大きく…なりたくない
馬から降りたラグが、腕を広げて迎え入れてくれたので、遠慮なく突撃した。
ぎゅうっ、としがみ付くと、暖かい焚火の匂いがした。
ラグも、嬉しそうに抱き上げてくれた。
「はは、大歓迎だな」
「おかえりなさい。もっと遅くなるのかと思ってた。」
カイルに、帰って来るのは夜だと聞いていたのに、まだ日暮れ前だ。とても嬉しい。
「仕事を早く片付けられたんだ。ミアは、今日は何をしていた?」
「カイルとロイのお仕事を見ていたよ。二人とも凄くて、全然お手伝いできなかった。」
今日の報告をしながら、一緒に家に入る。
カイルが、夕食の仕度の手を止めて、出迎える。
「おや、本当に旦那様がおかえりでしたか。夕食はまだ出来ておりませんので、先に着替えて部屋で休んでいてください。」
「おう、わかった」
そのまま部屋に向かうラグに、私はもちろんしがみ付いたままである。
部屋に入り、着替えるラグの脱いだ服を集めて籠に入れて、お手伝いをする。
隊服って重たいのね。
顔と手を洗い、ゆったりとした服に着替えたラグが、長椅子に腰を降ろす。
すかさず私は、いそいそと隣によじ登る。
おう、ひざに乗せてくれますか、ありがとうございます。
…焚火の香りに包まれて、突然眠くなってくる。
いかん、本当に幼児返りしている。頭を振って目を覚まして、おしゃべりをする。
「そういえば、前に渡した乾燥用の布を、カイルが使ってくれていたわ。」
「ああ、便利だといって随分と喜んでいたな。そうか、ミアがここにいれば、魔力の補充も楽に出来るな。」
「うん、色々改良も出来ると思う。他にも何か便利なものを作れば喜んでもらえるかな?」
「おう、凄く喜ぶと思うぞ。ただ、沢山作りすぎるなよ?魔力の補充だけで魔力切れになったら大変だ。」
…確かに。調子に乗ってやってしまう所だった。
「うん、その辺はちゃんと考える。」
これならば、私にもお手伝いが出来るかもしれない。
うむう…、頭を撫でるラグの手が心地よくて、再び睡魔が襲って来る。
まぶたの重みと戦っていると、ラグが顔を上げ、鼻をふんふんさせて匂いを嗅いだ。
「ん?今夜は肉のパイ包みか。カイルの奴張り切っているな。」
…なんですと!
カッと目が覚めて、ぺしぺしとラグを叩いておねだりをする。
「ラグ、下に降りていようよ。カイルのお手伝いがしたい。」
肉のパイ包み!早く食べたい!
カイルは、待ちきれずに降りてきたラグと私に苦笑しながらも、食卓の準備を手伝わせてくれた。
5、6人がゆったり座れそうなテーブルに、浅黄色のテーブルクロスをかけ、4人分の食器を並べていく。長方形のテーブルの、左手の長辺にラグと私が横に並び、その向側がカイルとロイだ。
昨日私が来るまでは、正面の奥にラグが一人で座って、カイルとロイは今と同じ場所だったらしい。…本来は「旦那さま」が奥に一人で座るのが正解なのだろうが、私のために隣に座ってくれている。
まあ、そもそも「本来」なら使用人のカイルとロイは一緒に食べないだろうし、「本来」なら屋敷がこんなにアットホームな造りの筈がないから、多分良いのだ。
ラグと、お皿の絵柄を選びながら、楽しく準備をしていると、ロイが外から戻ってきた。
「あれ?旦那様がもう帰って来てる。」
「おう、遅いじゃないかロイ。もう仕度が出来るぞ。」
「ロイ、お帰りなさい。」
「ただいま戻りました。裏庭の小屋を、少し手入れしようとしていまして。…お、今夜はパイ包みじゃん!やったね。」
ロイは、ラグが早く帰っていることに軽く驚いたが、夕食のメニューを確認して喜ぶ。野菜スープや、添え物のキノコの炒め物を取り分けていると、カイルがメインディッシュを運んできた。
「はい、皆様お待たせしました。今日はうまく焼けたと思いますよ。」
「おお!何時もより大きくなっているな!これは美味そうだ!」
うおぉ…大きい!大人の顔よりデカイ!巨大肉ケーキや!
目を丸くして驚いていると、「気持ちはわかるよ」というふうに、ロイが私を見て笑った。
「あり得ない大きさですよね?俺も初めて見た時は驚きましたよ。肉のパイ包みと言うより、肉塊のパイ乗せって感じだもん。」
「…昔は普通の、手のひらサイズだったのですよ。旦那様がもっと大きいのが食べたいと言い続けて…、ロイが来てからは更に大きくなりましたが。
今日はミア様が増えた分、また大きくしました。」
「カイルのパイ包みは、味が最高だぞ。ほれ、早く喰ってみろ。」
ロイが切り分けてくれたパイ…いや、パイ生地がくっついたハンバーグを食べる。
これは…!荒いひき肉が何てジューシーなんだ。野菜のみじん切りもたっぷり入った風味がとても豊かだ。香辛料が効いている!馴染みのナツメグや胡椒の香りとは違うが、これはこれでとても美味しい。中東あたりの煮込み料理に似た香りがあったな…、とにかく美味しかった。
「どうして中まで火が通るの?」
それだけは不思議だったので、聞いてみると、片目をつぶって微笑まれた。
「ヒミツです。」
…残念。
私は、一切れでお腹いっぱいになってしまったが、皆はすごく食べるので、つられていっぱい食べた。ラグは、全部飲み込んでいるんじゃないかと思うほどのスピードで食べていた。
ちょっと食べすぎた…苦しい…
椅子の背に、みっともなく寄りかかっていると、カイルが満足そうに笑った。
「ミア様の口にもあったようですね、良かった。沢山食べて大きくなってください。」
「そうだな。ミアは9歳にしては、かなりちみっこいからな。…栄養不足のせいだろうが…。」
「確かに9歳には見えませんね…、しかし栄養不足のせいならば、これからぐんぐん大きくなるでしょう。」
え、大きく…小さいと言われるのは嫌だけど、大きくなってしまうのも、あまり嬉しくない。
前世で、小学6年生の時、私の身長はやはり成長期ですくすく伸びていたのだが、ある日いつものようにお父さんに飛び付き、抱き上げて貰おうとしたその時、お父さんはぎっくり腰になった…。
怪我をさせてしまってショックを受ける私と、抱き上げられなくなったという事実に打ちのめされる父とで、二人して病室で意気消沈していたことを思い出す。
友人には、まだそんなガキみたいなことやっているのかと、冷たい目をされたののも悲しかった。
「…大きくならなくていい。」
「ん?なんだ、どうしたんだ?」
「何か気に触ることでもありました?」
突然落ち込む私に驚き、3人が戸惑う。
しまった。声に出てたか。
「あ、ええ…違う、特に深い意味は…」
ラグに抱っこしてもらえなくなるのが嫌だなんて、そんな事恥ずかしくて言えるわけが…
「ああ、ミア様さては、旦那様にもっと甘えていたいんですね。」
なぬ!え、エスパーがいる!カイルはエスパーだったのか!?
…そう言えば、寝台を用意する、しないの話のときも、内心を見抜かれていたな…油断ならんやつだ。
そして、図星をさされた顔になった私を見て、ロイは、「マジでそうなの?」という感じで爆笑している。
子供心がわからんやつだな、彼は。
ラグは不思議そうに、頭をひねる。
「ミアを俺が抱きあげられなくなる程大きくなることは、流石にないと思うが?」
「…可能かどうか、の話じゃなくて、」
巨大ワニを素手で倒せるラグが、私を抱えあげることが出来なくなることは無さそうだが、一番の問題は…、周囲の目である。
小さいうちは、力いっぱい甘えても、微笑ましく見られるが、大きくなっても、同じようにスキンシップを取り続けると、段々と冷たい目で見られるようになってしまうのだ。
私個人の意見としては、俗にいう反抗期とは、周りの目線がそうさせる気がしてならない。
「私達は、ミア様が旦那様にどんな甘え方をしようが、口出しなどはしませんよ?」
「そうそう、すんごい温かい目で見続けるだけだよ!」
それはそれでツライ…
「他人の目なんか気にするな、大きくなるのは良いことだぞ?」
ええい、うるさい。
「違います!もう寝る!」
椅子から飛び降りて、二階に逃亡した。…まんま昔の父娘喧嘩の時の気分だよ。
布団に潜り込んで寝たフリをするのも鉄板である。
ラグがしばらくして、部屋に上がってきたときも、寝たフリを決め込んだ。
…ラグが寝たらくっつきに行こう。
お風呂にラグが行っている間に、本当に寝てしまいそうになっていたら、
ラグが出てきて、あっさり私を抱いて横になる。
…私は、なんで不貞腐れていたんだっけ?
ま、いっか。
ラグの胸元に、頭をグリグリさせて甘える。
ラグは、息だけで笑って、抱きしめてくれた。
「お前はもう、この家の人間になったんだ。この先どこかに行く事はない。…だから家の中では好きなだけ甘えたらいい。」
「…ロイくらい、のっぽになっても、可愛いと思う?」
あんなに大きくなっても、甘えて良いのか、
「初めて会った時に12歳のガキだったロイは、どんなデカくなっても、俺にとっちゃあまだガキのままだぞ?あの頃のように頭を撫でたくなる事はよくある。向こうが嫌がるからしないだけだ。」
…そっか、今のロイでも可愛いなら、大丈夫かもしれない。
だいぶ気が楽になった私は、安心して眠りに就いた。




