ラグの苛立ち
家に戻っても、ラグは不機嫌なままだった。スキンシップはいつも通りだから、そこまで怒っている訳ではない…と思いたい。
…
「ラグ、ゴメンなさい…」
重苦しい雰囲気のまま、夕食を終え、寝台の上で二人だけになったタイミングで、謝罪をする。
「それは、何に対する謝罪だ。」
ラグに切り替えされ、そこで困惑する。
え、…ラグが怒っている事…、何に怒っているんだろう。
「黙って勝手なことをした事…?」
要はこれだと思うんだけど…。
「…もう寝よう。」
違ったあああ!?
「ゴメンなさい!もっとちゃんと考えるから!!」
ワンモアチャンス!
「…別に怒っていない。いいから寝なさい。」
嘘!絶対怒ってる!
…布団かぶせてトントンしないで!…眠く…なっちゃう…………
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーー
あっさりと眠りについたミアの寝顔は、王宮で弁舌を振るっていた彼女と、本当に同一人物かと疑うほど、あどけない。
普段は、この穏やかな寝息と温もりに誘われるように眠くなるのだが、今日の出来事が、頭を巡るせいで全く眠くならない。
…
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「…旦那様、ルシアでございます。ミレイア様はお休みになられたでしょうか?」
「…入れ。」
ミアを抱えたまま、身を起こす。
ミアは、俺から離れない限り、滅多なことでは目を覚まさない。逆に離れると、ぐずるように目を覚ますことは、本人も気付いてないのだろう。
…そんな状態で、独りで親の仇を殺しに行くなんて、させられるわけがないだろう…!
「夜分に申し訳ありません…」
ルシアが躊躇いながらも、部屋に入って来る。
寝台に腰掛ける俺に、何を話すのか迷う素振りを見せる。
なので代わりに切り出してやる。
「ルシアは、ミアが今日、王宮で何を提案するか、聞いていたのだろう?」
二人で相談して決めたのだろうと思い、そういったのだが、ルシアは否定した。
「いえ、私には、争いに関わる事に対し、協力をして欲しいと説得されただけでございます。協力についても、現大司教様のお人柄を聞かれただけです。ですので、ミレイア様が、何をなさろとしているのか、解らず、不安で…。」
「独りで決めて、頼みたい事だけ頼まれたと言う事か。」
そうか。ルシアにもか。
「ええ、それはミレイア様のお立場からすれば、私にすべてを話せないのは仕方がないことです。…ミレイア様が自ら関わることを、そのお気持ちを話してくださったので、それはそれでよいのです。
こうして参ったのは、私にも出来る限りのお手伝いをさせて欲しいと、旦那様にも許可をいただきたいとおもったからです。」
それが、ルシアの要件か。
「…ミアが関わることになる作戦は、極秘事項だ。ただし、協力は願ってもないことであるし、陛下にも手伝ってもらう事に、許可は得ている。」
商会と帝国教会に繋ぎをつけるならば、ルシアが最も適当な人材だろう。
帝国へ取り引きを持ちかけるつもりである事や、その条件として、犠牲を最小限に抑えるつもりである事を伝えた。こちらが求めるものについては、勿論伏せて話す。
ついでにミアが自身で帝国に、乗り込むつもりであることも話した。
ルシアならば、一緒に反対してくれるであろうと思ったからでもある。
しかしルシアは、青ざめた顔で震えつつも、ミアの寝顔を見つめてから、協力を了承した。
「…ミアを止めないのか。」
思わずそう聞くと、ルシアは悲しそうに首を振る。
「ミレイア様が、そのように決断されたならば、私がどれほど嫌でも、結局説得されてしまうのでしょう。」
「俺は、自分一人で勝手に決めていたことに腹が立ったがな…。」
決意する前に、相談するとかなんか無いのか、と思う。
「皇女様としてのお生まれになられましたから、先帝陛下やセンドリア様以外の方に、判断を委ねるというようなことは、そもそも考えておられないのでしょう…。それにミレイア様であれば、ご自身で最適な答えを見つけられますから。」
そう言うルシアは、どこか少し誇らしげだ。
ああ、そうか、ルシアにとってのミアは、どれ程親身に思っていても、『皇女』と『臣下』なのだ。
だから、決断を尊重するし、それを曲げたいとは思わない。ミアの出す答えが、どう見ても最適解であるせいもある。いっそ愚かであれば、簡単に退けられるのに。
「俺は、あいつの父親や祖父ほど、信頼はされていないという事だな。」
要はそういう事だろう。所詮は他人と言う事か。正直この点が一番腹が立つ。
しかしそれをミアにぶつけるのは大人気がなさすぎるとも思う。会って1年と少し、家族になってからは、まだ季節一つ分も過ごしていないのだから、当然だろう、とも思う…。
慌ててルシアが否定する。
「旦那様の事は、一番信頼されていると思います。…少し恨めしく思うくらいですもの。」
俺の腕の中で、平和な寝息をたてるミアに目をやり、寂しそうな顔をする。…そうも思うんだがな。
「きっと旦那様が、『ちゃんと事前に相談してほしい』と言えば、自然とそれに慣れてくると思います。旦那様はそれができるお立場なのですから。」
自分にはできないのだから頼む、という意味を込めて言われた。
「…ミレイア様は、争いの渦中に飛び込むことの、一番の理由に、旦那様との暮らしを失いたくないからだと仰っていました。」
「…だから、それが信用していないというのだ。」
そんな事には俺がさせないと、どうして考えない。
「信頼していた御二人と、否応なしに、別れさせられたのですから、そう簡単に安心など出ないのだと思いますわ。」
…ごもっともだな。
帝国との事を完璧に納め、誰一人欠けることなく無事であれば、ミアももう少し頼りにするようになるだろうか。
そう思い、頭の中で作戦を練り始めたころ、ようやく苛立ちが収まった。




