暴走
陽は完全に昇り、辺りの惨状がはっきりと見えるようになっても、戦いは続いていた。
団長の動きは変わらず…いや、むしろより激しさを増している。
……時々ああなってしまうのですよね。
過去の魔物討伐でも、何回か見たことのある枷が外れた団長の姿。他の隊員に声をかけることもなく、ただ魔物を斃すことしか考えていない。何か堪えきれない憎しみを叩きつける様に、剣を振るう団長は、慣れていない隊員は恐ろしく感じるのだろう。
「すげぇ…けど怖ぇ…」
「馬鹿野郎、ぼけっとしてないで動け!」
「ひぇっ、はい!」
怒りに満ちた殺気に当てられ、立ち止まってしまう新人を叱りつけながら、私は隊員達と駆け回る。団長に群がる数百匹の魔物を少しでも分散させようと奮闘しているのだ。皆治療が追い付かないほど傷つき血を流しているが、興奮状態にあるためか痛みも疲れも感じず夢中で戦い続けている。
「副団長!拘束しました、とどめを!」
「わかった」
「こちらもお願いします!」
「すぐ行く、そのまま押さえていろ」
大剣で鮮やかに切り捨てていく団長と違い、短剣一本の私は隊員の手を借りつつ順に仕留めていくしかない。それでも確実に数が減らせているのがわかる。
次から次へと現れる魔物との戦いは、永遠に続くかと思うほどだったが、昼近くになると、ようやく数が減り、押し返し始めた。魔物を追う団長に付いて走り続け、気づくとダルタン山脈の近くまでやって来ていた。
「目に付く群れは大方駆逐できたようです!」
「数は減っているけど、ポツポツ新しい魔物が現れますね…何処から来ているんでしょう?
「元を絶たないと切りがありませんね。…マーカスと伯爵を呼んでください。場所を知っているはずです。」
「はっ」
伝令を頼むと私は、大きく息を吸って気合を入れてから、獲物を探して駆け回る男を捕まえに行った。
「団長、一端お止まりください!」
「……」
「ちッ、やはり聞いていないですね。カーン、水を掛けなさい!」
「は、はい!」
水魔法が得意な隊員に命令すると、以前に同じ様な状況の経験を持つ彼は躊躇いつつも上空から水を降らした。降らしたと言っても雨の様なものではない。風呂桶を何杯分もひっくり返した様な水の塊だ。
何人か周りの隊員が流されていったが仕方ない。
ザバザバと水で裾を濡らしながら団長に近寄ると、濡れた髪の間からギロリと睨みつけられた。
「………何をする」
「おや正気に戻られたようで何よりです。…打ち合わせしますよ」
一般人が見ればショック死しそうな眼光だが、私が怖がるわけにはいかない。肩をすくめて受け流す。
そこへマーカスと伯爵が隊員に連れられやって来た。マーカスは団長最初の攻撃で髪の毛が焦げてチリチリになっているが、それ以外は元気いっぱいだ。伯爵も戦闘に参加していたらしく更にボロボロになっているがまだまだ元気そうだ。
「…さて伯爵、恐らく機密事項でしょうが、この状況です。この魔物が何処から来たのか話していただきましょうか」
「…あぁ分かっている。………ここから少し東、山脈の中腹に砦がある。その奥からだ」
「やはり山脈ですか…」
諦めたようにため息を付いて伯爵が頷く。岩山に張り付くように建てられた砦のその奥に、山脈の深部に続く洞窟の入り口があるのだそうだ。シュールベルト領が代々守る扉で、その手入れの最中に魔物が溢れたと伯爵が説明する。
マーカスもこれに同意した。
「そう、俺も見た。砦から魔物が溢れてきて…報告のためにキャスリーンを行かせたあと、伯爵達と協力して何とか食い止めようとしたけど全然歯が立たなくってさ。領兵は次々にやられるし、もう無理って状況だったんだ」
「あぁ…せめてこれ以上数を増やさないようにと、砦ごと爆破し入り口を塞いだつもりだったのだが…」
苦い表情で伯爵が言葉を途切らせた。代々守ってきた扉を崩す決断や、犠牲になったであろう領兵の数を思うと無理もないとは思う。
「なるほど、恐らく塞ぎきれていなかったのでしょう…しかし数が明らかに減っていろことから見ても、僅かづつしか出てこれないようにはなっているはずです」
そのおかげで多くの人々が助かったのは事実だ。あとはそれを完全に塞ぐことができれば事態の収拾が見える。
「そうだな…騎士団の手を貸してほしい。今できる限りの土魔法を動員して再度塞ぎたい」
「承知しました、それでよろしいですか騎士団長?古くからの魔法で封印されていたものを土魔法でなんとかできる保証はないですが…」
完全な封印はできないかもしれないが、この戦いでの魔物の様子を見る限り、しばらくは持つはずだ。
そう言って団長に了解を求めると、先程より冷静さを取り戻したらしい様子で少し考え込む。片手でマントにつけられた魔法石を弄んでいる。
「…そう言えばミアは、建国の英雄がダルタン山脈を越えてきたのを怪しんでいたな。王族でも司教でもない若者が、魔物も通れない場所を行くには色々足りない。別のルートがあったんじゃないかと」
「ほお……さすが帝国の皇族様ですね。我々よりも知っていることがありそうだ」
驚いた様に感心する口ぶりの伯爵だが、目が怪しく煌いた。伯爵は今のところ協力的だがすべてを話している保証はないのだろう。しかしその僅かな情報にも私は純粋に驚くしかない。
…共和国と繋がる道が秘匿されていたと言う事か…!?
「では本当に?」
「ああ、共和国に繋がっている。かつては一部の人間のみが知る秘密のルートであったが、共和国から魔物が溢れて以来厳重に管理していた。…管理のついでに魔物の素材を得る場所として利用していたがな」
伯爵はサラリと重大な告白をする。
「魔物を!?…そんな事…」
「なるほどな。伯爵領から出荷される魔物がやたら高品質なのはそのせいか」
「強い魔物ほど貴重な資源になる。…その空飛ぶ乗り物もそこで捕れた魔物の素材を使っているはずだ」
「まじで!?…へえ」
団長は納得したように頷くだけだが、マーカスは驚いて目を瞬かせている。私も驚いた。シュールベルト領にだけ良好な狩場がある事までは推測していたがこんな事実が隠されていたとは。
「…それにしてもミレイア様は凄いですね。まるで何もかもご存知のようだ」
「ああ、俺の嫁は凄いだろう」
ふっ、と胸を張る団長に、伯爵は忌々しそうな顔になる。
「……あなたに嫁がせたのは勿体なかったかな」
「あぁ?死にてぇのかジジイ…」
ボソリと呟いた言葉を団長は聞き逃さなかった。
一時的収まっていたのに、その一言で一瞬で殺気立ってしまった。
「団長、落ち着きましょう。今は言い合いは…」
「あ、ああ。冗談だ。…まあできるならば今からでも私の嫁にッ…ぐあ!!」
伯爵の言葉は途中で途切れる。躊躇いなく振り下ろされた大剣は伯爵の片腕を切り落としていた。
「団長!!何を!?」
あまりにも突然の転換に一歩も動けなかった。呆然と崩れ落ちる伯爵に慌てて駆け寄る。
確かに腹が立つ失言だがこれはやり過ぎだ。普段の団長ならばせいぜい殴るだけで済ますのに…躊躇なく切り落とすとは…。
その場で血止めだけしてついでに気絶させる。いっそ記憶をなくしてくれないだろうか。
「団長、彼は大臣ですよ!?私闘は禁じられ…いやそもそも彼は剣すら抜いていないのですよ!?」
「ふむ、今回の件で責任をとって大臣は辞任してもらおう。…いや、いっそ戦死したほうがすっきりするな」
「団長!!」
「マーカス、そこの穴にジジイも詰め込んで埋めておけ。今ならドサクサで殺れる」
「えっマジっすか。あ、でも殺っとかないと団長がこまるか…」
団長至上主義のマーカスが本気にして魔物処理用の穴をちらりと見たので、慌ててそれを止める。
「なりません!彼は今回の責任をとる役目が残っています」
シュールベルト領の民の犠牲は少なくない。そのきっかけが不運であろうが伯爵の行動にある。それに領兵はほぼ壊滅状態なのだ。立て直すには領主が必要だ。
「伯爵はこのまま眠らせておきなさい。…何とか手立てを考えます」
「…まぁ、脅して黙らせておけば良い。それより魔物の殲滅がまだだろう?ヨシュアはマーカスの案内でその洞窟とやらを塞いでこい」
「っ団長!」
そう言って踵を返してしまった。
……団長がおかしい。
いつも以上に短気で感情のままに動いている。無意識に止めたくて手を伸ばしたが、そこへ魔物を発見したと言う知らせが入り、あっという間に駆けて行ってしまった。
「…行こう、ヨシュア。大丈夫、魔物がいなくなれば団長も落ち着くって」
「そうだな…」
―――――
―――
不安な気持ちのまま、マーカスと土魔法を使う隊員達を連れ、崩壊した砦に向かった。
崩壊した砦を更に土で固め、出来るだけ分厚くしたあとは、鉄や岩等に素材を変化させ、思いつく限り封を施した。蟻の這い出る隙もなくした。
…これならば当分持つだろう。
残った魔力をありったけ注ぎ込んだ為、皆で腰を下ろし一息つく。
しかしそこへ、巨大な魔力が近づいて来るのを感じ立ち上がった。
「魔物か!?…いや、これは…」
「あ、団長!」
ぞわりとした気配に魔物と勘違いしてしまったが、マーカスの指差す方を見れば確かに団長だ。
しかし様子がおかしい。
「あれ?…こっちに突っ込んでくる?」
「団長!?止まってください!」
何故かこちらに殺気を向け、剣を構えている。
「止めてください!そんな攻撃を放ったらせっかくの封印が崩れます!!」
「団長!?」
「……そこに魔物の気配がする」
皆で止めようと声をかけるが、団長は封の向こうに何を見ているのか全く止まろうとしない。これだけ分厚い土を通して魔物の気配を読み取っているというのだろうか。
普段ならば、何だかんだ仲間を死なせないよう手加減をしてくれるが、今の団長は明らかにどこかおかしく、その保証はない。憎しみに満ちた目で私達の後ろの砦のあった場所を睨んでいる。
「どけ、死ぬぞ」
「っ止まれこの阿呆!!」
跳び上がってこちらへ向かってくる団長を、どうにか止めなければと焦り、とっさにポケットに入っていた物を投げつけた。
すると、団長がふっと地面に消えた。
「ぐっ?」
ドサリと音がして我にかえる。ミレイア様の落とし穴爆弾を投げつけてしまったらしい。ポッカリと空いた10m弱の穴の縁から恐る恐るのぞき込むと、真っ暗な穴の底から怒りに満ちた目がこちらを睨んでいた。
「……ふざけるな。何のつもりだ」
「…いけません、団長。今は休まなくては」
別人の様な目をした団長に、声が震えないよう努めて静かに声をかける。
「……魔物はまだ残っている。俺が斃さねえとまた誰かが喰われる」
唸るようにそう言って、這い上がろうと壁に手をかけた。何かの箍が外れ、過去に引きずられているのだろうか。
…こんな状態で洞窟に突っ込ませるわけには行かない。
「なりません!先程話したように、塞げば時間は稼げます」
「……邪魔を、するな」
「駄目です!」
「うるせぇ…殺すぞ」
「っミ、ミレイア様が泣きますよ!!」
飛び上がろうと足に力を込めたのに気づき、悲鳴のように叫んだ。
団長に効果の有りそうな言葉をとっさに探して投げた言葉だった。
実際効果はあった。団長はビクリとして動きを止めたかと思うと、胸を抑えて呻いた。
「ミ、あ?」
団長がミレイア様の名前を発した瞬間、マントが光りだし魔法が発動した事に気づく。
そのマントから水が吹き出したかと思うと、あっという間に穴が水に満ち、更に外へと溢れ出して来た。
「わゎ!」
「またかよ!」
様子を見守っていた隊員達が驚きの声を上げる。私も流されないよう脚を踏ん張る。
先程団長に水を掛けたときのように効果を狙って、ミレイア様が何かを仕込んでいたのだろうか、とすぐに考えに至った。しかし発動した場所が悪い。穴の中で団長が溺れてしまう、と泳ぐように水に逆らおうとした時、不思議なことが起こった。
あたりに満ちていた水がシュワッと蒸気となってあっという間に空へ消えていったのだ。
「は!?」
「なんだこれ!」
何が起こったのかは、息を大きく吸い込んだときに分かった。
…空気が変わった。
魔物の濃厚な魔力が消えたのだ。というか、消えて初めてそれ程空気が汚染されていた事に気付いた。
ハッとして穴の縁ヘ戻る。すぐ蒸発したから溺れてはいないはずだけれど――
「団長!」
見下ろすと、意識を失った団長が横たわっていた。




