不安と帰還
「…ミレイア様、寝ていらっしゃらないのですか?」
いつの間にか扉を開けて入ってきたルシアの声に、私は机から顔を上げる。
「ちょっと寝たから平気よ、ルシア。思いついた事があったから…今回の旅行で発見したこともまとめたいし…」
ニコリと笑ってそう答えたが、もちろん嘘だ。
夜中に家に戻ってきた私は結局一睡も出来ず、明るくなると同時に机に向かっていた。思いついた魔道具や記録をまとめているのは本当だ。ラグの状態が心配で、有効な対策はないかとあれこれ考えてはガリガリと書き連ねていたのだ。
…渡した魔法石は無事に起動しただろうか。
戦闘機の様な速度で飛ばす飛行魔導機の中ではできる事は限られていたが、思いつく限りの魔道具を作って渡した。
…魔力を吸い出す物も作れば良かったかな…でも魔力がなければ大規模魔法が使えないし、気を付けると約束してくれたのだから大丈夫…でも、いざ戦闘になったらそんな事は気にしていられないのでは…いやでも、ラグが苦戦するような魔物なんか滅多に……その滅多にない事が今回だったら……?
もっとああすればよかったとと後悔したり、大丈夫だと自分に言い聞かせたりと、不安と焦燥感に追い立てられ気を紛らす様に手を動かす事しかできなかった。
そんな私を見てルシアは諦めたように溜息をつく。
「…温かい飲み物をお持ちしますね。こちらに来たお手紙を置いておきます」
「ありがとう」
心配そうに振り返りつつ出て行き、そっと扉が閉められた。
それを確認してペンを持ち直す。
今襲来している魔物に対し、私ができる事はもうない。共和国で見た事をまとめてみよう…。
魔物は他の魔物の血肉を吸収する事で、その特徴に変異する。…ミャアの例から見てそれは人間にも当てはまるのだろう。
ついでにいえば血肉だけではなく、魔物が斬られて死ぬときに発するあの濃厚な魔力も影響を及ぼしている気がした。レオニダスとシンガルもいつもより興奮気味だったし…いやあれは、はしゃいでいただけかな?特にレオニダスのはしゃぎっぷりはびっくりした。学院の生徒が見たら驚いてひっくり返ることだろう。
…でも私は何ともないんだよなぁ。
慌てて洗ったとはいえまともに血を浴びたし、ラグの側で濃厚な魔力も結構吸い込んだ。自分の体の事だから些細な変化も見逃さないはずだが今のところ何も変化がない。
この点に何かヒントがあるのだろうか。
…ラグの変異した要素を人に戻す方法は…人の血肉…肉は駄目だから輸血かな?
しかしラグはミャアと違って、どんな人間よりも強大な魔力を持っている。多少人間の血を取り込んだところでそれだけでは変異は起きないだろう。これまで人間を喰らった魔物が人間化した記録が無いことからもそれは確かだと思う。
…ギリギリまで魔力を抜いて…私の力ではそれも限界がある。取り出しても取り出しても周囲に魔力が溢れているから、直ぐに吸収してしまうのだ。
…やっぱり聖地の力を利用するのが一番良い。「鍵」を見つけるのが先か。
詳細な分析はレオニダスの帰りを待ってからだが、私が確認した中で一番「鍵」に近い魔力だったのは…あれなんだよねぇ…。そこから推測できる「鍵」の正体……手に入れるのは相当困難だと予測できる。多分諦めた方が良い位に。国内のゴタゴタを片付ける方が余程早いが、それもまた面倒で手間がかかる。
…ラグにはそれ程の時間は無い。
今回のような魔物の出現が頻発するようなら、その戦いの前線に立つラグであろうがラグは、どれだけ魔力を吸い出しても変異は進んで行く可能性が高い。
…あぁ、いっそラグを抱えて帝国に逃げてしまいたい。
でもそんな事をしたら、魔物の驚異にさらされる国から真っ先に逃げ出すことになる。民が頼りにする最強の盾を奪って。そんなクソ貴族はお祖父様に侮蔑されること間違いなしだ。
身が凍るような目線までしっかり想像できてしまい、思わずうぅ、と唸って頭を抱える。
どんなに悩んでもリスクのない対策は思いつかず、資料を見直したり伝書鳥で情報収集をしたりしている間に時間が過ぎた。
通常の討伐ならばあっという間に片が付いている頃合いになっても討伐完了の知らせは届かない。今回の魔物はやはり勝手が違うらしいという事を皆が感じて、村中にも張り詰めた空気が漂っているようだった。
お昼も過ぎ、村を見回るカイルの代わりにルシアが夕食の準備を始めた頃、庭から駆けてくる足音がした。
「ミア様〜、戻りましたよ!」
王都に入って来る魔物の警戒にあたっていたロイだ。
彼が帰ってきたという事は、魔物が片付いたのだろうか。
飛び上がるように椅子から立ち上がり、庭へと飛び降りた。
「わわっ、ミア様!?」
降ってくる私を見上げてぎょっとしたロイが慌てて受け止めようと腕を伸ばすが、落下速度を緩める魔法紋が作動し、ふわりと綺麗に降り立った。
「うわ、何ですかそれ。心臓に悪いからやめてくださいよ…」
「昨夜必要に迫られて開発したの。…それより話を聞かせて頂戴」
全くもう、と溜息をつくロイに対し、私は報告を急かす。
「必要って…まぁいいです。魔物は大方片付いたそうで、シュールベルト領の方から打漏らしがないか確認しながら北上し、帰還するとの連絡がありました」
「そう…時間はかかったけど討伐できたのね」
ほぅ、と安堵のため息をついた私だが、ロイは眉を寄せて唸る。
「えぇ、しかしかなり苦戦したようです。王都近くまで来たのはたった3体でしたが、全く攻撃が通じず騎士数十人がかりで半日以上かかったのですから……あちらは相当酷い状況でしょう」
「…そう、やっぱり…」
ロイや騎士団員でも攻撃が通じなかったと聞いて、私は唇を噛みしめる。それならば、あの剣が役に立った筈だが、それはつまり、ほとんどの魔物をラグが直接倒すしかなかったはずと言うことだ。
再び膨れ上がる不安を感じて胸を抑えた。
「ミア様?…他の隊員はともかく、団長…じゃない旦那様は大丈夫ですよ。どうせまた傷一つ無く帰ってきますって」
「え、えぇ…」
心配要りません、と笑うロイに不安を訴えることも出来ず曖昧に笑った。
「…っ?ミア様、家の中へ。何か来ます」
不意にロイが空を見上げ、私に隠れるよう促す。
私も言われ気付いた。何かが近付いてくる…と思ったら直ぐに視界にそれを捉えた。
「火の玉が突っ込んでくる!?えっ、旦那様?…にしては気配が…」
「ラグ!」
私は真っ直ぐこちらに落下して来る飛行魔動機を迎え出ようとしたが、ロイに止められた。
「待って下さい!なにか変です。飛行が不安定です…墜落しないよう風魔法で受け止めるので離れていて下さい」
「墜落防止の機能もあるから大丈……きゃあ!」
「ミア様!…旦那様!」
墜落防止機能が効かない程のスピードだったのか、そもそも目的地がここだったのか、ほとんど速度を落とさず機体が庭に墜落した。
ロイが風のクッションを作ったにも関わらず、墜落した機体が弾け飛び、庭には大きな穴が空いた。
「ラグ!!」
土埃の向こうにぐったりと倒れ込むラグの姿を見つけ、私は悲鳴をあげて駆け寄った。




