第四話 夕空の下での語らい
帰りのHRが終わって放課後。
特に部活にも入っていない俺は、一度自宅に戻って制服から普段着に着替えて趣味である異世界モノのネット小説やマンガを見たり、ゲームなどをして時間を潰していた。
そうしているうちに『リリス』との約束の時間が迫ってきていたため家を出て、今は廃神社の境内へと続く階段の前まで来ている。
スマホを取り出して時間を確認すると、画面には「17:38」と表示されていた。
子供の頃と同じ感覚で十分か五分前くらいに着くように家を出たつもりだったが、思いの外早く着いてしまったようだ。
履いていたチノパンのポケットにスマホを仕舞い込んで角度のある石階段を見上げる。
最近全く来る機会の無かった廃神社に続く石の階段は、ずっとほったらかしにされているのか土や落ち葉で汚れ、ところどころヒビが割れているのも窺えた。
階段の終わりには、赤い鳥居の上の部分だけが小さく見えている。
すでにこの上で『リリス』は俺を待っているのだろうか。
教室で見た、男子生徒のアタックを颯爽とその俊足で置き去りにしていく彼女の姿を思い出す。
普段は陸上短距離という有意義な場で活躍している彼女の俊足は、今日は話しかけてくる有象無象の男子生徒を躱すことに全力で無駄遣いされていたようだった。
「まあちょっと早いけど、早く来て困ることも無いだろ」
独り言ちると、俺は気を取り直して階段の一段目に足をかける。
まだ約束の時刻まで時間があるため、俺はゆっくりと階段を上って行くことにした。
『リリス』と良くここに来ていた子供の頃を思い出して懐かしさに浸りながら少し急な段差を登っていく。
そうしているうちに、ふと気付くと最後の段差を上り切ったようだ。
目線を前に向けると、昔の記憶よりも更に朽ちた鳥居と拝殿、そして雑草が茂った境内が見える。
そして、肝心の『リリス』といえば……。
――いた。
彼女は、俺から見て右手側の、拝殿の比較的老朽具合の低そうな縁側のところに腰掛けていた。
どうやら彼女の方が先に俺に気付いていたようで、俺が彼女の姿に気付くとふっと柔らかく微笑み、こちらに向けて静々と手招きをしている。
俺はそんな彼女に招かれるように鳥居をくぐると彼女の傍まで近寄った。
ポンポンと自分の左隣に座るよう促す彼女に従って、高さが俺の胸の下辺りまである拝殿の縁側に、少し飛び上がるようにして上ると隣に腰掛けた。
「来るの結構早かったわね」
「最後にここに来たの小学生の頃だったからな。あの頃と同じ感覚で来たら早く着いたんだよ」
「……そう」
『リリス』に返した俺の言葉に彼女は頷きながら、クスクスと笑みを浮かべている。
「ここで、私たちが初めて出会った時のこと覚えてる?」
「もちろん」
彼女の問いに、間髪入れることなく答える。
驚いて気を失った幼馴染の意識が戻ったかと思えば、人が変わったように急に平手打ちを喰らわせてくるわ、良く分からない言葉遣いで喚き散らすわで、最早何が何だかという状態だった。
それだけでも十分衝撃的だが、彼女は更にまさしく中身の人間が変わっていると言う。
あまりに衝撃的過ぎて、忘れるに忘れられない俺と『リリス』の初邂逅だ。
「お互い訳が分からない状況に混乱して、支離滅裂だったわよね」
「ああ。俺からしてみれば気を失った幼馴染が起きたら急におかしくなってて、『リリィ』からすれば、いきなり見知らぬ世界で自分じゃない人間になってるって状況だもんな……。仕方ないと言えば仕方ないけど、あの時は本当に酷かった……」
「うふふ……。でも、ハルは私より年下なのに私より先に冷静さを取り戻して、私を宥めて話ができるようにしてくれたわよね」
近くに自分より混乱している人がいると逆に冷静になる、とよく謂われるが、あの時の俺はまさにそんな感じだったのだろう。
当時の俺も混乱の渦中にいたが、俺よりも混乱して錯乱している『リリス』を見て逆に冷静さを取り戻せたのだ。
「話していて何とか落ち着いてきていた私が、魔法って言葉で急に目を輝かせて興奮した貴方を、今度は逆に私が宥めたのよね。……あの時のハルは今思うと本当に可愛かったわ」
「……その話は止めてくれ」
そう言って可笑しそうに笑う彼女に恥ずかしくなった俺は、少し赤くなっているであろう顔を彼女から背けて隠す。
今の照れてるハルも可愛いわね、という『リリス』に、更に恥ずかしさが増してしまった。
……照れ隠しに顔を背けたのは失敗だったかもしれない。
ちなみに、俺が異世界モノの創作物を好むのは、この『リリス』の影響に因るものが大きいのは言うまでもないだろう。
仲良くなった彼女が語る、彼女の住む世界での話にはよく心を躍らせたものだった。
それからしばらく、ここで遊んだときのことや、今までの『リリス』と俺の二人の思い出を語り合った。
「ここで遊んだのも、もう随分と昔に感じるわね……」
かなり長いこと語り合っていたようで、気付くと日は大分落ちて辺りはすっかり茜色に染まっていた。
ふと感慨深そうにポツリと呟いた彼女は、夕日の赤に染まる雑草の生い茂った境内を見つめている。
そういえば、懐かしくてつい話し込んでしまったが、彼女は何か俺に用があってここに呼んだのではないのか。
ここに呼んだ理由を聞くか聞かないか迷いながら彼女の視線の先と同じ方向を俺も眺めていると、ねぇ――と、『リリス』は俺に声を掛けてきた。
「私ね。貴方にはとても感謝しているのよ」




