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彼女はファザコンをこじらせている  作者: 花摘
共和国編
249/250

レオニダスの見たもの①

 

「……何が起きたか説明しろ」


 ルシアさんの捨て身の説教に勢いを削がれた団長は、暴れるのを止めその場にドカリと腰を押しを降ろして俺に目を向けた。

 その目の奥に潜む仄暗い光を見れば、いつまた暴走するか分からない事が分かる。


「とりあえず治療を。その間にミレイアが何をしたか、何を託していったかを説明します」


 俺の言葉で、騎士団の医療班が恐る恐る近付いて来て治療を始める。俺は団長を激昂させない説明の仕方を考えながら、ここ数週間の怒濤の日々を思い返した。



 ―――――――――― 



 魔物襲撃の知らせを受け、ミレイアと団長が出発したのを見送り、シンガルを家族の住む町に送り届けた俺は、しばらく泊まっていくよう勧められたのを断りまっすぐ王都に向かった。移動中にも、クラウディア達からもたらされる不穏な情報に焦っていたのだ。シンガルは自分でも出来ることを考えた上で母親を手伝い、例の剣の制作に励むという。


 といって、どれ程焦っていても俺一人では休み休み行かないと、魔力切れで墜落してしまう。魔力の節約のために気温調節機能を切って急いだのが、恐ろしく寒かった。背中にへばりついたミャーがとても暖かくて助かった。


 そうして何とか王都近くまで辿り着いたのだが…飛行魔道機でそのまま教会に乗り入れる訳にはいかないので、状況確認も兼ねてミレイアの屋敷近くに着陸した。

 防犯結界に引っかからないギリギリに降りて、正面から庭に入ろうとしたら、カイルが早足でこちらへ向かってきた。


「レオニダス様お待ちしていました。予想よりお早いお戻りでしたね」


 いつも穏やかな彼が、切羽詰まった様子で招き入れてくれた。


「何かあったのですか?ミレイアは…」

「ご説明は後ほど。クラウディア様がお待ちです」

「クラウディアが?」


 なぜミレイアの家でクラウディアが待っているのか。少し戸惑ったが、急かすカイルの勢いに押され黙って従うことにした。


「あら、ボロボロですわね」


 騎士団長宅の居間に入ると、大量の書類から顔をあげたクラウディアが顔をしかめて言った。


「ここで何やっているんだ、お前」

「ミレイア様に頼まれましたの」


 ふうっと伸びをして答える彼女には疲れが見えたが、相変わらず本人のいない所では頑固に「様」呼びしている、このミレイアの信奉者は何故か誇らしげにそう答えた。


「彼女はどこに?」

「今頃は王宮で陛下を脅迫…コホン、いえ、会談中ですわね」

「はぁ?どういう事だ、何が起きているんだ。魔物は大方片付いたと聞いたが…陛下を脅迫?貴族連中と教会に付け込まれるようなことして大丈夫なのか?団長も一緒にいるのか?」

「落ち着いて下さい。順に説明しますから取り敢えず座って」


 矢継ぎ早にした質問は片手で制止され、椅子を勧められた。


「まず魔物についてですが、シュールベルト領にかなりの損害が出ましたが、何とか制圧されました。ただ、ラグレシオン騎士団長がお倒れになりました」

「何!」


 まさかあの男が!? 

 信じられなくて思わず椅子から腰を浮かす。


「倒れるほどの負傷か!?治療は…」

「ミレイア様が既に対処しています。負傷というより魔物に何らかの影響を受けたための魔力過多だとか…。今はこの二階で眠っているそうですわ。ミレイア様が誰も入れないよう封印を施しているので私は確認しておりませんが」


 顔色を変えた俺に対し、クラウディアが静かに説明をする。怪我をしたわけではないため治療は必要がないと言われ、ひとまず腰を落ち着かせる。

 しかし、「魔力過多」という言葉に、ミレイアが懸念していたことが起きてしまったのだと悟った。


「魔力過多……では倒れているというより、眠らせている状態か」

「さあ、私は詳しくは聞いておりません。団長不在の情報は唯でさえ極秘事項ですし。…ただ、ミレイア様がこのように行動に移された理由であるのは明らかですわよね」


 俺の呟きに肩をすくめて答える。あなたの方が事情は良くご存知なのでは?と、顔を覗き込まれ、目線が泳ぐ。魔物の増加と団長の魔力過多が教会と王族が正常に機能していないせいなどと迂闊に話せる内容ではない。少なくともミレイアの考えを確かめるまでは。


 ……一刻も早く聖地を稼働させなければならない状況になってしまったわけか。


「ハルマン様は今どこにいるか情報は入っているか? ミレイアは何と言っていた?」

「えぇ、王都の郊外に隠れていらっしゃると予測は付いているけど…貴方は行っては駄目ですよ。ミレイア様の『大掃除』を手伝って貰うそうですから」

「は?」

「先ずは王宮のゴミからですね」

「ゴミ?」


 空耳かと思って聞き返したら、クラウディアは大真面目な顔で頷いた。


「えぇ、粗大ゴミです。ミレイア様が自由に動くには王宮と教会の改革が必須であり、改革の邪魔となる私欲まみれの貴族達の事ですわ。既にリスト作りは終わっています。折よく春の祝宴の為に王都に集まっているので、王宮にまとめて呼び出して片付けるそうです」

「片付け…」

「お片付けの方法に関しては、私には教えてはくださいませんでしたが…作動させるのに貴方の手伝いが必要だとか。ですので、こちらで一休みして魔力を回復させてから王宮に向かってください」


「大掃除」の詳細を記した資料だと言って紙束を渡される。彼女はここで伝書鳥を使って暗躍しているらしく、クラウディアの実家では警備上不安があるため、安全なここから色々仕込んでいるらしい。


 カイルが「客室は以前と同じ部屋を使えるようにしてあります。自由にお使いください」と言って軽食を渡してくれた。彼自身もそれぞれ言いつかっている事があるらしく、もてなしができない事を申し訳無さそうしながらもどこかて行ってしまった。この家の防犯は大丈夫なのかとも思ったが、ミレイアが考えた最恐設備を思い出し勝手に納得した。



 離れの客室を借りて数時間眠った後、俺は指示どおり王宮へ向かった。

 警護の騎士には話が通っているらしく、スムーズに王の住む奥の宮まで案内された。初めて訪れる重厚な扉に少しばかり緊張しつつ入室したのだったのだが…


「どうしてこうなった…?」

「手を休めないで。あと陛下が寝そうだから引っ叩いてちょうだい」


 遠い目をしている俺に、顔も上げずに冷たく声を掛けるミレイア。それに対し悲鳴のような抗議を上げたのは、この国の王だ。


「頼む、少し寝かせてくれ!」

「言われた通りに文字を書いて判を押すだけなのだから寝て休む必要はありませんよね?今日中に招待状と任命書をすべて書き終えてください。あぁ、宰相様御手洗いですか?オムツがそこにあるでしょう、部屋の外には出しませんわよ?」

「どうぞ宰相様、オムツです…」

「ぐぬぅ…」


 屈辱に顔歪める宰相に、俺は布を重ねたオムツもどきをそっと差し出した。

 そう、今現在俺達は、国王と宰相という国のツートップを絶賛拉致監禁中なのである。

 そこに扉が叩かれ、見知った顔が入って来た。


「失礼いたします、ミア様。宴をする広間の『準備』が終わりましたよ」

「ありがとう、ロイ。王宮内の様子は?」

「静かなものです。気付いている様子はほぼないですね。大臣達も抑えてありますからまとめて『執務が忙しく面会ができない』と言う言い訳が通っています」


 数人の騎士団を従えて報告するロイ。騎士団は掌握され、既に大臣や官僚達も管理下にあるらしい。


「もはやクーデターだよな…」


 俺は指示された図面を引きながら小さく呟いた。これを耳ざとく聞き付けたミレイアは優雅に首を傾げる。


「あら、恐ろしい事を言わないで。これは取引よ。…ですよね、陛下?」

「あ、あぁ、だが…」

「私が陛下の頼みを聞けば『何でも』願いを聞くと言ったのは陛下ですわよね…?」

「わ、分かっている」


 契約書らしき紙をヒラヒラさせて微笑む彼女に対し、陛下は顔をそらす。きっとあの契約書にもえげつない細工がしてあるのだろう。

 普段は威厳に溢れている宰相はその様子をちらりと見てから、悲しげにオムツを手に溜息をついた。彼はミレイアが騎士団と共に王宮に乗り込み、陛下を押さえた後も何かと画策したり外と連絡取ろうとしたりするのでガッツリ監視しておかねばならない。

 まあ、かわいい孫娘がミレイアの情報参謀であると分かってからはすっかり落ち込んで従っているようだが。



 作業の間に、ミレイアにはここまで詳しい経緯を聞いた。


 信じられないことだが、団長が魔物の魔力の影響で彼女に攻撃をしてしまったという。このため団長は自死をはかり、それを阻止するために今は眠らせているそうだ。


 彼女耳に残る傷跡を確認させて貰ったが、治癒魔法で応急処置済みであるにもかかわらず、かなりひどいものだった。


「まさかあの男がミレイアを……。…眠らせるというと、以前も使ったあの魔法石製の魔道具か?」

「えぇ、魔力を補充して眠らせ続けているけど、ラグのことだから耐性がついて1月もすれば起きてしまうかもしれない。…ありったけの魔法石を使って魔力を吸収しても全然戻らないの」


 説明する間もほとんど顔を上げず、書類を裁く手を休めない彼女の表情には焦燥がにじんでいる。


「…目覚めたり再び魔力が暴走したりする前に聖地を稼働させ、魔力を吸収し安定化させないといけないわけか」

「そうよ。ラグが騎士団長として動けなくても問題無いように面倒な貴族を一掃して、聖地の傍でラグを治療できるように教会をこちらの制御下に置く必要があるわ。…魔力が減りさえすれば、対処方法はあると思うから」


 そう言ってミレイアは、王宮の高級ソファの上でのんびり寛ぐミャーにチラリと視線をやった。


「なので陛下と宰相様は、もっと急いでくださいませ。貴族の大量処分と教会上層部の改革…実行するよりその後に治世を何事もなかったかのように安定させる方がずっとに大変です。その時私はいないのですから今のうちに布石をきっちりやっておかないと困るのはお二人ですよ?」

「分かっている…。しかし本当にやるのか?これほどの人数…」

「そうだ。せめてもう少し穏当な」

「くどいですわ。それが条件と言いましたでしょう。この国の誤った構造を短期間で正すにはこれしかありません。膿を放置したままでは後に残す私の大事な人達が理不尽な実に合いかねませんし。私自身、その場しのぎの都合の利用はされたくありません」

「う…」

「貴方方の先祖のツケです。私が立て替えて差し上げるのですから死ぬ来て頑張ってくださいませ」

「すまない…」


 うなだれる国王に冷たく言い放つ彼女だが、その言葉は俺にも刺さるものだ。


「…ミレイア、やっぱりお前が聖地に入るのはおかしいと思う。王族は魔力的に不適合だとしても。ハルマン様が入るのが順当だし、それが政治的に難しいというなら、教会に所属している俺が役目に就くべきだ」


 どうしてもミレイアにばかり不条理が押しつけられている気がして納得がいかない、と俺は言ったが、ミレイアは首を振る。


「帝国の大司教様に手紙が来たの。それによると、ここまでの状態になってしまっては、司教の魔力では効果が薄い可能性が高いそうよ。魔力を積極的に減らしたい場合は皇族の直系であることが望ましいらしいわ」

「直系…そんな」


 皇族の直系など今現在、ミレイアしか存在しない。そんな彼女か今この国にるのは偶然なのか運命か。

 聖地に関する詳しいことは、手紙で伝えることが難しいため、司教が一人派遣して貰うことになっているという。本来ならばあり得ない事であるが、ミレイアの人脈による者なのだろう。


「何より、ここであなたに任せたら、私も無責任貴族共の仲間入りじゃない。」


 未成年とはいえ、公爵夫人と言う立場で、まだ見習いの神官に役目を押しつけることなど出来るわけないと苦笑され、俺は唇を噛んでうつむくしかなかった。


「ハルマン大司教様には教会の大改革をして貰わないとならないし、レオニダスにはその手伝いと研究を引き受けて貰うんだから、楽では全くないわよ?」

「…わかってる。聖地の鍵は絶対に見つけるし、お前が眠る聖地には誰にも手出しさせないように教会も変えてみせる」


 強い意志を秘めた柔らかい微笑みの、そのあまりの美しさを前にして、俺はそう頷くしかなかった。彼女に比べて出来ないことが多い自分だが、代われることは精一杯務めるしかない。

 今は視界の端で身を縮めている国王も、時間がたてば楽な方へ逃げ出すに違いないからしっかり監視しようと心に誓った。


「あと…出来れば、その、ラグのことも」

「それは無理」


 ついでにおずおずとお願いしようとするのをぴしゃり却下した。

 寝ている間にミレイアが手の届かない場所に行ってしまったと気付いたら、あの理不尽と暴力の塊のような男がどうなるかなんて考えたくもない。

 是非その辺りは偉い人達に責任を取って盾になって貰いたい。


「うぅ、やっぱりラグ怒るよね…。今度魔道具使って眠らせたら『嫌いになる』って言っていたし……!ラグに嫌われたら死んじゃうぅ…あ、二度と起きたくないかも…」


 何やら呻いて涙目になっているが、心配するところはそこじゃ無いと思う。


「お前を取り戻すためにあの人が暴走することを心配しろ。下手したら王都が壊滅するぞ!?」

「…やっぱり怒るよね。今度こそ許してもらえなかったらどうしよう…ラグの協力が無ければ計画破綻なのにぃ」

「だから心配するところが違うだろ」


 彼女は本当に団長のことになると子供っぽいと言うか年相応になる、つい先程までの氷の微笑を浮かべていた女王様はどこに行ってしまったかと思う残念さだ。



「…ところでその生き物はなんだ?」


 俺がため息をついていると、若干やさぐれて来た様子の陛下がミャーを顎で刺して訪ねた


「俺のペットです」

「ペット?そんな生き物見たことないぞ!?」

「そうですか?ただのネコですよ」

「耳が随分長いぞ?まるでウサギみたいだ」

「じゃあウサギなんじゃないですか」


 説明が面倒で適当に答える。正体不明の魔物ではあるが、突然変異してしまったミャーは大事な研究素材でありここ数日で俺にとってはすっかり旅の仲間認識だ。どこかに閉じ込めておく事などできない。それに大人しく可愛さを振りまいている様子はどう見ても愛玩動物だと思う。


「どう見ても怪しかろう!見たこともない色合いであるし。蜂蜜の瓶を抱えて舐めているように見えるが?!」

「甘い物が大好きなんです」

「にゃう」

「あいつ今頷いたぞ?!」

「賢い子なんです」


 もう陛下がうるさい。連れてこないで留守番させるなど可哀想じゃないか。どうでも良いから仕事して欲しい。ここ最近の出来事のおかげで、陛下に対する尊敬だとか畏怖の念を遠い彼方に飛ばしてしまった俺は、ミレイアに差し出された猿ぐわつを手にすっと立ち上がった。




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