第二話 『美鈴』という少女
俺は倒れ込んできた幼馴染の体を慌てて手で押さえて支える。
「……あ、あれ? ハルくん……? あたし……」
「……『美鈴』か」
先程までとは一転、口調も纏う雰囲気もガラリと変わった幼馴染の姿。
それを見た俺は、『彼女』の名前を呼んだ。
彼女は体を支える俺の腕を掴みながらキョロキョロと周りを見渡すと、気まずそうな苦笑いを浮かべた。
「……もしかして、出ちゃってた?」
「……ああ」
俺が肯定を返すと美鈴は、やってしまったとでもいうような表情を浮かべる。
「完全に油断してたよ……。ごめんね、ハルくん。何か変なことされなかった?」
恥ずかしそうに顔を赤らめて聞いてくるのは、『リリス』が俺に対して過激なスキンシップを人目を気にせず仕掛けてくることを知っているからだろう。
首肯しつつ、特に何もされてないから大丈夫と返すとホッとしたように彼女は溜め息を一つ吐き出した。
「あ、でも今日の放課後に廃神社に来て欲しいって言われたな」
「うげぇ……。それマジ?」
『リリス』とした約束のことを思い出して美鈴に話すと、心底嫌そうに眉を顰める。
彼女はホラーなもの全般が大の苦手だから、いかにも何か出て来そうな雰囲気のある廃神社には絶対に行きたくないんだろう。
実際、彼女と二人で廃神社で遊んでいるときは、いつも『リリス』が出て来ていた。
「まあ、多分そのときは『リリス』が出て来るだろうから大丈夫だと思うぞ」
「そうだろうけど……」
不貞腐れた顔で不満をブーブー垂れ流している美鈴。
「ところで、そろそろ飯食っていいか?」
そろそろ腹の虫が我慢の限界を訴えていた俺は、弁当を食べ始めて良いか聞く。
待って、一緒に食べる!という彼女に早く自分の弁当持ってくるように促すと、元気良く自分の席に弁当を取りに駆けて行った。
一緒に食べることを承諾した途端、ただでさえ俺に突き刺さっていたこの教室で彼女に好意を向けている男子からの憎悪の視線がさらに強くなった気がしたが、そんなことを気にしたら負けだ。
「もうあたしもお腹ペコペコだよー!」
俺の机にデフォルメされた可愛らしい猫の絵がプリントされた弁当包みを置く彼女の顔を眺める。
その容姿と性格からクラスの陽キャグループに属してる美鈴。
そんな彼女が異世界モノのネット小説を読んだりマンガを見たりするのが趣味な、陰キャグループに属する俺と仲良くしてるのも幼馴染ならではの特権てヤツだろう。
「ん? あたしの顔をじっと見てどしたの? ……あっ! さては、あたしに惚れたな!?」
「可愛い幼馴染を持てたこの世の奇跡に感謝してた」
「うぇぇ!? ちょっ、そういうこと何の躊躇いもなく言うのホントズルい……」
空腹が限界に達していた俺は、何やらブツブツ呟いている美鈴を無視して弁当に箸を付けた。
……うむ。今日の卵焼きはいつにも増して上手く焼けているな。
「あ、そうだ。放課後『リリス』と約束してるなら今日部活休むって顧問に言っといた方が良い?」
「……あー」
俺のことを何やらジト目で見ながら弁当箱を広げる美鈴だったが、ふと思い出したように聞いてくる。
百五十センチそこそこという小柄な体躯ながら運動神経に優れており、足の速い彼女は陸上部に所属していた。
入学して数か月しか経っていない一年生ながら、すでに陸上短距離のエース選手としてインターハイに出られるのではないかと言われている。
『リリス』が出ているときは部活そっちのけで俺に構ってくるのを除けば、陸上部の他の部員や顧問の先生からも大きな期待を寄せられている選手なのだ。
俺もすでに何度も彼女が走る姿を見ているが、それはもう男女の体力の差を持ってしても俺では天地がひっくり返っても勝てないほどの見事な足の速さを誇っていた。
……ちなみに、実は足の速さだけではなく意外と力もある。
ある時、中学の頃に俺の家に遊びに来ていた美鈴と一緒にプロレスの試合の動画を見た。
その中で出てきた技をふざけて掛けられたのだが、あの時はマジであの世に旅立つことになるかと思ったものだ。
暴れても全然拘束から逃れられず、記憶も定かじゃなくなるほどの痛みに悶えながらギブアップを訴えたが全く解放してもらえず……。
ふと見えた彼女の目が草食獣を喰らおうとする肉食獣の様にギラギラと輝いていたのは今でもまだ鮮明に脳裏に焼き付いている。
そしてその後、マジで命の危険を感じた俺は、何とか解放された後に彼女に即刻プロレス技禁止令を出した。
その禁止令は、当然今でも有効である。
……なんだか思い出したら背筋が寒くなってきた気が。
まあ、それはともかく。
足の速さが遺憾無く力として発揮できる陸上短距離の世界で、美鈴は日々部活動に精を出し努力しているのだ。
「約束の時間的に部活の時間と被りそうだし、一応休みにした方が良いかもな……」
「おっけー。ご飯食べ終わったら高橋先生のとこ行ってくる」
「明日はまた俺が先生の愚痴を聞かされることになりそうだ……」
美鈴の言葉に、女子陸上部の顧問で女子の体育も受け持っている女先生である高橋先生の顔が脳裏に浮かんでげんなりしている俺を見て、彼女は苦笑を浮かべる。
彼女は、『美鈴』のときには真面目に部活動に取り組んでいるが、『リリス』のときは真面目にやらないどころか先生に対してでさえ容赦の無い毒舌を振るう。
そんな彼女に手を焼いている先生を見かねて、一度部の手伝いをしたことがあった。
『リリス』の状態になっていた彼女を宥めて何とか部活動をさせていた俺を見てからは、手伝いをさせられたり困らされた先生の愚痴を聞かされたりするようになった。
それ自体は特に問題無かったのだが、近頃、部の先輩や顧問の先生から正式にマネージャーをやってくれないかと頼まれることがあるのが悩みの種である。
元々やるつもりもないが、当の『美鈴』と『リリス』の両方共が断固反対しているので、今のところ女子陸上部のマネージャーをやる予定はなかった。
「まあまあ、そんなことよりさ。朝、家出る前に最近起こってた動物園の動物失踪事件のニュースがやってて――」
弁当に箸を伸ばしながら、美鈴の話に適当に相槌を打つ。
そうしてその後も、弁当を食べ終えて先生に連絡をしに行って帰ってきた幼馴染と再び雑談やスマホゲームをしてるうちに、昼休みの時間は過ぎていった。




