お祖父様の望み、私の望み
寒いので中に入いろう、とラグに促される。ロイは、馬車で運んできた荷物を、ルシアの部屋に運ぶらしい。
「ルシアの部屋は、さっき大慌てで用意したのよ。タオルや花瓶は私が選んだの。…あ、でも急には引っ越して来れないかな?商会で働いてるんだっけ。」
「いえ、ラグレシオン様に会頭よりお話して頂きまして、既に許可は貰っております。暫くは、時々顔をださなければいけない事もございますが、こちらさえ良ければ、是非今日から置いてくださいませ。……聞けば、ミレイア様を世話する女手が一人もいないと言うではありませんか…。」
ん、後半ちょっと怒っているかな。カイルの女子力が高くて、あんまり困らなかったんだよね。カイルに下着を準備させるのは忍びないから、助かる。
「ありがとう、ルシア、とってもとっても助かるわ。…ラグも本当に有難う。こんなに早く連れてきてくれるなんて思わなかった。」
商会の会頭さんに、無茶を言っていないかという心配はあるが、嬉しい。
「ああ、これ位は何でもない。これで少しは淋しさも和らぐだろう。」
…別に、今は淋しくないよ?
首を傾げると、ラグは困ったように笑って、頭を撫でた。
「ご飯はここで食べるのよ。カイルが今作ってくれているの。」
居間に案内してから、ハッとする。案の定、ルシアに尋ねられる。
「皆でここで食べるのですか…?」
そうだよね、カルチャーショックだよね。しかしここは押し切る!
「そう、この家のルールなの!」
「ル、ルール…、私はどちらに座れば…。」
ああ、ルシアが頑張って飲み込もうとしている。
「ミアの隣でいいんじゃないか?」
ラグが、私の反対側を指差す。…ああ、ルシアが呆然としている…。
「わ、私はせめてこちらに…」
反対側の端っこに逃げてしまった。…ルシア、頑張って飲み込んでくれ。私の幸せな家庭生活のために…!
家の主人と一緒の食卓席に座るという事態に、居心地が悪いらしく、カイルに手伝いを申し出ている。
「ええと、カイル様?お手伝いいたします…!」
「えええ!いえいえ、お座りください!間もなくお持ちしますから!」
「そんな…」
カイルにも混乱が伝染したのか?
「ルシア…こっちに来て…、お話が聞きたいの。」
そう言って私が呼ぶと、ハッとして、もとの向かい側に腰を下ろす。
「…何からお話致しましょうか…」
「…お祖父様の事。何か、最後に仰っていた?」
「ずっと案じておられました。後宮に入られてからのミレイア様の情報が、全く入って来なくなったと…。私に、王国に行ってみないかと言ったのも、センドリア様でした…。」
やっぱり、すごく心配をかけてしまったようだ。
「手紙を遺そうかとも思案されていましたが、私が届けられる保証もなく、国境を超える際に見咎められるかのせいもあったので…」
うん、ルシアが国境を越えるのは、命がけだったと思う。お祖父様の侍女として顔も知られていたし、既にお祖父様の力が及ばない状態なら尚更だ。
「ご伝言だけは、預かって参りました…ご伝言と言いますか、いつもの、注意の様なものです。…『身嗜みに気を使え』、『調子に乗り過ぎるな』、『夢中になって周りが見えなくならないように気を付けろ。』、『皇族としての誇りを忘れるな、常に背筋を伸ばせ。』…こんなことばかりです。」
本当に、何回も言われたことばかりだ。ちっとも直ってないのが悔しいけど。
「…もっとちゃんとしたお言葉は無いのですか、と聞いたのですが、もう全部言った、と仰って…」
そっか…、あの時のお祖父様の言葉が、本当の遺言…ならば、
…私はどうしたら良いのだろう。
「皆様、夕食が出来ました。お持ちして大丈夫ですか?」
カイルの声がかかり、話は一旦中断となった。
ルシアは、カイルのご飯の美味しさに目を丸くしている。そうでしょうそうでしょう。
食事の間に、カイルとロイの紹介も済ませる。食事中のお喋りにも戸惑っているな…。
食べ終わって2階に上がり、部屋の案内をしながら、お風呂に入るのを手伝ってもらう。ラグと同じ部屋で寝ていると言ったら、ちょっと固まっていたが、私の部屋もあると伝えると、少しホッとしたようだった。
また明日の朝の約束をして、おやすみの挨拶をした。ルシアの部屋の案内は、カイルとロイにおまかせする。
……
…
「さあ寝るか。」
ラグが、寝台まで抱っこで運んでくれる。その間にも、瞼がくっつきそうだ。
「今日は色々あったからな…。」
横になったラグにしがみつく。
ラグの胸に顔を押し付け、うとうととまどろむ。夢の向こうから聞こえてくるような、お祖父様の声を振り切ろうと、聞くつもりのなかった事を聞いてしまった。
「ラグ…、帝国を攻めるの?」
「……」
「ごめんなさい」
答えられないことを聞いてごめんなさい。
一層強くしがみつく。ラグのシャツが胸元だけ伸びてしまいそうだ。
「ミア、泣いても良いだぞ。しんどいんだろ?」
無言で首を振る。ろくに守れていない約束ばかりなんだから、泣かない約束くらいは守りたい。
「…お祖父さんの遺言てのが、『帝国を守ってほしい』とかだったのか?」
違う。だったら悩んだりしない。
「私の身を優先しろって…、できる時に気にかけるだけで良いって…、でも、お祖父様もお父様も、ずっと、自分を捨てて、ずっと守ってきたのに。」
そして今も守っている。それなのに、私だけ自分を優先するなんて事が、許されるものなのか。
涙腺がどうにも閉まらなそうになった時、
少し苦しいぐらい、抱き締められた。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫だミア…。大丈夫。」
言い聞かせるようにラグが囁く。
「たとえ出撃の命令があったとしても、現場の指揮は俺だ。一般人は絶対に巻き込まない。建物も焼いたりしない。皇帝だって、生け捕りにしてやる。」
そんな約束をしないでほしい。できる筈ないのに。やろうとしたら、ラグが危ないのに。
でも、「気にしないでいい」とは言えない、そんな自分の身勝手さが嫌でしょうがなかった。




