ラグの家
「着いたな」
王都の外門を過ぎ、その先の森を抜けてすぐ、民家が見えだした。畑で働いている人の姿も見える。ここがラグの村か。長閑で活気もある良いところのようだ。
車窓から村の様子を眺めていると、村人も不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「不思議そうな目で見られてる。」
「普段は馬を使うし、他の貴族を招く事はほとんど無いからな。珍しいんだろう」
「そうなんだ、私も馬で散歩してみたいな。」
「普通の馬では大きすぎるから、ポニーを用意しないとな。…おっ、あそこに見えるのが俺の家だ。」
ラグが指差す方向を慌てて見ると、村の他の家よりは大きいが、邸宅とは程遠い、ごく普通の2階建ての家が見えた。
「あれですか?あの青い屋根の、花がいっぱいの可愛い家?」
まさにヨーロッパの田舎で素敵なお婆ちゃんが住んでいるタイプの家だ。
「…似合わないって顔だな。解っているよ。花は俺の趣味じゃない。」
「あ、いえ、似合わないとではなく…ぐえっ」
言い訳しようとしていると、馬車が止まり、ラグが私を抱えて降りた。ちょいちょい抱える時が乱暴なのだ。腕の中は安定感バッチリで申し分ないから、大人しくしているけど。
そのまま可愛い庭を抜けて、扉も開けて中に入る。鍵かかってないの?セキュリティ大丈夫かしら。
「カイル!ロイ!戻ったぞ!」
ラグが声を上げると、2階からとたとた音がして、年配の男性と、青年男性が降りてきた。
「出迎えられず、申し訳ありません。大至急奥様の部屋の準備をしていまして。」
年配の男性が、額の汗を拭いながら言った。
奥様…、いやそうなんだけど、複雑な気分だね。
「急な話だったからな。すまん。ミア、こっちは家の管理を任せているカイルとロイだ。カイルは昔っから世話になっている人で、屋敷を持つように言われたときに頼んで来てもらったんだ。
こっちの奴はロイだ。元はうちの騎士団で俺の側にいたんだが、魔物に腕をやられて退団してからは、家で雇っている。」
ふむふむ、カイルは50歳くらいかな?優しそうな素敵なおじ様ですね。ロイは10代後半か?クリッとした瞳に明るい雰囲気で若く見えるが、もう少し上かもしれない。片腕がないのは、魔物にやられたということだろう。
「コッチが、今日からここに住むミレイアだ。名目上は俺の妻だが、見ての通りまだ幼い。とりあえず自由に過ごさせてやってくれ。」
そうお互いを紹介して、私を床に下ろす。
「はじめまして。ミレイアと申します。先ごろラグレシオン様と共に陛下よりラズノールの姓を賜りました。以後末永くよろしくお願いいたしますわ。」
挨拶を述べて、優雅に礼をする。
…顔上げると、ポカンとした顔が3つ並んでいた。挨拶ぐらいはちゃんとするよ。なんだよもうラグまで。
「すまんすまん、そういえばお前皇女だったな。ちょっと忘れていたわ。」
「皇女…?」
ロイが驚いたように声に出し、カイルも固まっている。
「皇女と言っても、本当に名ばかりです。森で自活していたところをラグに拾われて、ここに来ることになりました。ミアと呼んでください。」
事実、ここ2年は二人の方が遥かに文明的な暮らしをしていたに違いない。
「森…?」「自活…?」
「ああ、ミアはそういう訳で、栄養状態がすこぶる良くない。栄養のあるものを食わせてやってくれ。睡眠もメチャクチャだっただろうから早寝早起きをしっかりさせるように。」
「…なるほど、保護された子供と思えばよろしいですね。」
気を取り直したカイルが、納得したように手をポンと叩く。おい、カイル、私は虐待児童じゃないぞ。…いやそうかも。
「わかりました、ミア様、さあこちらに座ってください。今から蜂蜜たっぷりのパンケーキを焼きますからね。」
くそう、ロイまで子供をあやす時みたいな顔で促してくる。座るけどね!
あっという間にパンケーキと紅茶が用意される…。机が高すぎて、テーブルマナーも何もあったもんじゃなく、とにかく必死でたべる。
うまうま、うまうま、
最後の一欠片で、蜂蜜を余さずさらい、口に放り込む。咀嚼を丁寧に終えて、はふ〜。となっていると、カイルとロイが微笑ましくこちらを見ていた。
ううっ、夢中になりすぎた。
「あ、あれ?ラグは何処ですか?」
こんな恥ずかしい状態で放置?置いてかれた!?慌ててあたりを見回すと、ロイが答える。
「2階で着替えていますよ。ミア様も食べ終わりましたし、湯を浴びてから着替えをしましょうね。」
お湯!浸かれるかな?
こくこくと頷くと、カイルが上に案内してくれる。
2階に上がると、大きなベッドのある部屋でラグがくつろいでいた。
「おっ、食べ終わったか。浴室使えるぞ。」
部屋にある扉を指さされる。
「お手伝いしましょうか?」
カイルがにっこり微笑むが、全力で首を振って断る。
「大丈夫です!使い方だけ教えて下さい!」
…そう言ったが、深すぎるバスタブで溺れかけて、結局ラグとカイルに助け上げられた。
くっ屈辱だ…。すっぽんぽんを見られてしまった。ラグ用のバスタブだからデカイんだよ!
全身を石鹸でゴシゴシ洗えたのは気持ちよかった…。髪用のシャンプーみたいなものもあった。新品みたいだから、もしかしたら用意してくれたのかもしれない。
体を拭いて、外に出ると、ゆったりしたワンピースが置いてあった。ちょっと大きいが有難く着させてもらう。簡素だが下着もある。カイルかロイが用意したのかな…ちょっと恥ずかしいが、諦めて考えるのをやめる。風呂上りに清潔な下着!ああ素晴らしき文明!
ルンルン気分でラグのところに戻ると、タオルを持ったカイルが待ち構えていて、濡れた髪をワシャワシャされる。
「服は何とか大丈夫そうですね、ミア様のサイズがわからないので、どうとでもできるものを用意しましたが、良かったです。」
カイルがいうと、片付けを終えて上がってきたロイも同意する。
「旦那さまに聞いても、手でこの位っていうだけで、サッパリわかんなかったですからね。何で奥様がそんな小さいのかも教えてくれなかったし。」
その指示だけで、ここまで用意してくれたのか…。
「私も、今朝初めて知ったのです。気づいたら今ここに居る感じなのです…。」
お喋りしながら頭を乾かして貰っていると、次第に眠気が襲ってくる。
「ミア様の髪は綺麗な色ですね。雪みたいだ。」
「ん…ルシアもそう言ってくれたわ…」
うっつらしながら答える。何で、初めての場所でこんなに安心感があるんだろう…。
「ミア、今日はもう寝ろ」
ラグが抱えてベッドに運んでくれる。そっか、ラグの家だからか…。
私は降ろされるのが嫌で、ラグにしがみついて首を振る。
降ろそうとするラグと、しがみつく私がしばらく攻防するが、ラグも本気で引き剥がそうとはしていないから、甘えることにする。
「旦那さまも一緒に休んでしまえばよいのでは?夕飯の時には起こしますよ。」
ロイの意見を聞き、ラグは仕方なさそうに一緒に横になる。しめしめ。
あったかいな…




