ラグレシオンの悪夢
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暗闇の中、自分を呼ぶ声が聞こえる。
『ラグ、ラグ!』
『ラグ!どこだ、ラグ!』
悲鳴のような叫び声と怒号。辺りに生臭い暖かい液体がまき散る。
目の前を飛んでいった物は誰の肉片だっただろうか。
『ラグ!ラグ!』
『ラグ兄いたすけて、いやああぁぁ!』
『ひぎゃあああ!!』
助けを求める声も身体を囓られてあげる悲鳴も、聞こえるのに何も出来ない。襲い来る黒い塊を夢中で振り払う事しか出来ず、足は一歩も前に進まない。伸ばした手は細く軟弱で、誰一人として救うことはできなかった。
『助けて、助けてよ!』
『どうして助けてくれなかった!』
『…なぜ君だけが生きている』
生き残ったことが後ろめたくて、助ける声に答えられるようになりたくて、身体を鍛え剣を振る続けた。一瞬でも休めば血にぬれた無数の手がすがりついてくる気がしたから。
『やめてくれ、殺さないでくれぇ!』
『人殺し!化け物!』
『貴様など人ではない!!』
強くなればなるほど、沢山殺すことを求められた。殺せば殺すほど褒められ、恐れられ、憎まれた。戦争を終わらせたくて殺し続けたら、いつの頃か何も感じなくなった。
魔物を殺すのは楽しい。奴らが向けてくるのは捕食者としての殺意のみ。遠慮無く憎しみをぶつけられる。どれほど斬っても恨まれることはない。殺せば殺すほど気分は高揚し、同時にそんな自分に恐ろしくなった。
自らの内にある自分ではない凶暴な熱に気付いたのは何時だったか。
…俺は本当に化け物なのかもしれない。
そう思い始めた頃。小さな女の子に出会った。
頼れるのは俺だけなのだと、縋り付く姿に心が満たされ、もっと依存すれば良いと、邪な欲で集ってくる貴族を追い払い、彼女に好意的な者達は飼い慣らして守りに置いた。
全力で守っていた筈なのに、いつの間にか俺の方が縋り付いて囲い込んでいるのではないかと思い始めた。
『ラグ、大丈夫よ、大丈夫……。私がいるから…」
耳元で囁く優しい声。幼さの残るその声に胸が締め付けられた。小さな手が自分の頭を一生懸命撫でているのを感じ幸せで満たされた。
…あぁ、なんという浅ましい夢だ。
だがこれが俺の願望なのだろう。
年が離れ過ぎているため、いずれは何処かの男に『一番』の座を明け渡さなくてはならないと解っているのに、彼女からの情は全て欲しいのだと、浅ましい俺が腹の奥で訴える。
いつ死んでもいいと、誰かを助けて感謝されて死ねるなら満足だと思っていたのに。
思いがけず手に入れた温もりが余りにも心地よくて。
『お前にそんな資格はない』
「…わかっている」
抱き締めた小さな身体から沸き立つ匂いに欲望が噴き出した。
『ウマソウナニオイ』
本能のままに、目の前の形の良い耳に齧りついた。
「っやめろおおお!!」
−−−−−−−−
絶叫とともに身体を跳ね上げた。
こじ開けた目に映ったのは彼女ではなかった。
簡素な壁と天井。小さな部屋は我が家でも騎士団棟でもない。
「旦那様!」
そこへ駆け込んできたのはカイルとロイだ。心配そうに俺の顔色を確認する。
「ここは…?ミアはどこだ」
「…」
ミアの名前に、二人はピクリと緊張したように肩を揺らしただけで、答えがない。
「…ロイ。答えろ」
怒気をにじませロイに迫ると、歯を食いしばった後、渋々口を開いた。
「………ここは教会の敷地の中です」
「は…?」
「はい、敷地内に私達が急遽魔法で建て、内部を整えましたので関係者以外は立ち入らないので安全で…」
カイルが慌てて説明使用とするが、ミアについての答えがないことに不安が膨れ上がった。。堪らず寝具をはねのけ立ち上がる。
「っ…」
床の上に立つと足がよろめいた。その感覚からかなりの長期間眠っていたことに気付き愕然とする。感覚の鈍い手足を叱咤し、自身の剣を探す。
…ちっ、隠したか。
視線を彷徨わせるカイルとロイの様子から、わざと剣をしまい込んでいると分かった。
…俺が暴れるような事実があると言う事か。
俺を眠らせたのは間違えなくミアだ。俺を眠らせ、その間ミアは何をした?
答えは簡単に出てしまう。
ミアが大事にしているのは、俺とルシア達、それとあれの祖父さんとの約束だ。それを守るためにミアがどうするのか。
その推測が当たらないで欲しいと思いながら、しがみついて止めようとするカイルとロイを振り払い、その小さな小屋を飛び出した。




