢力に過ぎないが、それでも私の大事な、素敵な宿敵となった !!」
――村長は笑っていた。歯茎を覗かせながら、実に楽しそうに。
その肥満体を震わせるのは純粋な悦び。これで正式に敵として叩き潰せるのだと言う酷く捻れた喜悦に見えた。
「直ちに枯葉君を解放するように手配しようじゃあないか。そして祝福しよう! 敵の誕生を !!」
「良いのかよ。そんな敵に塩を送るような真似をしてよ」
「一向に構わんよ。なに、枯葉君の拉致は諸君らの本部の位置を確定させる為に放った人員の独断に過ぎない。ここで戻したところで何ら不都合は無い。いや、会話のテーブルに着く口実になってくれただけでも彼女にしては過分な働きだったと言っても良い。僥倖と、そう言うのが相応しいか」
そう言うと村長は立ち上がり、メガネの位置を直した。
「さて、私はここでお暇しよう。ああ、そうそう。【神樹祭】の日まで土竜のような生活を送るのも寂しい事だろう。地上に来たらどうかね。なに、怯える事は無い。我々は大切な敵として諸君ら【AMT】を歓迎しよう」
そして、最後にそう言うと村長は去って行った。
♪♪♪
「俺さ、単純にこの村が好きなんだ。他所者の俺でも、 丸太の事を話せば誰にでも打ち解けられたし、なんて言うか……丸太ってもので繋がってたんだよ」
「松山…… 」
「それに、さ。ここ生活費タダだろ。だからか身内に不幸があったりとか、家庭に恵まれない奴が自然と集まって来るんだ。そんな奴らでも、この村は受け入れてくれるんだよ。丸太に貴賎なし、ってな。俺にとって、いや、みんなにとってここは心地良い木陰なんだ」
「それは……」
……そもそも、僕がこの村に来たのは生活費タダに釣られたからだ。
それに、転校早々に僕にも友人が出来 たのは丸太の存在が大きい。丸太があれば繋がれる優しく閉じた世界。それも丸木村の一つの側面なのは確かだ。
けれど、洗脳の果てに生まれた連帯感に意味はあるのだろうか。それは真に丸太で繋がれる世界と言えるのだろうか。
「俺はお前に【丸太至上主義】を壊して欲しくない。ただ、それだけなんだ」
「それは……出来ない」
そう口にすると松山は何故か微苦笑を浮かべた。
「そっか。何となくそう言われる気がしてたよ」
「ゴメン」
「謝るなって。ただ【神樹祭】の日は覚悟しろよな。俺がヒノキの良さをもう一回見せてやるからよ」
そう言うとブンと一度ヒノキを薙いだ。風圧と共に爽やかな芳香が微かに香る。それは何処か、夏の匂いにも似ていた。
「樹さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
そんな風にしみじみと感じ入っていると、不意にドンと腹部に衝撃が走った。この騒がしさ、この小柄な背丈。間違いようが無い。
「……枯葉か。引っ付かないでよ。暑苦しい」
「あの! アンチマルタライフルの練習代りに輪ゴム 鉄砲を乱射したら皆さんの顰蹙を買ちゃったんですよっ!! だから、取り敢えず樹さんが悪いことにして保身を計りたいんですけど、どうですかっ!!」
チャキッと割り箸製の極めてチープな銃をブンブンと振り回しながら枯葉はそう凄んだ。……ライフルの練習を何故輪ゴム鉄砲で済ませようと思ったのか甚だ疑問だ。
「どうですか、じゃ無いよ。はったおしてやろうか」
やれやれとため息を吐くと、視界の端で松山がサムズアップしているのが見えた。
「それじゃ、【神樹祭】の日は正々堂々戦おうな!!」
「うん、それは良いんだけど枯葉をどうにかしてくれないかな」
「……俺は敵に塩を送らない主義なんだ」
松山はそう言い残すとスタコラと何処かへと走り去ってしまった。
「さて! 私の尻拭いのお時間ですよ樹さん!!」
「はぁ、どうして僕がそんな事を……」
僕は頭を抱えてながらも、何処かこんな珍妙極まりない日常が続けば良いのにと思わずにはいられなかった。【丸太至上主義】は必ずぶち壊す。けれど、ただ壊すだけで良いのだろうかと。僕はそんな事を考えていた。




