第一隊の三人
「ヨシュア、ミア、打ち合わせ室に来てくれ。」
ラグは会議から帰って来るなり、私達を呼んだ。
打ち合わせ室は、騎士団の執務室の隣にある、作戦会議にも使われる、完全防音・盗聴対策の施された部屋である。
私がここに入るのは、始めてだった。
利用の性格上、殺風景な部屋だと勝手に思っていたが、ふかふかの絨毯に、豪華な革張りのソファ、黒光りする巨大な長テーブルがデーンとある、どこの貴賓室に迷い込んだかと思うような造りだ。
目をぱちくりさせていると、ヨシュアがさりげなく説明してくれる。
「この部屋には、陛下もこられて会議をする事が多いので、このような造りなのですよ。」
「なるほど…、執務室のギャップに少し驚いてしまいました。」
シンプルな石壁と飾り気の無い無垢の木の調度品が多い騎士団内では明らかに浮いている。これは…もしや、
トントンと、壁を叩きながら歩いていると、ラグに「メッ」という顔をされた。
ばれたか。…こういう部屋は、大抵、VIP専用通路があるんだよね、多分。陛下や大臣が執務室を通ってやってくることはあまり考えにくいし。
「ミア、きょろきょろしていないでこっちに座りなさい。」
てへっ。つい好奇心が。
「はい、…会議はどうだったの?」
「いい加減、私にも話してもらえるのでしょうかね?」
ラグの隣に腰掛けながら尋ねると、ヨシュアもそれに続く。
「ああ、ヨシュアには最初から話す。」
…
ヨシュアには、陛下が帝国の教会に対して求める交換条件の内容以外は、全て話した。現在は、サルージャ大司教に無事、渡りがつけられ、交渉に入った所だそうだ。
「交渉が整い次第、動かねばならんから、騎士団は両方の心積もりをして置く必要がある。」
ヨシュアは、大方は予想していたようだが、国境が破られる恐れがあると言うことは、考えていなかったようだ。
「…帝国が、どこから攻めて来るか不明なのですね…、何処に守備を置くべきか…。」
考え込むヨシュアに、ラグはあっさり告げる。
「2箇所に絞っていいと思うぞ。一つは国境線のちょうど中央の、帝都の近く。もう一つは東門よりさらに東の、王宮近くの森のあたりだろう。」
なるほど、国境線は果てしなく長いけど、良く考えれば単純だよね。
国境にある2箇所の関所は、東と西にバランス良く配置されている。その関所の真ん中のあたり、国境線に貼り付くように帝都は建てられている。王国側は、逆に関所門付近に街があるため、このあたりには人気が少ない。
準備がしやすく、少人数で複数回に分けて王国内に潜り込むならば、ここの辺りが最も容易だろう。帝国内で活動する、王国の手の者にもバレにくい。
もう一方の、東の森から入る可能性も高いだろう。その森は私が暮らしていた森…つまり王宮の裏手に通じている。直接王国の中心部を強襲をしたければ、こちらから来るだろう。他に国境沿いに、大人数が潜めるような深い森もない。
「確かにそうですね…、王都から離れた西側から攻める意味は特にないでしょうし…。この二箇所に、密かに配備を行う準備をします。」
バレていることは、バラさないほうが良いよね。
「ああ、守りはそれでいいだろう。…こちらから攻め入るときは、東西の門それぞれから突入し、帝都を挟み撃ちにする。」
ぎゃっ、それはひとたまりもない。…宮殿には魔法に対する対応策はあるが、帝都の外側は一瞬でやられるだろう。宮殿も時間の問題だ。もしそうなったら…聖地だけでも守れるだろうか。
などと考えていたら、ラグに頬をグーでウリウリされた。
「もしも、の話だ。交渉でよっぽどのヘマを打たなければそこまでの決裂はしないだろうし、お前の作戦が失敗しない限り、全力で攻めることはしない。」
「それは…失敗したら、攻め込むぞっていう、私へのプレッシャーなの?」
青くなって尋ねると、ラグが優しく微笑んで答えた。
「ミアに何かあったら、帝都丸ごと燃やしちゃうぞ、という脅しだな。」
ぐはっ、とんでもなく恐ろしい事を言っているのに、何故かちょっとときめいてしまった。
「う…、頑張る。」
私達のやり取りを、ものすごい無表情で聞いていたヨシュアが、ここで質問する。
「ミレイア様の方は、具体的な作戦は決まっていますか?」
うーん、陛下は何処まで考えているのかな?ちらりとラグを見ると、
「ミアとその他の少人数メンバーは、固まって国境を超え、宮殿内に侵入する。皇帝が宮殿内にいるタイミングや、陽動などの補助は、陛下の情報部隊が行う予定だ。情報部隊は、既に潜り込んでいるものや、別動で目立たぬように侵入することになっている。」
「私が一緒に行く人は、騎士団の隊員?」
「いや、一人だけは、情報部隊との繋ぎ役が必要だから、そちらから入る。」
「それでは、騎士団からの人選は3人程度、という事ですか。」
「ああ、2.5m以内で、武器を構えた体勢をとるには、それぐらいが良いだろう。」
その人選が難しいんだよね。
「一人は既に、ミレイア様が、マーカスが良いと言っていましたよ。」
あっさりと暴露された。…ちょっとその言い方は…
「は?マーカス!?何で俺は駄目であいつは良いんだ?似たようなもんだろう?」
「いや、その、顔見知りがそもそもそんなにいなかったし、…条件も合ってたから…。」
「身体が脳みそと繋がっていないところはたしかに良く似ていますが、あなたが一緒でない任務での破壊行動は案外少ないですよ。彼は。」
「…条件って何だ。」
「魔力コントロールと、目立たなさかな…。」
「あいつ騒がしいぞ?目立たないか?」
「ラグは、数十メートル先からでも、威圧感があるよ?マーカスは…オーラが…」
モニョモニョと言葉を濁すと、ヨシュアが頷いた。
「彼はいくつになっても、『頭の軽そうなその辺の青年』に見えますよね。」
ああ、せっかく濁したのに。でもまさにそれ!茶髪に青色の瞳というよくある色合いに、イケメンの部類だけどどこか軽そうな感じが、…ほんとに。
「ただ、隊長さんなのでしょう?連れて行っても、作戦に齟齬がでないかは、心配です。」
「そちらは問題ない…、何故か非常にしゃくだが、強さの面から言えば、マーカスは信頼できる。」
私だって、本当はラグがいいよ。
「ええ、交渉がうまく行っても、この作戦が成功しなければ意味はないのでしょう?ならば最大限の戦力で行くべきです。団長以外で。」
しっかり最後を付け加えたね。
「ならばヨシュアが行くか?」
「え、副団長さんはだめでしょう。騎士団の機能が止まっちゃう。」
「私は構いませんよ。たまには居なくなって苦労を味合わせたいものです。」
いやいや。
「それをやるのは別の機会にしたほうが…、ラグを止められるのは副団長さんだけだろうし。」
小さく付け加えた私を、ヨシュアが目を眇めて見る。
「私は、団長が帝都を丸焼きにするのを止めたりしませんよ?」
ばれたか。そうよね、止める理由はないよね。でも、ラグが危ない目に合うのは、きっと止めてくれる。
「ど、どのみち苦労するのは、何時もちゃんと仕事をしている、副団長さんの部下になってしまうのでは?可哀想ですよ!」
「…まあ、確かに…そうなんですよね。じゃあ、今度別の機会に、執務室の仲間で旅行に行くことにしますね。」
あ、………、しーらね。
ラグがちょっと青くなっているが、反省したほうが良いとも思う。
「私では、やはり面識が皆さんとはほとんど無いので、お二人に選んでもらえると助かります。早めに人選して貰えれば、打ち合わせなども出来るし、人となりも知れます。」
「…そうだな、ヨシュア、お前のが隊員については細かく把握しているだろう、誰かいるか?」
「やはり第一小隊の中から選ぶのが妥当でしょうね。宮殿に忍び込む際に必要な能力が事前に解っていれば良いのですが…。」
必要な能力か…。
「皇帝の居る場所は、魔法攻撃や、飛び道具が弾かれる結界がある可能性が高いです。近距離戦にも対応できる方が、最後は効くと思います。」
私の部屋にあったやつが、皇帝の居る場所に無いはずはない。
「それと、秘密通路の出入り口がかなり小さいので、大柄な人は素早く出入りができない恐れがあります。」
「…具体的に言うと?」
「うーん、この椅子の足の間ぐらいですね。」
多分…、私5歳だったから自信はないけど…。
「ああ、これは団長には無理ですね。私でぎりぎり、マーカスならば問題ないでしょう。」
「チッ」
ラグ、舌打ちしないで。まだ来る気満々なの?
「では、基準はマーカスで…、近接戦闘が得意な者は、大柄な騎士が多いですからね…。」
「あの子はどうだ?小さくてすばしっこいの。キャサリン…だったか?」
「…キャスリーンですよ。発音にこだわりがあるらしいので気を付けてください。しかし彼女は…」
ヨシュアが渋い顔をした。何か問題があるのかな?小柄な女性で、近接戦に名前があがるなんてすごいと思うけど。
「何か問題があるの?ラグが好きすぎて、私に敵意を持っているとか?」
「いえ、そういうわけでは…」
「ああ、彼女が好きすぎるのは、ヨシュアだ。」
「団長!」
へえー、なるほど、ますますお目にかかりたい。
「何ですか、その目は。彼女はマーカスとあまり仲良くないので組ませたくないのですよ。」
どの目かしら?
「任務に支障をきたすほど悪いの?」
「いえ…そこまでは。魔法の相性は良いのでよく同じ任務にはつかせています。」
…じゃあ、いいんじゃないの?
「ただその為には、二人の間を取り持つ役を一人入れる必要があります。」
ヨシュアは、こんな苦労をいつもしているのね。班分けに困る担任教諭のようだ。
「そんなこと考えてんのか、大変だな。」
…ラグも一緒に悩んであげて!
「調整ができる人はありがたいです。どうしてもトラブルは起きるでしょうし、その時に、公平な判断ができる人は、いたほうが良いです。」
このままじゃ、陛下直属の人と、ラグファンとヨシュアファンで、それぞれ忠誠心を向ける方向がバラバラすぎる。
「ならば、ビンスだな。」
「ええ、彼以上の調整役はいないでしょう。あの第一小隊が、かろうじて空中分解を免れているのは、彼のお陰です。」
わお、すごい苦労人の気配がするよ!
「あ、忘れてたけど、くれぐれも口が堅い方をお願いします。本当は入っちゃ駄目な所ばかり行く予定だから。」
「それは大丈夫です。」
「それは大丈夫だ。」
おう、頼もしい。
「じゃあ、決まりかな?」
後日、取り敢えず、この三人と会うことになった。




