恐怖
「ラグ、ラグ!しっかりして!!」
「ミア様、落ち着いて!ひとまず寝所に運びます!」
「すでに整えてございます。お医者様を…」
「ダメよ。…怪我のせいではないから呼んでも無駄です」
縋りつこうとした私をロイが止め、魔法ですぐに2階の寝台まで運んでしまった。カイルも墜落の音を聞きつけ駆けつけてきて手伝う。
私は大きく息を吐いて震え出しそうな手足を抑え込み、ラグの様子を観察する。
ラグの服はボロボロで一見酷くやられているようだが肉体に直接の外傷はほとんどないようだ。魔力がラグの体内で暴れていた。体内に入り込んだ魔力が何か作用を及ぼしているのだろう。
「旦那様…!身体が燃えそうに熱いです!?」
「え、ひ、冷やしたほうが?氷でも作りましょうか?」
服を着替えさせようとしたカイルが驚いて声を上げた。
私も慌てて触れようとすると熱くて触れないほどだった。しかもその熱で、布団がぶすぶすと焦げ始めている。どう考えても普通の状態ではない。
「風邪の発熱とは違う…ラグの魔力が作り出している熱だから冷やしても意味がないわ」
「いったいどうすれば…!」
「心臓が熱がま生まれている…?脳に影響があるといけないから頭だけ冷やして…カイル、ラグを持ち上げてもらえる?シーツを燃えないように加工するから」
「はい。……ミア様、旦那様は一体…?」
カイルがラグの身体を風魔法で浮かせながら不安そうに訪ねるが、はっきりしたことは答えることが出来ない。どうすれば良いかなんて正解はもっていないのだ。
「……できる限りの手を打つわ。……これでよし。寝かせて大丈夫」
素早くペンを操り、魔法紋をシーツに書き付けて、ラグを寝かせる。
脂汗を滲ませ苦痛に耐えるような表情を浮かべており、少しでも和らげようと治癒を行うが、ラグの体内にある魔力が濃密すぎて、魔力が浸透していかない。
手持ちの魔法石で魔力を放出させようと額に当てると、あっという間に飽和し砕けてしまった。
それでも何もしないよりは、とロイとカイルがかき集めてくれる貴重な魔法石を湯水のように使った。
…私にもっと魔力があれば色々出来るのに。
歯がゆい思いで、暴走する魔力をできる限り吸い出したり、ラグの身体が壊れてしまわないよう癒やしたり、看病をし続けた。そうして何時間たった頃だろうか。
「う…」
「ラグ!!」
「……ミ、ア」
ラグのまぶたがピクリと動き、私を呼んだ。
「無理しないで、まだ寝ていた方が良いわ」
「ミア…」
起き上がろうとするのを押しとどめようとラグに手を伸ばしたら、逆に腕を掴まれ引き寄せられた。
「ちゃんと…戻ってきたぞ」
ぎゅうっと抱きしめられ、苦しそうな呼吸の間にラグが耳元でそう囁いた。
「っ…うん、ありがとう。本当によかった身が覚めて…気分はどう?いまカイルがちょうどご飯を作っているのだけれど…」
約束通り戻ってきたくれた……約束があったから頑張って戻ってきてくれたのだとわかり、目元がじわりと熱くなる。
しかし同時に、ラグの魔力に包まれたことでその変化がはっきりと感じ取れてしまった。魔力は暴れなくなってきているが、何か変な感じがする。
その不安を誤魔化すように早口で話し続けようとするが、抱き込む腕に力がこもり、息が詰まった。肩の骨がきしむほど力だ。
「らぐ…?ちょっと痛い……ひゃっ」
そっと離れようと腕に力を込めた時、ラグが私の耳元に鼻をすり寄せた。
様子がおかしい。
「ち、ちょっと待って……キャアア!!」
更に耳たぶに生暖かいものが触れたと思った直後、激しい痛みが走った。
耳がちぎれそうなほどの痛みだ。いや、実際に噛みちぎろうとしている。
激しい痛みと同時に、ガリガリと歯をかみ合わせる感触が骨を伝わってきて、全身を恐怖が襲う。
……助けて!!
「ミレイア様!!」
「ぐっ」
ガンッという鈍い音と共に、耳が解放された。
「ミレイア様から今すぐ離れなさい!この!」
ルシアが手に持った置物でラグを殴っている。
助かった、けどラグが死んじゃう…いや大して効いていない!?
重い石像で殴られているのに、微動だにしていない。
呆然と目を見開き、私を見ていた。
「ミ…ア…?」
迷子の幼子のように途方に暮れた声を聞いて、ルシアもはっとして手を止めた。
ラグは呆然と私の耳から流れ落ちる血を見ている。ラグの口も私の赤い血が付いていた。
「ラグ…」
大丈夫よ、と言おうとして私はラグに手を伸ばす。
しかし、ラグはおびえたように飛び退いてしまう。
「だめだ、来るな!………俺、が、…………ミアをっ」
「ラグ、待って落ち着いて!」
悲痛で顔を歪め、頭を掻きむしるラグ。私は近づこうとしたが、手を振り払われ拒まれてしまう。
そして、ラグは寝台横に立てかけてあった剣を掴んだ。
……何をするつもり……っ
「駄目ぇ!」
「旦那様!?」
ラグは刃を自分の首筋に当て、ためらいもなく切り落とそうとした。
私はポケットから探り当てた魔法石をもってラグに飛びついた。
「…ごめんね、ラグ」
拒もうとする手にそれを押し当て、眠りの魔法を発動した。
「きゃっ」
崩れ落ちたラグを支えようとしたが、耐えきれず一緒に崩れ落ちる。
かろうじて頭を床に打ち付けないようなんとか抱えて座り込んだ。
「ミレイア様!旦那様は」
「大丈夫よルシア、ありがとう。…………カイルとロイを呼んできて頂戴」
思いっきり殴打してしまったことに罪悪感を覚えているのだろう、ラグを不安そうに見ている。確かに驚いたけど助かったのだから咎められるはずがない。あのまま襲われていたらラグは取り返しの付かないことになっていたはずだから。
「そう、ですか…。しかし今お側を離れるのは…」
ルシアはほっとしたように胸を押さえたが、今度は離れるのをためらうような素振りを見せる。さっきの事を考えれば当然だ。しかし問題ない。
「大丈夫よ。当分は目を覚まさないわ、強力な魔法だから。…行ってちょうだい」
ニコリ微笑んで言えば、意図が通じたのだろう、ルシアは心配そうに振り返りつつも部屋を出て行った。
…考えるために一人の時間が欲しい。
混乱した頭を無理矢理回転させ、これからすべきことを考える。
涙が勝手に溢れてくるが、拭う手間を惜しんで考え続ける。
…考えろ、考えろ。ラグを守る方法を。
必要な魔法式を演しながらも、感情が涙と共に流れ続ける。
ラグがあんなにあっさりと自分の命を捨てようとするなんて思ってなかった。ずっと側にいると、そう信じていたのに。
ラグを目の前で失いそうになった恐怖は、今まで感じたことがないものだった。
お父様が殺された時や、お祖父様が既に眠られたと聞いた時も、この世界で一人ぼっちになった気持ちになった。縋るものがないまま真っ暗な闇の中をどこまでも落ちていくような心地だったのだ。
そんな私をラグが掴んでくれた。ラグが私のセーフティーネットだったのだ。
…それを失うかもしれないなんて、
「ミレイア様…?」
ルシアたちではない声にはっと顔を上げる。
そこにいたのはヨシュアだった。戦場からそのまま帰ったらしく隊服がボロボロだ。
力なく横たわるラグに目を見開いたが、私と目が合うなり、慄いたようにわずかに肩を震わせた。
きっと私の怒りを感じ取ったのだろう。
…ラグを失うなんて、そんな世界は許さない。




