石鹸をください
何でも無いような顔をして、すぐに立ち上がろうとするが、足が産まれたての子鹿のようだ。
そんな私を可笑しそうに見ていたラグは、おもむろに、私をひょいと抱き上げた。
「うひょ?」
変な声が出ちゃった。
「その状態じゃあ、帰れないだろう。取り敢えず安全な場所に移ろう。」
「うう…ごめんなさい。あっちに向かってください…。」
申し訳なさそうにしてみたが、内心では、「うっひょうっ、抱っこしてもらちゃったよ!」なんて、ついつい喜んでしまった。だって、前世の子供の頃以来なんだもん。…今世のお父様は線が細かったからなあ、ほんのたまに、ぎゅうってしてくれるだけで、死ぬほど嬉しかったけど。
ラグの腕は太くてまるでベンチに座っているかのような安定感だね!胸板も、現場で鍛えられていた、お父さんより凄いよ!
「なんだ、随分嬉しそうだな」
しまった、顔に出てたか。
「あう、いえ、お父…」
ああ、この言い訳はまずい。慌てて話題をそらす。
「そう言えば!ラグのこと明るい中で初めて見たけど、こんな色の髪だったのね!とっても懐かしい感じがするわ。」
実際、なんとなく焚き火の明かりで予想はついていたが、はっきり見たのは初めてだ。黒に近い茶髪に、焦げ茶色の瞳。これまで、この世界で出会った人たちは、薄い色素ばっかりやチカチカするような鮮やかな髪色ばっかりだったから、ものすごく懐かしい。
「懐かしい?」
あれ、これもやばかったかな?で、でも平民には多い色らしいから、ごまかせるよね?
視線を彷徨わせていると、ラグは苦笑して、何も聞かずに微笑んでくれた。
「そうだな、お前の目は夕焼けとおんなじ色だな。」
………
…
「あ、ここで大丈夫。」
拠点の近くの空き地までラグを案内し、地面に降ろしてもらう。
「ここはこの前もいたところだな?」
「うん。近くに拠点にしている所があるんだけど、ラグが大きくて入れないから。」
荊棘の藪は、私がギリギリくぐり抜けるだけの大きさで、トンネルを作ってあるので、ラグは絶対に無理だ。…巨大ワニを素手で殴っても平気なこの人なら棘も平気かもしれないけど、マイホーム自体が私サイズだからな…。
「そうか。ここで火を起こして良いんだな?」
そう聞かれたので、頷くと、ラグは手近な倒木をズルズルともっと来たかと思うと、炎を刃のようにして、焼き切った。
うわ、私では抱えきれないぐらいの太さの丸太がシュワッて切れちゃったよ。しかも切った丸太を並べたあと、「ちょっと離れていろ」と言われたので、距離を取る。
ゴウッ
とラグの手から火炎放射器の様に炎が発射された。数秒間放射して手を止める。
「もういいぞ」
と言って私を呼んだ。さっきまで湿って苔むしていたはずの倒木が、すっかりいい感じの炭になっている。
「うわあ…」
なんと豪快で、お手軽なのだろう。火起こしがすっかり上手くなったと自負していたのに、切ない…。
「蒸しパン持ってきたぞ。食うか?」
「頂きます!」
ラグは天才!神!もうそれでいいじゃない!
「うああ、フカフカ!」モグモグ。
「ジャムが入ってる!」
「ああ、ラタの実だな。初夏の味だ。」
杏のような甘酸っぱい味だ。
「美味しい!」
「いっぱい買ってきたから、気に入ったなら良かった。」
10個ぐらいどっさり渡された。
「店でいっぱい買ったら店主がおまけしてくれたんだ。悪くなる前に食い溜めしておけ。」
そんな無茶な…。よし冷凍して数日間持たせよう。魔力なんか惜しくない。
「ありがとう…!前にくれたのも大事に食べてるよ!」
荷物入れからパンを取り出して見せた。あと一つ丸々残っている。
「はあ?、そんなにちびちび食べてんのか?…だから痩せっぽっちのままなか…」
「そんなことないよ!最近凄く元気になって、いっぱい動けるようになったんだから。」
悲しそうに言われたので、頑張って反論する。
「それに、ラグも何かあったら来れなくなるだろうし…頼り過ぎちゃ駄目だと…」
小さな声で続けると、これにはラグも反論できなくなったようで、黙って頭をなでてくる。
「…小麦粉があるだろうから、パンは食べちまえ。夏はすぐカビるぞ。」
カビるのは嫌だ。わかった、と頷いておく。
「小麦粉は、こねて団子にしてスープに入れたり、面倒だったらそのまま放り込むだけでも栄養は取れるからな」
追加で小麦粉の袋をくれた。すいとんか…、いいかも。
「あとこの大麦も、腹持ちがいいぞ」
おお、リゾットができそう!
「それと、塩もな」
「ありがとう!干し肉を作ったから、無くなりそうだったの!」
「へえ、干し肉作ったのか、凄えな」
「うん、調味料があんまりないから、そんなに美味しくはないけど…」
食べてみる?と、ラグに差し出すと、あっさりと口に入れ、感想をくれる。
「おお、ちゃんと干し肉になっているな、あと燻してあるのか?十分うまいぞ。」
褒められたので嬉しくなって、持ってく?と聞くと、貴重な食料なんだから持っておきなさい、と言われた。
あ、そうだ
「ラグ、石は使えた?」
思い出して、聞いてみる。役に立っていなかったら対価になっていないことになる。
「おお!あれな!かなり良かったぞ。今回の遠征は結構きつかったが、水が冷たくて美味しいと言うだけで、かなり気分的に助かった。」
「ほんと?よかった…」
本当なら嬉しいな。
「ああ、本当だ。全部使い切ったから、魔力を補充…今は無理か?」
「ううん!、蒸しパンもお腹いっぱい食べたから、回復したよ」
補充するくらいなら、多分…問題ない。
石を受け取って、魔力を込めていく。
「悪いな、疲れているとこ。石によっては、3日間くらい冷たかったのもあったぞ。」
「そっか…、ちなみにどの石かわかる?」
「そうだな、ああ、この白くてきれいなやつだ。」
ふむ、やはりか。
「そっか、じゃあ石も追加するね。」
補充が終わった石と、他にもう5つ冷却魔法石を渡す。白い石ばかりを選んだものだ。
「良いのか?…助かるが。」
「うん、あとこれも試してみて。」
布切れを数枚渡す。ボロくて着れなくなったドレスから、マシな部分を切り取ってハンカチにして、魔法紋を刻んだものだ。
「乾燥魔法がかけてあるの。この印の所に触れてから、乾燥させたい所…濡れた靴の中とかに入れると、この布に水が貯まるから、そしたら今度はこっちの印に触れると、普通の布に戻るから、絞ったり乾かしたりできるの。」
使い方を説明して渡す。ラグにも使いやすように、色付けした印を作って工夫したのだ。
「へえ、それは便利だな…。雨に降られることもこれから多いし…。」
「そうなの!私もこの前雨に降られて、ラグに渡すことを思いついたの。」
「そうか…身体壊さないように気をつけろよ?…しかし、また高そうな魔道具をもらっちまったな…。」
ラグが済まなそうに言うが、
「うーん、これも何回使えるかわからないものだし…、便利だとラグが感じたら、また食料持ってここに来てくれるでしょ?」
その為の対価だよ?とラグを見上げると、また頭をよしよしされた。
「今度持ってくるもので、何か希望はあるか?」
今度!ある!さっき凄い欲しくなったやつ。
「…えっと、石鹸…が欲しいな。」
ちょっともじもじしてしまう。さっき抱っこされたとき、自分の臭いが気になってしまったのだ。ラグは巨大ワニとの格闘のあとのはずなのに、ふんわりと焚き火のような匂いがしていただけだったから…
「そうか…、獣の血や油は、お湯で洗っても気になるもんな。」
そう、そうなんだよ!どんなに洗っても、何処かサッパリしない。私にはその臭いが蓄積されているのだ!…意識しだすと、これは結構しんどい。
「じゃあまず石鹸だな。」
いやっほう!ラグはやっぱり神様だよ!
「他は?」
「…他は、今回みたいなので十分だよ。」
ニコニコして答えると、優しく笑って、また来る事を約束してくれた。
「ああ、わかった。石鹸と、あとは適当に見繕って来るな。」




