ノアール商会へのお迎え
ジークフリート達との話し合いを終え、その足でノアールの商会に向かった。
自分の家よりもよほどでかい、建物の前に着くと、店の人間がすぐに出てくる。
「これは騎士団長様、本日もお越しくださったのですか?」
「ああ、会頭はいるか?話がしたい。用の内容は向こうも知っている。」
そう伝えれば、すぐ奥へ通された。
絨毯が敷き詰められた廊下を歩き、応接室に入ると、この商会の会頭と、昨日会ったばかりのルシアが待っていた。
部屋に入るやいなや、そのルシアが、不安そうに尋ねてくる。
「ラグレシオン様、王宮でのお話し合いはどのようになりましたか?」
「…条件次第で、会うことは許された。」
条件次第といわれても、会頭もルシアも、さして驚くことはしない。
「どのような条件ですかな?」
会頭が、柔らかい口調で尋ねる。中肉中背のどこにでもいそうな平凡な男に見えるが、糸目の隙間から時折見える眼光は、有能な商人の鋭さがある。
「ルシアは、この商会を辞め、俺の家に来てもらいたい。世話になっているであろう商会には悪いが、聞き入れて欲しい。」
これにルシアが即答する。
「私には、願っても無いことです。ミレイア様のお世話が出来るということですわよね?…ノアール会頭様には大変御世話になりましたので、仕事に穴を空けるような事はできませんから、今すぐというわけには参りませんが…。」
ちらりと会頭を伺うルシア。
「いや、すぐ行って差し上げてください。時々引き継ぎに来て頂く事が出来ればですが…。」
「ミレイアが、こちらに関わらないならば、それぐらいは良い。」
これを聞き、会頭が顔を曇らせる。
「…騎士団長様は、我が商会を疑っていらっしゃるのですか…?我々は、帝国との商いをしておりますが、王国に不利益になるようなことはしておりません。」
「それは、調べがついている。『王国の』不利益になることはしていないが、帝国の皇帝に不利益となることは、少なからずやっているようだな?」
「…何か問題はございますかな?」
「いや、宰相などは喜んでいたぞ。今度そちらの口から、来客が来るかもしれない。」
会頭が少し嬉しげに微笑んだ。戦争は商会にとって、のるかそるかの博打にもなり得る。立場を決めたノアール商会にとって、王宮とのパイプが出来るのは嬉しかろう。
「但し俺は、ミレイアにはそれに巻き込みたくはない。」
そう言えば、ルシアも同意するように頷いた。
「私も、そのつもりはございません。センドリア様が、その身をかけて帝国から逃がしたのです。再び巻き込む等、私が許しません。」
ルシアの濃いオレンジの瞳が、炎のように揺らめいた。
「…私も上皇様にはご恩がありますので、そのような考えはございません。…政情に関わらぬ事なら、私もお会いしてもかまわないでしょう?」
おっさんが上目遣いでちらりと見てきた。やめろ、気色悪い。
「なぜ、ミレイアと話がしたいんだ?」
「魔道具の開発に協力をお願いしたいのですよ。」
「は?」
「ミレイア様は、上皇様と共に魔法の研究をするほど、才気溢れる方とルシア様より聞いております。是非ともわが商会にご助言頂きたいと…」
…心当たりは、無くはないが、…
「ミレイアが望めば、考えるが、この情勢が落ち着いてからにしてくれ。」
「ええ、それで十分でございます。」
この根っからの商売人に、ミアに関わらせるのは面倒が起こりそうだが、魔道具の話になると、いつもと違う目の輝きになるあの子には、嬉しい話かも知れないとも思う。
「今から、馬車を手配するから、それに載せられる分だけの荷物なら持って行ける。準備できるか?」
「…今すぐ向かうのですか!」
「ああ、我が家はこの商会よりはるかに狭いから、荷物は厳選してくれるとありがたいが。」
急がないと、夕飯の時間に間に合わないのだ。
目を丸くしてから、本当に出立するのだと覚ったルシアは、慌てて立ち上がる。
「会頭、申し訳ありません、私すぐに荷物をまとめに参ります。
「ああ、大きな荷物は、また取りに来れば良い、必要なものだけ持って行ってください。」
「俺は外で待っているぞ。」
ルシアの背中に声をかけ、馬車を手配しに行く。
……
…
「悪かったな、急がせて。ミレイアもあんたが来れば喜ぶだろうと思って、つい急がした。」
馬車に乗り込んでも、まだ、少し息を弾ませているルシアに声をかける。
「いえ…私も早くお会いしたいのですから。むしろ感謝しております。」
「そうか」
窓の外はほとんど日が暮れてしまっていたが、夕飯の時間には間に合いそうだ。
「…ミレイア様を、大事に思って下さっているのですね。」
ルシアがポツリと呟いた。
「そうだな、ミアも俺を慕ってくれているから、かわいいと思っている。」
俺にだけ、年相応に甘えてくる様子を、愛しく思わないわけが無い。
「……先日、ミレイア様がどのような目に遭っていたかを聞いた時は、はらわたが煮えくり返る思いでしたが…、ラグレシオン騎士団長様のような方のもとに行くことになったのは、ミレイア様にとっては幸運なことなのでしょう…。」
はらわたが煮えくり返る、か。そりゃあそうだろうな。ジークフリートには当分会わせないでおこう。
「だと良いとは思っている。うちに来てまだ間もないから、幸運だったかはまだわからん。」
…ミアは、ふとした時に、迷子の捨て猫みたいな顔をしていることがある。とっくに拾って迎え入れたつもりの俺達としては、それが寂しく感じる。
「下賜の噂を聞いたときには、…あまりの身分の差に驚いてしまいしたが、今は、普通の高位貴族や王族では、かえってお辛いだけでしたのではないかと、むしろ最良であったとすら思っております。…誠に感謝申し上げます。」
深々と頭を下げるルシアに、むしろそう認められたことにホッとする。
王命により定められた、揺らぎようの無い『家族』が持てた事は、自分にとっての思わぬ喜びだった。ミアの身内に、ふさわしくないと思われるのは少し困る。
「感謝されるようなことじゃない。俺にとってもミアは、幸運だったんだ。」




