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ヒトに恋した怪物たちへ  作者: キョウさん。
古き世界のハガネの乙女
15/17

七話~ぬめる奴らと深層領域~



 もう100匹はネズミを仕留めたころだろうか。


 しっぽを回収する袋もパンパンで、重くて持てなくなったシャルにかわって持ち手がノタルにバトンタッチをしたころだ。こうして害獣を駆除することは街の衛生や治安維持のために重要なのだが、ネズミなものでねずみ算式に増えていくものだから定期的に冒険者を派遣して勢いをへらすことはできても駆除には程遠いという。


 実際のところ、おいそれと出てこないようにする牽制の意味もあるらしいが。


 特に巨大なネズミであるから通常のネズミほど爆発的に繁殖力が高いわけではないのが救いだが、巨大ゆえに処分にはある程度の実力がいる、とりわけ黒死病なんて感染(うつ)されたらたまらないものだから毒消しの術師は必須だし、鋭い必殺前歯を持っているものだから当たりどころが悪ければ腕や指くらいなら切断も容易だろう。


「だから僕らみたいな、ある程度年季の入った冒険者が駆り出されるのさ。白金特級みたいなのは王都お抱えの世界最強だし金、銀等級はもっといい仕事がある、それこそドラゴン退治とか未踏査の遺跡探査とか……新人には荷が重いし、在野で後ろ盾もない、危険に飛び込んでくれるのは僕らみたいな(ハガネ)等級くらいってね」

「ぼーけんしゃにもえらーいヒトとそうじゃないヒトがいるんですか?」

「仕事を割り振るときにはもちろん職能による役割の割り振りが一番重要だけど、そこにおける強さや信頼の指標ってのが必要になるのさ。新入りは審査のあと(にかわ)等級を与えられて、採取とか雑用で下積みをしつつ現場に出る。膠、革、銅、青銅、…えーっと間にふたつくらい挟んで鉄、鋼、鋼鉄……なんだったかな、まあ在野での最上位は金の等級と思っていいよ、それ以上はお貴族様が箔をつけるためのお飾りか人類の救世主かさ」

「かわ、銅、鉄…えーっとえーっと」

「規則性があんまりわからないだろ?なんでも鎧の材質に使われるものの等級らしい、ちょっとちぐはぐなところもあるが……この等級になったら、最低限この装備をしろっていうところから始まったんじゃないかなって僕は思う、まあノタルみたいな重戦士とシャルみたいな斥候じゃあ装備の材質から違うんだけどね。ただ魔法の装備は別さ、ああいうものは元の材質を上回る」

「……アタシは工業には詳しくないケド、魔結晶を装備に吸わせて作るものだって聞いた。アタシが知る限りレールガンの電磁加速器に使ったり…」


 メディが横から言う、自分に自身のない分野に関してはいつもの、どことない説明口調ではなくちょっと知識を吸収したいという意思が透けて見えるような言い方だ。


「メディ殿は勉学に優れておるのでありますな!まあ我ら程度では生涯手に入るか怪しいですがなハハハ!!」

「ですねぇ~……エンチャント装備を作れる職人もお抱えが多いですし、私の教会にもマザーが式典用に本拠から与えられてるものしかありません。クズ魔結晶を使った魔道具みたいにありふれてくれれば私達もこんなに苦労しないで済むんですけどね~」

「ないもんはしゃあないだろしゃあない!本気で欲しかったら遺跡探索するなり一山当てて手に入れるなりしとけしとけ!」

「い、いたいですぅ…」


 ネズミのしっぽを入れた袋をノタルに渡したことで身軽になったシャルが、ナイフをくるくる回しながらジョアンナをはたく。シャルの綺麗な白の髪も下水道にあってはちょっと澱んだ見え方をしていたものだが、収穫が大きかったからなのかこころなし輝きを増しているようにレラには見えた。


「すきっとおるみたいに綺麗で、マナでピカピカ輝いてるでっかい魔結晶がそのへん転がってりゃ話は別だけどよ、あんなもん城が建つぜ。そんなもん使った鎧があったらレッド・ドラゴンのファイアブレスだってそよ風だろうし地上からモンスターは根絶できてるだろうさっての!」

「モンスターがいない世界、素晴らしいですね……いつか来ればいいのに」

「バッカお前、そしたらお前らどうおまんま食い上げんだ?あーいや、ジョアンナは倉庫整理してればいいや、冒険者廃業だぜ廃業、薬草拾いか戦争の道具に駆り出されるかそんなもんだろ、さあモンスター様に感謝して働け働け!!」

「ひぇ~~!」


 言い方が言い方だけに、シャルはジョアンナをいじめ抜いているように見えるがその実、本気でけしかけてるわけではないのが覇気からわかる。冒険者廃業と聞いてカチーノは、自分はそうだったら錬金術師を続けられたのかな、とこぼしていた。


「言いましてカチーノ殿の腕前はそれなりのもの、むしろモンスターが消え安全に採集が可能になった世界のほうが引く手数多(あまた)になるかもしれませんぞ?少なくとも下水に潜ってネズミ退治はないですなハハハ!!」

「ありがとうノタル、そういうノタルはどうなったと思う?」

「拙はそのときはそのときで、建設作業員でもしますかなハハハ!!食いっぱぐれはあるまいですしの!!」


「……モンスターのいない世界」


 話を聞いているうちに、レラがぼそりとこぼす。気付いたメディは何か声をかけようとしてやめた、モンスターのいない世界というものがまるで幸せな理想郷だと、そんな言い方をされているのだけは薄ら理解することができたからだ。


 二人で唯一違うのは、そこで聞けるかどうかだった。


「ね、シャルさん、モンスターって嫌われ者なんですなんです?」

「あ?お前田舎から来たってんならそれくらい普通だろ……海沿いか森近くかは知らねーけど……あー、さては辺境の都市とかだろ、守りの厚いとこならまああるか。お前ゴブリンとかオーガとか見たことないクチだろ?まあここらじゃ見ないけど、このへんじゃあシルバーファングってとこか」

「わぅ」


 自分の種族名を口に出され、ふと耳がぴんと立つ。

 お目々もまんまるで、どことなくせわしないのが傍目にわかった。


「なんだそれ、冒険者目指しに来たクチってんじゃないだろ犬耳の……まァ知らねーお前にもわかりやすく説明すると、世の人間の歴史ってのはモンスターとの争いの歴史だよ、土地に資源、えーっと食い物、それに災害とかもーだったよな、北方じゃあ四つ足の城みてーな亀が街を横切ったって話も聞くし」

「な、仲良くできたりしないの?」

「……探せばいるかもな、でもあたしは見たコトねえ、見たくもねえ……オーガなんか尚更な。モンスターが人を殺して人間がモンスターを殺す、モンスターは人間を食うし人間はモンスターから素材だのなんだのを得る、そんなもんだ、わかりあえっこねェよ」

「わ、わたしヒトと! …ヒトとわかりあえるシルバーファングを、見たこと、あります」

「……そっか」


 歩きながらぶっきらぼうに返すシャル、だが突然立ち止まると、振り返ってレラに目線を合わせた。


「お前のとき、お前のとこにはいたのかもしれねェ、でもな、あたしン時あたしンとこには来なかった……お前は魔獣崇拝者の連中みてーなんじゃねェってことはわかるけどよ、そういうの、あんま言うモンじゃねーぜ。この街じゃ、この世界にゃモンスターに親や子供、ダチに……自分だって目を覆うような目に遭わされた奴がゴロゴロしてんだ」

「………わぅ」

「わりぃわりぃ言い過ぎた、まあ昔いろいろあたしはな…そんな犬みたいな声出すなよ、誘ってんのか?帰ったらいいトコ連れてってやるからよ、今日はとりあえず仕事済まそうや、稼ぎ時を逃しちゃ人間一生貧乏暮らしだぜ」

「は、はいっ!」


 聞きたいことはいくつも残っていたが、ここで聞くほど野暮じゃないだろう。

 話を切り、話題はなんとない雑談に移る。やれ出店の串焼きの味が変わっただの、街の外の噂話だ、興味を引くほど自分たちは話題についていけないし、わかる範囲でも興味を引く話題はない。


 だがふと、気がかりになったメディが口を開いた。


「ところでシャル」

「ん?どした赤いの」

「……いいトコって?」

「歓楽街」


「歓楽街だよ」

「二度言わないでもわかる……アタシも、ついていくから」

「……? まあいいけどよ、さあ降りるぜ」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 


 現在PM14:12、補給したカロリーがいい感じに身体に廻りだす頃、ヒトの身体になってようやくわかったことと言えば…このくらいの時間になると、眠くなる。キカイの身体だったころはなかったけれど、ヒトの身体ゆえの血糖値の急激な乱高下…その症状……このまどろむ感覚は自身の活動に対する抵抗になりうる不快感と同時に、なんとも表現しがたい心地よさも与えてくれる。


 眠ればもっと気持ちいい、だから隙あらば寝てばかりだった研修医とか、夢に落ちている最中の患者達の気持ちが今ならわかる気がする……夢、アタシは夢を見るのかな、今はまだ何も見たことがない。


 キカイにも、夢を見ることができるのかな。


「メディちゃん?」


 言われてはっと頭を起こす、マシンのリブートやスリープからの立ち上げとは違い、すぐにさっと完全な状態にならないのがヒトの身体の不便なところだ。ちょっとやっぱり眠いみたい…だから(まなこ)をこすって、ぴょこんと視界にせり出してくる耳に目を向けた。


「……大丈夫、ちょっと眠くなって」

「午前中まるーっきりつかってお勉強覚えてきたんでしょ?メディちゃんまだ身体慣れてないんだから疲れてしょうがないよ、ほら、お手手つなご?どぼんしちゃったらお風呂じゃすまなくなるってレラおもいますわぅわぅ」

「ああなるほど……疲れてるんだアタシ」


 レラ、アタシを見つけてくれた子。

 見た目は13,14歳程度の小さい子で体格は自分が優れるし、恐らく頭脳面もアタシが優れている。とはいえヒトの身体を得て右も左もわからなくなっていたアタシを拾い上げて、見捨てておけないってある程度の常識を教えてくれた、もしアタシがあのまま世界に飛び出していたらこうしてヒトに馴染むことはできなかっただろう。


 自分ですらまだ世界に慣れていないのが見え見えなのに、それでもアタシを気遣ってくれる。


 メディカルユニットとして、ヒトに尽くすようアタシは造られている……だからかな、自分もどうしても放っておけなくなって、アタシはレラを見て、見られて、その関係を続けることになった。見知らぬ世界に放り出されて、持っていないはずのものを与えられて、それに戸惑って。


そんなうちに心の奥から染み出してきたこのもやもやの正体を確かめたかったのかもしれない……確かめるべきだ、でも研究は、科学は急ぐものじゃない。


 ゆっくりと、確かに萌芽していくものなんだ。


「っあーっ!こんだけ血ナマ臭いとこで生臭いことやってんのに眠いたぁ度胸あんな赤いの!お前天職は冒険者かもしれないぜ!?あーっしゃあないなー、お前らこのへんにして引き上げるぞ、最後にあそこだけ見せてなーっ」

「……毎日血に濡れてた時期はあった」

「お前ホントになにもんだよ…」

「医療従事者」

「はいはい」


 最後の方の記憶は曖昧だけど、アタシの記憶に残る医療の現場は確かに存在していた。

 結局自分が何が原因であそこに眠り、何のためにあそこで目覚めたのか…しかもこの姿で。それはまだ何もわからないから、この街での目標はそれにしよう、最優先目標はいつでもただひとつだから小目標に組み入れて、アタシはレラと手をつないだ。


「わぅわぅ!」

「…ところで、あそこって?」

「ついてくりゃわかる、ほーら見えてきた、落ちるなよ仲良しさん」


 狭い下水道の道をシスター・シャルに続いて進んでいくと、大きな広間に出る。

 水の流れる広間だ、大きな橋がかかっていてその下をまた大きな川……下水が流れてて、どことも知らない場所にまた水が流れていくのが音でわかる、すごい深くて遠い、これだけの水量を地下に流してどこへ循環させるんだろうか。


 ゴミの類が見えなくなっているからきっと、この上層のどこかでフィルターが機能してるんだろう、そうなるとこれはどこに、あちらは……ふと気がつけば分析欲求から欄干から身を乗り出しそうになって、レラが危うく落ちそうになっていた、ごめんね。


「お”ち”る”う”う”う”う”」

「レラ!一体……」

「お前だよお前!!ノタル引き上げてやれ! ……下水の何がそんなに楽しいんだかあたしにゃわからん」

「ハハハ!メディ殿は興味を持つと止まらなくなる人間なのですなあ」

「……そうかも」


 人間、という言葉だけどうしても引っかかったけど、かつてのキカイであった頃のアタシと同様成分分析とか、病状把握とか、そういうのを率先してしたがる性格になっているんだなっていうのはわかる。あの頃はココロなんていう不定形なものはなかったからまだ把握しきれていないけれど、あの時のキカイとしての特性が心に、身体になっているんだ。


 何がアタシ達をこうしたんだろう。

 考えようとしていたらまたレラに腕を引かれて、いつのまにか橋を渡りきっていた。


 ……シャル、見せたいものってこの壊れた扉?


「シャルさんシャルさん、見せたいものってこの壊れた扉ですー?」


 レラが心の言葉を言ってくれた、大きな耳もあるし心の声が届くのかもしれない。

 らじおたいそーだいいち、いっちに、さんしっ。


「ごーろく……わぅ?」

「……尋常じゃないねシャル、僕たちが前に来た時はここは頑丈に施錠されていたはずだ。誰かまた挑戦しに行ったとか?」

「ばっきゃろこんな!!こんな”溶かす”壊し方できる人間がいるかばっきゃろ!!なんかヤッベーのが出てきた以外にねーよ!!あーくそっ……またマザーのババアに書く報告書が増えるあーっめんどくせえーっ……」

「あ、あの」


 アタシも聞きたい、レラかわりにおねがい。

 まいはーとりーでぃんぐ。


「ここはなんなんです?わぅ」

「こちらですね、深層、ってさっき言ったところなんですよ~レラちゃん。行って帰ってきた人のいないって言われてる下水遺跡の深層領域、財宝があるって昔言われてましたけど、誰も帰ってこないから恐ろしいモンスターがいるんじゃないかってことで……」

「封印されてたんですな!はっはっは!」

「あ~んわたしのセリフ~!」

「……封印」


 シャル、ノタル、カチーノにジョアンナ、みんなのメンタルコンディションが低下し、心拍数が上がったことを検出するとアタシは状況が少なからず危険な領域に入ったことを肌で感じる。肌で感じる、なんて流暢な言語が使えるくらい自分はこの状況に慣れつつある事実になんとも頭を抱えつつもアタシは、サーモグラフィーを起動して通路の奥を見た。


 ……ひとつ、大きいのがいる。


「……熱源、奥から来る」

「ッ! カチーノ!!先手ぶちかませっ!!」

「わかった!!”盛る炎のたいまつよ、弾けて我が敵を討て”! ―――”ファイアボール”」

「全員目ェかっぽじって見とけ!!これでダメなら全力で逃げんぞ!!」


 シャルの指示でカチーノがファイアボールを放つ、エネルギー変換が非効率的に行われているのはそっとしておいて、即座に決断し即座に対応するというのはシスター・シャルの能力の高さとこのチームの信頼を示していた。


 ―――でも。


「撤収!!!」

「シャル殿はいつも決断が素早いですな!!」

「ばっきゃろファイアボールでかすり傷のヤツなんか相手にしてられっか!!あれが何か知らねーけどここでドロドロのグツグツになる人生なんか歩む気はねーってんだこんにゃろ!!お前らも来い!!」

「……僕、結構力入れてたんだけどな!」


 赤い光弾が溶けた扉を素通りし、向こうからゆっくりと姿を表してくるその存在に炸裂する。狭い道なのもあって爆煙は飛び出してきそうな勢いだった、でもその向こうから――― 巨大な、”ナメクジ”。それが地面の表面を液化させながら姿を表してくるのを見て、シャルは真っ先に飛び出して逃げ出した。


 ……でもひとつだけ気がかりなことがあった。


「シャルさん、もどって!!」

「っッ!!」


 鉄扉が”開けられている”んだ、それはつまり。


「挟まれたっ!!」

「冗談じゃないぞッ!!」

「ややこれは……命の張り時でしょうかな」



 ”下水ナメクジ”は”二匹”いる!




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 この大広間は大きな橋で渡されていて、その両端に上層へ続く道と深層への扉を構えている。


 つまり両端が封鎖されればその時点で、この橋だけが戦場になるのだ、その”下水ナメクジ”は少なくとも、シャルのスピードをもってしてもなお脇を抜けられないと思えるほど大きく、そして周囲を液化させてゆっくりのったりと歩いていた。


「動きが鈍いのなら、あたしのスピードで撹乱して…!」

「危ないっシャル!!」

「“不可視の護りをもって阻め壁”! ―――プロテクション」


 シャルが下水ナメクジに相対した瞬間、隠れていた口から液が浴びせかけられる。

 だがすんでのところでジョアンナが不可視の壁を展開し、それに阻まれた液――― 床にのそっと落ちたことで溶解液だとわかったそれは、もう一方からも浴びせかけられた。


「“プロテクション”!!」


 再びプロテクションを発動したジョアンナによって阻まれ双方からの攻撃は止まるが、かといってここにゆっくりとしていられまい、下水ナメクジそのものに溶解能力があるのならいずれ、囲まれた時が死に時だろう、壁も溶解液の継続的なダメージを止め続けるには心もとなく少しずつ薄くなっていく。


「あーっくそっ!あたしは抜けられてもお前らが抜けられねえ!!ああくそっ……!」

「拙がなんとか時間を稼ぎまする!皆様方は脱出を……」

「僕はいけてもジョアンナが抜けられない……どうしたら」


 窮地、とはこのことだろう。未知の敵、未知の攻撃、挟撃、絶体絶命だ。

 魔法というものは強力で、壁は何度か展開し継続することができたがしかし、ジョアンナの呼吸が少しずつ荒くなっていることがその制限の存在を示していた。


「じょ、ジョアンナさんっ、大丈夫です!?」

精神疲労(マインドダウン)寸前だっ、くそっ、泣き虫ジョアのくせにカッコいいとこ見せやがって…!」


 仲間の窮地で、自身達を守ってこの姿になっているのだ、それは悔しかろう。

 だがシャルの欠点はその短絡さ、情の厚さだった、ずっと任せっぱなしではいられないと飛び出し、”下水ナメクジ”を撹乱しようと動き出したのだ、のっそりと動き回る巨体はとても緩やかで、しかし溶解された地面がその範囲を広げている。


 ブーツで踏めば当然溶けるだろう、それ溶けた。

 だがシャルはナイフを投擲しつつ走り抜け、その裏側へ―――



「そんなのッ!ありかよッ!!」


 瞬間、”叩きつけられる”。


 走り抜けていたシャルの身体が跳ね飛ばされ、肺から急速に空気が抜けてくと同時、溶解した地面が彼女の背を焼くのだ、立ち上がるには手を付き、そして手のひらも焼ける。肌が焦げるさまに彼女は甲高いうめき声をあげた。


 しかし、そんなものを待つ”敵”などいるものか。


「――――ッ!!」

「シャル殿!!」


 ノタルが走り出し、カチーノが詠唱する。

 迫る触手は鞭のようにしなり、その顔を打ち据えようというのだ、ああなんと残酷か。


 されどその巨体の疾走と言葉をつむぐ速度がどれほど早いだろうか、()のナメクジの背から伸びた触手を振る速度より早いか? ……それはないだろう、触手はよろよろと立ち上がったシャルに向け振るわれ――― そして。


 

 それより”疾く”、それより”鋭く”。


「あつまれっ!!マナっ!!」


 飛び込んだレラが放出した”マナの鉤爪”によって切り裂かれた。

 続く溶解液も実体を持たないマナのそれだからこそ薙ぎ払え、レラは服の端だけがちょっと溶けたのを感じるまもなく、正面の敵に相対するのだ。彼女のヒトを愛する、その心のままに、身体から青白い覇気を立ち上らせ鉤爪として顕現させた。


 その姿は、その背は――― 荒れ狂う白狼のようであったと、誰もが言おう。


「ふーっ、フーッ……」

「犬耳、お前…!」

「シャルさんはやらせない!わたしがやるっ!!」


「……なら、アタシも」


 忘れてはならないのがその背だ、不可視の壁が切れかかり既にすぐそこまでもう一方の下水ナメクジが到達しようとしていた。


 ノタルが立ちふさがろうと、プロテクションの壁を越えようとする。その瞬間、その足踏みを手で制された、彼より体格も、力も、何もかも”戦闘”という点では劣るメディが前に出たのだ、そして後ろをそっと振り返ると、カチーノを一瞬探して目を合わせた。


「カチーノ、熱系の魔法が使えるなら……水をお願い」

「み、水?」

「アタシとこのナメクジ一帯にばら撒いて、ジョアンナ、プロテクション、もう一回いける?」

「ふぁ、ふぁい…!もう一回だけならいけましゅ…!」

「メディ殿、メディ殿は治療術師(ヒーラー)、囮としても男が廃りますとも!」


「……囮になんて、ならない」


 言い切り、言い切ったことでノタルの身体を制し彼女は前に出る。

 不可視の壁の前だ、防ぐものはなくなり、目の前に”下水ナメクジ”が迫っている。


 瞬間、上から水が浴びせられた。雨だ、小規模な雨の魔法が彼女達を包み、プロテクションを傘としてその場所に境界を作り上げた。髪が濡れ、貼り付き、戦いの中にあって扇情的なフォルムをメディ・オルトという女性に形作っている。


 新たに作られたプロテクションがその姿に、わずかにガラス越しのような雰囲気を与えた。


「……医療従事者として、自殺はなによりも忌避すべきもの」

「メディ、何を……」


「“ショックアブソーバー”」


 カチーノが言い切る前にメディが言い切る。


 力強い宣言のあと、メディのブーツからせり出た針が地面へと刺さった。

 ふと後ろを振り返ったレラが、同じように振り返ったメディと目が合う。


 瞬間、双方が――― 動いた。



「な、なんだぁーっ!?」

「まぶしいですっ!!」


 閃光、雷撃、轟音。


 かつては全能の神が地上に叩きつけていた力だ、雷の力はメディから濡れた地面を伝うと容赦なく下水ナメクジに降りかかり、その身を凶悪な臭いとともに蒸発させていく。ショックアブソーバーの電撃が襲いかかり、やがて、若干の焦げ臭さとともに下水ナメクジは”焼け落ちた”。


「……ノタル!!」

「メディ殿!?一体何を……」

「叩き潰して!アタシのショックアブソーバーは……”護身用”だから殺せない」

「…任された!」


 ノタルの目が下水ナメクジを捉え、その様子からわずかに生命活動を継続していることがわかる。ノタルはその土手っ腹、腹と言えるのだろうか、な場所に懇親の一撃を何度も加え続けやがて――― その活動は、完全に停止した。


 片や未知の存在が、死に至ったのだ。

 だから片やも倒せる、そう間違いなく全員が振り返った。



「はぁぁー……」


 イメージ、イメージだ、イメージが刃となる。

 より刃に近く、殴ってもこの化け物は簡単には死ぬまい、切り裂くイメージを込めるのだ。


 延ばし、鋭く、しなやかに、思い描く武器を現出させる。

 狼の武器、そのひとつを。



「犬耳の、お前……」

「説明はあとでっ! …メディちゃん!!」

「……?」


 切羽詰まった表情で助けを求める顔だ。

 メディは自身が必要にされているのだろうと、小走りにレラに近づき。


「……わたしも必殺技(マナの爪)の名前、あったほうがいいかな!?」


 盛大にずっこけた。

 ちょっと擦りむいた。


「……思い描いたとおりにするといいと、思う」

「わかった!わたしの武器!わたしの……! ―――しっぽ!」


 瞬間、レラが身体を大きくぐるりと回す。するとその背後から現れたのは青白い、オーラをまとった尻尾だ、しなやかに鞭のような大きな刃となって襲いかかる”魔力の尻尾(マジックテイル)”は、下水ナメクジの抵抗を、触手をいともたやすくスッパリと切り裂いて一閃される。


「名付けて”まじっくている”!!」

「……テイルだと意味が違う」

「うぅ、わぅわぅ」


 彼女の思い描く”カッコいいポーズ”なんだろう、びしっと親指を立て、顔の前で決めポーズ。一瞬誰もがあっけにとられていたがしかし、その背後でびしゃり、と下水ナメクジが切断され二等分され、上半分が橋を落ち下水の中へと消えていったのを確認しすぐ、あるひとつの感情が場を支配した。


 敵の死体、生きる自分、静寂。


 ―――それすなわち、勝利である。


「―――いやったッ!!犬耳!おっ前やりゃできんじゃねーかよ!おらおら!!」

「驚いた……あんなに高濃度のマナは見たことがない、……魔法戦士だったんだね」

「えっえっ、あぅわぅ…は、はいそんな…!」


 カチーノに頭に手を置かれ、シャルに抱きつかれもみくちゃにされる。

 一方のメディはというとジョアンナとノタルに絡まれているようで、救いの視線はそっとそらされた。


「メディ殿も破壊魔術が使えるんでありますなあ……しかも近距離で機能すると見た、ハハハ戦士にとっては恐ろしいですな!」

「すごいです!プロテクションが破れそうでしたもん~!あの魔法はなんですか?」

「……ショックアブソーバー、護身用」

「またまたメディ殿、あれほどの威力を護身用とご謙遜なさってはカチーノ殿も…」

「…レラたすけて」



 メディからの視線がとんでくる、へっへっ君みたいなうらぎりものは無視だわうわぅ。

 あっごめんイヤな顔しないで、わたしがんばるから、でも助けられないのごめんねわたしもこれなの。


 メディへかなしみの視線を送りながら、ボロボロになった橋の上でレラは耳をぴこぴこと動かした……伝わらなかった。



(´・ω・`)ピクミンのあいつ

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