第三話 二人で一人の幼馴染
柏木 美鈴は、俺こと――黒川 治樹の幼馴染である。
ライトブラウンのふわふわとウェーブのかかったセミロングの髪に、髪と同じ色をしたほっそりとした糸眉、少し垂れ目気味のぱっちりとした大きな二重の目と、形の整った小振りな鼻と唇――それらが均整の取れた配置で収まっている小さな顔。
百五十センチそこそこの小柄な体躯と引き締まったスレンダーな体は女性的な膨らみは少ないが、まさに美少女というべき我が自慢の幼馴染だ。
だが、そんな彼女にはある秘密があった。
それは、彼女自身の人格である『美鈴』と、常に周りの人に非常に棘のある対応をする『リリス』と名乗る二つの人格を持つ、所謂二重人格者であることだ。
『美鈴』は持ち前の可愛い容姿と元気で明るい性格から、彼女に好意を寄せる人は昔から多かった。
高校に入ってからは、噂では入学してまだ数か月しかしか経っていないのにも関わらず、既にファンクラブもできているとかなんとか……。
ただ、『リリス』が出ているときは俺以外の人間に対して強烈な毒舌を振舞う姿から、もちろん反感を買うこともあった。
今でこそ俺に対しては普通……と言っていいのかは分からないが好意的に接してくれるものの、初めは俺にもその刺々しい対応をしていて、当時は対応に四苦八苦させられたものだ。
ただまあ、それについては『リリス』自身があまり自分から他人に関わろうとしないことと、『美鈴』と俺のフォローもあって、基本的にはどちらも周囲から受け入れられていた。
それに、『リリス』のときの辛辣な対応は、一部のコアなファンからはご褒美としてありがたがられているようでもある。
……昼食に誘おうとして毒を吐かれ、恍惚の表情を浮かべていたあの陽キャ男子は、きっとそんなマニアックなファンの一人だったのだろう。
そんな俺の幼馴染である美鈴だが、もちろん初めから二つの人格を持っていたわけではない。
彼女の中に『リリス』という人格が生まれたのは、俺たちが小学校に上がってしばらくした頃だった。
お互いの家がすぐ近くにあった俺たちは親同士の仲も良く、赤ちゃんだった頃から一緒に育った。
幼稚園に入る頃になると近所の公園にも遊びに行くようになり、当時から元気一杯で尚且つ今よりも少しやんちゃだった美鈴に手を引っ張られる形で、いつもいつも連れ回されるようになっていた。
その頃にはお互いに他の子たちとも遊ぶようにもなったものの、通っていた幼稚園でも公園でみんなと遊んでいるときも俺と美鈴は常に二人一緒にいたし、大人からも同じ子供からも二人で一つのペアとして扱われていた。
そうして俺たちが小学生になった頃、彼女は家の近くにある人が寄り付かなくなった廃神社の話をどこかから聞いてきたと言う。
やんちゃで好奇心旺盛だった彼女がそんな話を聞いて黙っているはずもなく、当然そこに二人で行ってみようと俺を誘ったのだ。
美鈴に手を引かれて神社に続く階段の前に着いてみると、廃墟となって数年が経ち、周りに人の気配が無いのにも関わらず、外から見ると意外と綺麗に見えた。
人気のない廃墟は子供たちの絶好の秘密基地スポットとなることが多いが、当時の俺たちもまさにそんな感じだったのだろう。
その廃神社が絶好の秘密基地スポットに見えてテンションが上がった俺と美鈴は、急な階段もお構いなしに勢い良く駆け上って行った。
大人になるにつれて上るのが面倒になる長く急な階段も、好奇心と冒険心が豊富な子供の俺たちには秘密の場所を彩る一つの造詣のようで、気分を高めてくれる要素の一つになっていたのだ。
しかし、俺はともかくとして、美鈴に関しては急な階段が終わりを迎えた途端、好奇心と冒険心は急速に萎んでいってしまったようだった。
廃墟となって十年前後の時が流れ、ずっと雨風に曝され続けた赤い大きな鳥居は所々赤い塗装が剥げ、元の材質が露出しているところも見受けられる。
そんな朽ちかけた鳥居も少し不気味な印象を抱かせるが、それよりも境内の中の方がもっと不気味だった。
砂利の敷かれた境内は、どこからか運ばれてきた雑草の種が芽吹き、ところどころ雑草が伸びている。
拝殿を見てみれば、管理する者がいなくなってあらゆる場所が朽ちて一部壊れてしまっている場所すらある有様だった。
そんなボロボロの境内を見れば、俺ですら好奇心や冒険心が少し削がれてしまうのに、怖い物が特に苦手な美鈴からしてみれば堪ったものではないだろう。
案の定、ここに来るまでの勢いが完全になくなった美鈴は、それでも自分から俺を誘ってここに連れて来た手前すぐに逃げ帰るのも恥ずかしかったのか、俺の後ろに隠れるように避難し服を掴みながらも一緒に探索を始めようとした。
ところが、探索はすぐに終わることになる。
拝殿へと近付き、拝殿に上がる数段の階段を二段程ほど上ったくらいで朽ちた木が大きな音を鳴らし、床下に隠れていたらしい何かの野生生物が驚いて勢いよく飛び出していった。
そして、それに驚いた美鈴が気を失って倒れてしまったのだ。
慌ててこっちに倒れ込んでくる美鈴の体を支えようとするが、当時俺より身長が高かった美鈴の体を支えることはできず、崩れるように一緒に倒れてしまった。
それから下手に動いて美鈴や自分が怪我をするのも怖くて、ずり落ちないように必死に彼女の体を抱きしめたまましばらく動けずにいること数分。
痛みか気持ち悪さを堪えているときのような唸り声を上げながら意識を取り戻した美鈴。
彼女は心配になって覗き込んだ俺の顔を見た瞬間、俺の頬に平手打ちを喰らわせ、何事か叫びながら慌ててその場から飛び退いた。
いきなり人が変わったようなおかしな言葉遣いで叫び出し、尚且つ頬を平手打ちされたことに対するショックから呆然としていて当時は理解できなかったが、女性の体を抱きしめていたことに対する非難を俺に浴びせていたらしい。
それより、いきなり頬に容赦無い平手打ちを喰らわせられて泣かなかった当時の俺を褒めてやりたいところだ。
何やらパニックに陥り、人が変わったような様子でブツブツと呟いたかと思ったら急に大きな声を上げたり、頭を抱えて左右にブンブン頭を振ったりしている彼女の姿に、しどろもどろになっていた俺。
しかし、そんな彼女の姿を見ているうちに何とか話を聞けるぐらいまで落ち着くと、支離滅裂な言葉を並べ立てる美鈴を宥めて話を聞いた。
相変わらずおかしな言葉遣いと刺々しい雰囲気で話す彼女だったが、要約すると『美鈴』の記憶もあるものの、自分はこことは違う場所で暮らしていた記憶を持つ全く別の人物だという。
その時まだ小さかった俺は話の半分も理解できなかったが、とにかく、彼女が俺の知っている『美鈴』とは違う、ということだけは幼い俺の頭でも理解できた。
――これが、俺と幼馴染のもう一つの人格である『リリス』との最初の出会いである。




