騎士団はファンクラブ
「副団長さん、こちらで大丈夫ですか?」
おそるおそる、書き上げた書類をヨシュアに渡した。
ヨシュアは、それにさっと目を通すと、わずかに目を見開いてから、押し黙った。
…
あの後、
日頃の不満をぶち負けたヨシュアは、すぐに立ち直り、無表情で仕事をし始めてしまった。石を抱く隊員さんたちはそのままだ。…用意した手みやげは、ラグごといなくなった。
ヨシュアも、今までの流れを静観していた隊員達も、何事も無かったように仕事を進めている。私は応接用のソファに案内されたのだが、多数の好奇の視線と、ヨシュアの能面顔にいたたまれなくなり、手伝いを申し出たというわけである。
「…駄目でしたか?」
「…」
無言で、同じ様式の新しい紙を差し出された。
…書き直しか。
「その次の日の、町に見回りに行った時の報告もお願いします。」
合格だった。
「わかりました。行方不明の少年の捜索ですね。」
「さあ、私は聞いていないのでわかりません。少年だったということを、今はじめて聞きました。」
おう、怒っている。
「ラグレシオンが話していたことを、文章におこしているだけで、実際にあったことがすべて網羅できているとは限りませんよ?」
怒りを少しでも納めてもらうために、私が書こうかと提案したことなのだけど、一応伝えておく。
ヨシュアは、ふんっと鼻を鳴らし冷たい口調で言う。
「何も書かないより百倍マシです。他に隊員が一緒にいる時は、それらと照合できますし、単独行動の時は、何かしら仕事をしている証明が出来ればよいのです。貴女に話せないことは、報告書にもかけないことである可能性が高いでしょう。」
なるほど、しかしそうなるとこの報告書の存在意義とは…。ああ、だから面倒くさくてラグは書かないのね。書かなくても大局には影響がないから。
しかし、
「事務方にとっては堪りませんね…。」
そう呟くと、ヨシュアと、石を抱えていない方の隊員が「わかってくれるのか!」という顔をした。わかるわかる。一応勤め人だったからね。
一方で、石を抱えてお仕置き中の方々は、きょとん、としている。…騎士団内でも脳筋系と事務も出来る人では、天と地ほどの価値観の相違があるようだ。
こうして、せっせと公文書を偽造…もとい、代筆を行っていたのだが。ラグが帰ってこない。もう一時間以上になるのに…、置いてかれてしまったのだろうか。
しょんぼりと扉を見ていたのがばれたのか、ヨシュアが慰めてくれる。ちょっと怒りが溶けてきたのかな?
「我に返れば戻って来るでしょう。大方、演習場に行って、訓練が楽しくなったといったところでしょう。」
「…さすが副団長さんですね。お見通しですか。」
まるであなたが奥さんですね。すんごい嫌だろうけど。
「ふん…、どうせ貴女にみっともないところを見られて、恥ずかしくて逃げ出したんでしょう。落ち着いたら戻ってきますよ。」
「恥ずかしい?」
「恥ずかしいでしょう。到着早々に部下に怒られ、貴女に庇われたのですから。」
おおう…、そう言われてしまうと確かに恥ずかしい。ラグにとっては、鎖なんてなんてことのなかっただろうに、私が騒ぎすぎてしまったか。
「私、ついびっくりして…、大げさにしてしまいました…。」
「………、小さな女性の前で、あのようなことをした私が悪いのですよ。」
「いえ、多分ラグが悪いので…。」
「それは当然です。」
ピシッと言い切ったヨシュアは、少し表情を緩め、私を見る。
「…貴女様は、随分と団長と仲がよろしいようですね。騎士団では、皇女様が奥様になられるということで、勿論喜んだ者が多いのですが、団長があの性格ですから、不安視する隊員も多かったのですよ。」
「ええ、ラグはとっても優しいから。…私もこの幸運に感謝しています。」
まあ、『皇女様』では得体は知れないよね。実物はこんなんですよー。
「団長も、貴女が来てからは、早く帰るように努力をしたり、身なりに気をつけるようになりましたので、良い変化であると思っています。」
「もしそうならば、嬉しいですね。私はまだこの年ですので、社交もままならず、何も出来ないのが心苦しいのですが…、副団長さんさえ良ければ、いつでも書類のお手伝いくらいはしますわ。早く帰って来て欲しがっているのは私ですし…。」
「甘やかすのはよくないと思いますよ。…正直それは助かりますが。」
ラグのお母さんがここにいるよ!
「ふふっ、家では私がいつも甘やかしてもらっているから、いいのですよ。」
思わず素で笑いかけると、ヨシュアは砂糖を噛んだ様な顔をした。近くで聞いていた隊員も同じような顔をしている。…はて?
「はい!質問です!ミレイアちゃ…
「ラブノール夫人と呼ばんか、馬鹿者!!」
お仕置き中の隊員の一人が、発言をしようとしたら、ヨシュアの愛の棍棒が振るわれた。
「ミ、ミレイアで大丈夫ですわ。」
騎士団の人たちならそっちの方がいい気がする。ああでも、ヨシュアはなんか怒ってる…。
「やった!ミレイアちゃ…
「せめて様をつけんか、ど阿呆!!」
あああ、石ごと吹っ飛んだよ。なんで、あれを受けて生きているの。
「ミ、ミレイア様…、団長の家での様子を教えてください…。」
「様子?」
なんだ突然。ボロボロになっても聞きたいことなのか?
うわ、更に石が追加されている。ヨシュアは土魔法がお上手ですね。
「あ、俺も知りたい!団長が使っている石鹸ってどこの商会のですか?」
「俺も!私服ってどんなの着てます?寝間着は何ですか!?」
「家でやっているトレーニングとか!」
「あとあと…」
ああ、と私は手を打って納得する。皆さんラグのファンでしたか。
…教えてあげたい気もするけど、お教えちゃって良いのかなあ、ラグが嫌がるかもしれないしなあ。
悩む私を、ヨシュアが止める。
「わざわざ教える必要はありません。お前らも仕事しろ!!」
あら、真面目仕事していた方々まで、耳を澄ませていたのね。
「そんな!副団長だって知りたいでしょう!」
「そうですよ!宴会で、団長の隣は誰にも譲らないくせ…
ドゴンッ
…今までで一番強烈な一撃だね…。副団長、貴方もでしたか。
どうやら騎士団は、ラグのファンの巣窟らしい。…私も入隊を目指すべきか。
それからは、副団長の、何も突っ込ませないぞオーラによって、しずしずと仕事が続けられた。…ラグが戻るまでは。




