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彼女はファザコンをこじらせている  作者: 花摘
共和国編
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レオニダスの見たもの②

 

「宴の準備がまもなく終わります。『招待客』は徐々に集まり始めております」


 宴の当日、その知らせを受けた俺たちはここ数日過ごしていた国王の宮を出発した。


「先日後雄説明したとおり、本日の会場である成人の儀の間に入ったら、招待客がそろうまで陛下は奥の間で待機です。そろったらご案内しますので…あとは手はずぞおりにお願いしますね?」

「あぁ…」

「分かっている…」


 宴に出席するため侍女達に整えられた盛装姿の陛下と宰相が元気なく返事をする。「使用人たちまで攻略済みなのか」と震える陛下に、ミレイアは「どれほど使用人を押さえられるかがクーデターの要ですもの」とどこか遠くを見ながら呟いていた。


 馬車はすぐに王宮内の宴を行う建物にたどり着いた。年に一度、成人の儀式の際、王が新しく成人となった貴族から一人一人挨拶する儀式を行うのが通例である。新成人のみが招待される、比較的小規模な儀式用の広間のため、規模の小さな宴には時々利用される場所である。

 陛下達は招待客が全て集まった後、広間に入場して宴の始まりを宣言するため、別室に案内されていった。俺たちは騎士の影に隠れながら建物に入る。

 華やかに着飾った人々が宴を行う広間の隣の前室に集まってきており、思い思いに談笑している。その様子を横目に素早く廊下を通り抜けた。

 これから行う事を考えると、ここに俺たちがいたことは知られてならない。協力関係にある騎士達にも具体的な行動は知られない方が良いため、すぐに分かれ、俺たちだけでそのまま階段脇の物置に潜む。


「会場にはいるものは76人。うち4人はただの同伴だから警備の隊員が上手く誘導して席を外させてね」

「了解です」

「決して中央付近の赤い絨毯の上には立ち入らないよう伝えて」

「大丈夫ですよ。そもそも使用人や警備隊は壁際しか歩かないものですからね」

「そうね、それでも万が一の場合があるから徹底をお願い」

「はい」


 信頼できる家人のロイが指示を受ける。彼を通して騎士団に指令が伝わることになっている。


「ミア様、まもなく会場の準備が終わり、使用人達が一旦退出するようです」

「そう、では参りましょうか」


 ロイに届けられた伝言で、ミレイアが立ち上がり俺を見た。頷き返し共にに広間へ向かう。階段を降りた半地下の広間が招待客が全室で待っており、準備をしていた使用人が退出した誰もいなくなるこの一瞬の隙に、俺とミレイアは広間に滑り込んだ。


 やや古めかしくも荘厳なその広間は、白く輝く壁や柱には温室で育てられた草花が華やかに飾り付けられている。正面には王族が座る階段状の舞台があり、フロアには立食形式用に縦長のテーブルが左右真ん中に三列並び、豪勢な料理がふんだんに盛られていた。


「よいしょっと」

「…思ったより余裕があるな」


 ミレイアがその中央にあるテーブルのテーブルクロスを持ち上げて潜り込んみ、俺もそれに続く。テーブルの下に潜るなど初めてだったが、以外と余裕がある。


「それではご健闘を祈ります」

「えぇ。ふふっ、なんだかわくわくするわね」


 ロイが心配で溜まらないという様子でテーブルクロスを降ろして去ったが、言われたミレイアは、なぜか可笑しそうに笑っており、俺は思わず渋面になる。


「…のんきだな。除かれてバレたら計画が破綻しかねないんだぞ?この魔法紋が上手く起動させられるかも怪しいのに」

「ごめんなさいね、だってこんな風に机の下に隠れるなんてちょっと面白くて」

「確かに中々ない経験ではあるな」


 動きやすいよう簡素な服を着てはいるが、どこから見ても高貴な姫である彼女が、いたずらする子供のようにテーブルの下で床に座り込んでいる光景は違和感でしかない。

 それもこれも、この広間の床に仕掛けられている魔法紋を起動させるためである。


「…ここね。ここが魔法紋の中心で、魔力を流せば起動するわ」

「あぁ、図面通りだな。書き換えももう済んだんだよな?」

「昨日の夜の内に終えたわ。後はリスト対象者が魔法紋の起動範囲に間違いなく全員入ってくれれば良いのだけれど…。普通はこうした広間での宴は橋の方に食事を要して真ん中を空ける舞踏会仕様か、人数分の席を用意する晩餐会仕様だから、中央にテーブルがあることはあまり無いからやはり怪しまれるかもしれないわね」

「怪しんだとしても、それで帰ってしまったりテーブルクロスをめくったりはしないだろう…多分。絨毯で隠されているから起動の瞬間の光も見えないはずだ」


 魔法紋はこの広間のほぼ全体に広がっており、壁際の絨毯がない場所だけが範囲外となっている。今日この場に集められた、いかにも『貴族』な人々が隅っこにいるという可能性は低いだろう。



 ざわざわとした声が聞こえはじめ、招待客が広間に入り始めた。


「防音の魔法紋はちゃんと動いているか?」

「今起動させたわ。間違ってテーブルの脚を蹴っ飛ばしたりしない限り気付かれないはず。……あらレオニダス、緊張しているの?」

「当たり前だ。緊張していないお前がおかしい」


 これから俺達が実行するのは紛れもなく「粛正」である。いわば大量殺人だ。引き金を引くのも計画を立てたのも私なのだから気にしなくて良い、と彼女は言うが、魔法紋の構築を手伝い、今もこうして魔力の補充を担うのだから、俺も間違いなく実行犯である。


 この魔法紋は元々は、「教義に反した者に『軽い頭痛』が与えられ、複数回続くと『刺すような痛み』が与えられる」というものであったのだが、今回俺達が「最初に『魔法が使えなくなり』次は『心臓が止まる』」という恐ろしい仕掛けに書き換えたのだ。

 ミレイアが言うには治癒魔法を転用した「シンキンコーソク」とか言っていていたが、ある日突然心臓が止まる呪いが掛けられるなど恐ろしすぎる。


 集められたのは、腐ってはいるが明確な罪を犯した証拠がない人々。最終的な理由は「邪魔だから」である。こうするのが一番マシだと頭でわかっているし、覚悟もした。それでも胃に重石を飲み込んだような気持ち悪さは拭えない。今も布越しに聞こえてくる胸くそ悪い話しを聞きながら、「自分は悪くない」と気持ちを正当化しようとするのを止められない。

 対してミレイアは、全くの普段通りだ。嘆くでもなく恨むでもなく穏やかですらある。


「この魔法紋がまだ残されていたことを発見したクラリッサ様に感謝しないとね。かつては王宮中にこんな仕掛けがあったのでしょうけど。古い部分はほとんど壊されてしまっているからね。本当は重犯者用の洗脳装置とかが残っていたら人数も減らなくて楽だったんだけど…」


 などと怖いことを呟いている。その様子から、彼女が「こういうこと」に慣れているのだと、改めて皇族や王族の闇の深さに背筋が冷たくなった。

 この魔法紋も、効果は軽くてもこうして利用出来るのだから十分恐ろしい代物だ。本来は国王が座る玉座に起動装置があったらしいが、前の戦争で某騎士団長が建物もろとも吹っ飛ばし、残ったのが床だけだったというわけだ。


「国王陛下が御入場されます!」


 高らかに上がった声に、ザワザワしていた広間が静まる。

 足音と衣擦れの音が鳴った後、拍手が起きた。陛下が上段にある玉座に座ったのだろう。


「皆よく来た。今日は春の宴を前に、ちょっとした趣向があり集まって貰ったものだ。まずは歓談を楽しむが良い。…宴を始めよ」


 陛下の宣言に、ワッと声が上がり宴が始まった。これから順番に陛下が挨拶を受けるのが通常の宴の流れだ。受け答えにはぼろが出ないよう騎士達が見守っていてくれる。宰相は余計なことをしないよう下痢になるおまじないをしておいた。今頃は下の穴を締めるのに必死で口を開くのも難しいはずだ。


「王妃様はがご懐妊とか。お寂しいでしょうから是非うちの娘など…」

「騎士団長を解任なされたとか…いやはやあのような粗野なものは王宮にふさわしくない」

「お気の毒な公爵夫人…陛下の側妾に戻して差し上げるべきでは?きっととても喜ばれますわ」

「陛下も信頼している者が少なくご苦労も多いことでしょう。懇意にしておる司教がおります。神にご相談されては?」


 わはは、おほほと薄気味悪い声があちこちから聞こえてくる。目の前の少女がニマニマしながら記録を取っているとも知らないで、皆ご機嫌に話している。


「宴の出席率が良くなるように、クラウディアに撒いて貰った噂がしっかり広がっているようね」

「ああ、しかし同派閥が多い宴とはいえ陛下の前であのように…ちょっとおしゃべりすぎないか?」

「ふふ、前室で振る舞った飲み物に検知されない程度の自白剤を少々…ね」

「貴族こわ」


 わざとらしく身震いしてみせると、ミレイアが苦笑した。


「本当にうんざりするよね。ラグも大嫌いだから、こういうのは私も久しぶり。……そうだ、これからやることラグにあんまり話さないでね?多分、引いちゃうし、嫌われちゃう…」

「そうか?あの人の殺した数を考えれば気にもしないんじゃないか」

「…やり方の問題よ。ラグなら全員正面切って切り捨てるしぶん殴る。こんな風にこっそりと犯人もわからないよう闇に葬るのはきっと嫌いだと思う」

「…まぁ、苦手そうではあるな」


 確かに性に合わない感じはする。でもあの人はそんなに生やさしい人じゃないと思う。ミレイアにバレないよう学院内に情報手段を作って彼女に害のある人間を片っ端から除ける事くらいはやっている。以前オレンジ頭をどこにやったか思い切って尋ねた時の顔は今でも夢に出る。もし今回のことであの人が落ち込むとしたら、彼女にここまでやらせてしまったということにこそだろう。

 感情を見せない静かな瞳で、このようなことは慣れたことだというふうに振る舞う彼女は、どこか不安定で、痛々しい。…でも同時に、とても美しいと思う。

 などと余計な事を考えながら、長いまつげを伏せ魔法紋の起動方法を確認していた彼女を見ていたら、ふと髪をさらりと払って顔を上げた。


「あら?顔が赤いわね。さっきまで白くなっていたのに」

「……別に。熱いだけだ。こんな狭いところで、なんか近いし」

「仕方ないじゃない。床の魔法紋の影響を受けずに起動できるのは、中心のこの狭い範囲だけなんだから。はみ出たら私もレオニダスも危ないのよ?むしろそんなギリギリにいないでもっと寄った方がいいくらいよ」

「断る。この辺までは大丈夫なはずだ」


 この魔法紋が設定する魔法の起動条件は「教義に反した時」であるが、この「教義」は建国当時のもっと厳格だった時代のものだ。元々「婚姻を誓った者以外との関係を持ってはならない」という教義は、現在は「但し家を継がなくてはならない貴族は可」という但し文が追加されているなど、全体的にかなり緩くなっている、俺とミレイアが引っかかるのは、魔道具を作っているため、「魔力をもつ生物は速やかに大地へ-」という教義に反して いる。ミレイアはさらに「未成年の婚姻禁止」にも反している、

 床にびっしりと書き込まれた教義の条文を読んで、自分を含め、これらを完璧に守れている国民は存在しないのではと思う。特に貴族に対してのは特例がほぼ後世に追加された条項だ、

 …おかげでこうして暗殺に使えるわけだが。


 そうこうしているうちに、陛下への挨拶が一通り終了し、宴が中盤にさしかかったことをしめす音楽が流れ始めた。


「さて皆々様、春を言祝ぐ歌を!」


 進行役が、季節の変わり目の宴では恒例の合唱を呼びかける。その声を合図にザワザワと騒がし買った声が静まり、人が私達のいる中心に集まってくる気配がした。


「いよいよね」

「ああ、きつくなったら言え」


 絨毯に開けられた切れ込みに白い手が潜り込み、魔法紋が描かれた床面に押して蹴られる。その瞬間、ほんの少し空気が変わった。紋が起動されたのだ。

 その変化に異変を察知する者が居るやもと緊張したが、そんなささいな変化に気づく人間はいなかったらしい。

 この国の誰もが知る『春の歌」を、参加者達が高らかに歌い出す。短い歌の間に魔法紋の起動を完了させ、今歌っている者の声と共に発せられる魔力を登録する。かつては成人誓いの言葉により登録されたらしいのだが、今回それを歌に転用したというわけだ。


『母なるダルタンは雪解けの時

 リンダールの大河に水が満ちる』


 歌いだしとともにミレイアが一気に魔力を注ぎはじめた。その額にはあっという間に汗が浮かぶ。広間一面に刻まれた魔法紋を起動させるには膨大な魔力が必要なのだ。


『さあ我が民人よ 陽光の下に集え

 ドゥルドゥウの風が新芽が揺らす』


 目線で限界だと合図されたので、震える手に自分の手を重ね、魔力を流す。

 他人の魔力を取り込み、属性を調節するのは難しい、というかミレイアくらいしか出来ない。くッと歯をくいしばり、目をつむった彼女から汗が滑り落ちている。


『大地の女神の祝福を 我が大地よ豊穣たれ

 あぁ我が王国に春が来た 春が来た』


 歌い終わる間際、魔法紋に魔力が満ち、術が完成した。

 力尽きてガクリと気を失ったミレイアの身体に慌て支える。幸い歌い終わり歓声を上げる連中には気付かれなかったようだ。


「次のご公務のため、陛下が退出されます」


 大抵の宴席の慣例の通り、国王は退出した。おそらく逃げるように戻っただろう。後始末は代理として残らなければならない宰相がすることになる。

 ミレイアを抱えたままその場に座り込み、呼吸を静かに整える。俺自身もかなりの魔力を消費してしまった。



 やがて喧騒が飛び込んで来た。別室に女と下がった者が突然亡くなったという。宴が終わり帰宅するまで死亡者は出ない予定であったのに…何をしていたかは推して知るべしだ。

 宰相が今日はひとまず解散するよう声を掛け、人々はざわめきながらも会場を出ていった。

 その後騎士団による調査の名目で、使用人等も皆人払いされ、ようやく机から這い出る。


「ミア様!」

「問題ない。疲労と魔力切れだ」


 焦るロイにしばらく寝かせるよう伝えてミレイアを渡し、自分は執務室に戻る。先に戻っているはずの陛下と宰相は、騎士に見張って貰ってはいるが、今回のことを漏らさぬようしっかりと釘を刺しておかねばならない。

 これから数日間、貴族から何人もの不審死が出る。やがてあの場にいた陛下と宰相に疑いの目が向く事だろう。しかし、証拠は無く方法も全く不明とくれば、やがて生じるのは底知れない恐怖だ。改革を行う為政者には必須であるそれを、ミレイアは邪魔者の排除と同時に国王に無理やり被せたのだ。


 俺は、生まれ初めて『人殺し』をしたという実感で震えだす手を擦りながら先を急いだ。





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