四話~神と天使とタバコの火~
「……今日はもうおわり」
「ふらふらだよぉ~、メディちゃんはりきるんだから」
「二人のおかげで今日はとっても捗ったわぁ~!これだけの善行、天使さまも見てくださっていますよ…!」
空腹が限度を迎えて、これ以上の活動は厳しくなった。
怪我人の治療はメディカルユニットとして最優先すべき事項だけど、肝心のアタシが倒れたらすべてがおじゃんだ、今はエネルギー供給を……食事をしっかりして、休息もとらないとやっていけない。リカバリーバイザーはアタシに元来搭載されていた機能だけに、後付けで搭載されたリペアバイザーやショックアブゾーバーに比べると消耗が非常に少ないのが利点だ。
とはいえ集中力を続けるにはかなりの体力がいる……こういうとき適切な…なんだっけ、あれ。
……おなかがすくと思考がまばらになる、学習した。食事というものは不便だ、手間がかかるしなにより、動力炉からエネルギーを自動供給していたアタシにとっては定期的に不足が起こるということ自体が嘆かわしい。
でも摂らないと動けない…。
「……食事を摂りたいし、情報収集にも移りたいし、なにより仕事を探しに行きたい。
マザー、今日はここでアタシ達は失礼する」
「わたし達ここにきたばかりでお仕事とかまだなくって…うへへ…」
「あらあら、それは大変ねえ……お若いのにご立派で……」
マザー・オーキスは白髪で鼻の大きい老婆だ、腰が折れていて相当な齢を重ねていることがわかる……目測70歳以上、呼吸の状態から肺に何らかの疾病の可能性あり。
アタシ達は行かなければならないけど、手をすりながらこちらを見上げるマザーの表情の動きはアタシ達との別れを……”惜しい”と思っている、ハズ。それも利益的な方面で。表情筋や目、各部のスキャン機能もALT-02にもともと搭載されていたもので、専ら健康診断や心理状態の把握に使われていたものだ。
教会という組織はアタシの時代にはもう形骸化していたものだけど、昔から所属者の生活は決していいものとは言えなかった……なのに、マザーの服装の汚れや建物の補修具合を見る限り今はそうではないらしい。
かつても中世には教会が権威を握り絢爛豪華な生活をしていたというし、時代の逆行?
……やっぱり、学習が必要。本が読みたい。
「メディさんは回復の術が使えるからどこへ行っても引く手あまたそうねえ……今だって何時間も術を維持してたし、才能があるのねえ。私も昔は結構ならしたけれど、あそこまでずっと使うことはできなかったわ、一時間もやったら疲れてヘトヘト……将来有望ねえ」
「本来手術補助においてメディカルユニットは数十時間の連続稼働を前提に作られている、3時間半程度でパワーダウンを起こすのはかえって不名誉」
「え、えーと……難しい、言葉を使うのねぇ…?」
マザーの言葉を聞いてはっとする。
時代が違うなら当然、言葉の意味にも違いが出るだろう、けど問題として、アタシはこの時代における常識が疎い。どういった”言葉選び”をすればいいかがまだ適切に選択できない、学習が足りていない。
わかりやすく説明しようとして、首をかしげて。
そうしているとレラが横から割って入った。
「おなかがすかなければもっとすごいすごーいことがメディちゃんはできるってことだよ!」
「あら、そうなの?素晴らしいわねえ……教会では回復の施しもしているけれど手が足りてなくてねえ、でもメディちゃんみたいな娘がいたらすぐ解決しそうねぇ」
わかりやすい例え、この点では現地での活動時間が長いレラには及ばない。
ただ会話してて、知能指数が平均よりやや下なのはわかるケド。
…アタシがいたら教会の問題が解決する、能力の評価にプラス修正…。
マザーが笑いながらこちらを見てくる、言葉の裏に何かの意図がある?
「きょーかいもお仕事があるんですか?わぅわぅ」
「そうねえ、毎日天使さまに祈って、祈りに来る人たちを迎えて……貧しき者には施しをし、病める者には癒やしを与え救いをもたらす、そんな場所であれることを願っているわ。もちろん都長からの補助や寄進に頼っているところはあるから贅沢はいえないけど」
「ふわぁ……立派です、ご立派です!レラもヒトの役にたちたい!」
「あら教会は常に人手を募集しているわよ?…少しだけどお給金も出るわ」
頭を撫でられて尻尾を振り回すレラ、ほんとに犬みたい。
狼も犬科の生き物だしまあ、似たようなものだケド。
……教会、か。
信心があるわけじゃないけど、生活基盤を整えるにもいいかもしれない。大規模な組織の庇護下に入るのも決して悪い選択ではない。彼らがアタシ達を欲しがってアタシ達も欲しいものがある、お互いを満たせるなら非常に合理的だと、思う。
思い切って進言してみよう。
「……アタシ達が欲しい?」
「め、メディちゃんそれどういう」
「能力を活かせる地盤は必要、アタシなら役に立てる。
そして教会であるなら男手はほぼないはず、パワーのあるレラも役に立つ。
アタシ達は生活基盤を、教会は能のある人手を手に入れられる」
「あらあら……きっぱり言うのねえ」
「持ちうるものを示す場合において、謙遜は説明をややこしくする」
多少の謙遜は相手を立てる要素になるし謙遜が美徳になる文化もあったみたいだけど、アタシの人格形成のもとになったAIは合理的になるよう設計されている。不明点をはぐらかしたりせずできる限り事実を述べるのは性格ではない、そういうものなの。
マザーの表情を読み取ると、笑顔の裏に隠しきれない喜びを隠していた。
ちょっとだけまだ読み取れないものもあるケド、それは昔から同じこと、キカイも完璧じゃない。
「まぁまぁ、おばば達としては元気な若い子が働きに来てくれるととっても助かるねえ……教会で暮らすのは男子禁制だから、力持ちな女の子がいてくれると本当に助かるよ。…でも本当にいいのかしら?お二人にならもっとお給料のもらえる仕事を紹介しても……」
「わたしはだいじょうぶ!それにきょーかいのヒトにも聞きたいことがあったし!」
「あらあら」
「組織の庇護下に入ればここにおいて活動しやすくなる。それに治療行為も」
「……なるほど、じゃあお願いしようかしら…!詳しい説明は中でするからね、さ、入って入って!」
「おじゃまします!」
「…おじゃまします」
もらったパンをくわえながら大扉を開けて教会へと踏み入る。
広がっていたのは整然としてなお、豪奢さを失わない空間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
きょーかい、教会っていうのがどういう場所かあんまりよくわからないまま二つ返事をしちゃったけど、一歩そこに足を踏み入れちゃったとたん、すぐにわかった。
ひろーく奥行きのあるまっしろな空間にながーい椅子がいっぱい並べられてて、いちばん奥には金の像が羽根をひろげて、わたし達にようこそ来たわね、って言ってくれてるみたいに立ってた。マザーに聞いてみたら、あれが”天使さま”なんだって。
ながーい髪と、ゆったりな服と、背中に羽根と、頭に……輪っか。メディちゃんは”よく似てる”って言ってた、本物の天使さまを見たことがあるのかな。
「データ上でなら閲覧できる」
「そうねぇ、私みたいなおばばでも会えたことはないわねぇ……でもあの像にお宿りになられているのよ」
「ふぇっ、じゃあいま見られているってことですかわぅわぅ…」
金の像の天使さまは首をちょっとかしげたままずっと笑っている。よかった、悪いことしてなかった…でも、はじめて会ったヒトにはあいさつしないと嫌われちゃうよね、ぱたぱた走っていって、めのまえに立つ。まわりのヒトたちがこっちを見ていた。
「こ、こんにちはっ!」
「あらまあレラさん、あらあらもう」
まわりのひとにぺこりと頭を下げたら、向き直ってふかーくおじぎをしてご挨拶。
天使さま、ここでこれからしばらくお世話になるからよろしくおねがいします。
………あれお返事がない、首かしげちゃう。
「天使さまはね、簡単には私達人間とお話はされないのよ。
でも本当に心から信じてればいつかお救いくださるのよ?
天に心着なく召されるように、私達は祈るの」
「む、無視されたんじゃないんですね!よかったわぅわぅ」
「構成要素……銅と金メッキ…」
「とかく、教会へようこそレラさん、メディさん。お祈りの作法はご存知かしら?」
「おいのり?」
こうやるのよ、ってマザーさんが両手を合わせて目をつむり、天使さま像を向く。
メディちゃんはどこ吹く風って感じだったけど、わたしはマザーにならって”おいのり”をしてみた。
「全能にして我らを救い給いし天使達よ、我らを生かし給うた恩義にこの身を捧げます…」
「ぜんのーなる我らを掬い…天使さまよ、わたし達をえーっとえーっと」
「大丈夫よ、少しずつ覚えていけばいいから」
「うへへぇ」
えらいえらいって撫でてくれた、天使さまにお祈りしてるマザーさんがこんなにいいヒトなら、天使さまはきっとすっごーくいいヒトなんだ。
そうしていると、マザーさんがメディちゃんに首をかしげて話しかけた。メディちゃんは天使さまの像を見ながらぶつぶつとつぶやいていて、最初マザーさんの声が聞こえてなかったみたいだけどすぐ、あっ、って気づいて謝った。
「ああ、ごめんなさい。少し考え事してて」
「天使さまを見て考え事なんて、お祈りを捧げれば天使さまが導いてくれるかもしれないわよ?」
「……今の時代に神様はいないの?」
「カミ…さま?」
マザーさんが首をかしげて、あら…まぁ…ってうなりだす。
「それにしても”時代”なんて、まるでずいぶんと長生きしてるみたいな言い方ねえ」
「アタシはそも…」
「め、メディちゃんは歴史についてすっごい物知りなんですっ!!」
「あら回復術だけじゃなく歴史学も?それはまた、教会にはもってこいの娘ねえ…!」
でしょでしょ、あぶなかった。おじいちゃんとの約束ひとつ、自分の正体はうかつにばらさないこと!わたしとおじいちゃんとの約束だけど、でもメディちゃんもわたしと同じ……えーっと”アニマ”なんだから、守っていいはず。
マザーさんも納得してくれたみたいで深くは聞いてこなくって、でもそれから、ちょっとだけ目を細めて天使さまの像を見つめた。
「……ここだけの話ね、天使さまってほんとうに”伝説”なのねぇ」
「おじいちゃんから聞きました!」
「そうじゃなくってねぇ、天使さまの資料って本当に少ないのよ。それこそ発祥があんまりよくわかってないくらいに……だから分派もいくつかあるし、昔は争いも絶えなかったみたいね。いまでこそ私達の聖天使教会が覇権を握ったけれど、昔はそれこそねぇ……”カルト”みたいなのがあふれてたみたいよ」
「かると」
「少数の熱烈な信奉者…転じて悪しき集団、反社会的団体であることを明確にするために用いられる俗語。おおむね危ない宗教、と見ておけばだいたいあってる、って辞書に書いてあった」
「ふぁえー……」
周りをみると、落ち着いてお祈りをしてるヒトや、マザーと同じ白地のゆったりとした制服を着てお仕事をしずかーにしてるヒトたちばかりが教会のなかにいる。それをみているととても危なさは感じなかった、”かると”ってなんだろう、どういうことするのかな、火をつけたりひゃっはー!ってするのかな。
「まぁ、このあたりにしておきましょうか…!お二人の部屋に案内するわ、言い忘れてたけれど……ここでは共同生活で起きる時間も寝る時間も一緒だから、そこだけは大丈夫?お寝坊さんだったりしないかしら…?」
「わたしは日の出といっしょに起きるからだいじょうぶ!」
「……アタシの始業は9時から…」
「ちょっとのびてない!?わたしが起こすからだいじょうぶ!」
「えっ」
不服そうな顔で『てーけつあつで…』ってぶつぶつ言い出すメディちゃんの手を引いて、マザーさんについていく。途中で”しすたー”さん達にお辞儀を右へ左へしながら奥へ奥へと進んでいくと、お部屋が並んでいる中の一番奥、使われてないらしいお部屋の前にたどりついた。
奥だからか窓がすぐのところにあって、外からちらちら中を見てくるヒトたちがいる。わたしも珍しいんだろう視線のほとんどはメディちゃんだ、やっぱりメディちゃんすっごく珍しい格好だもんね。
でもマザーさんが窓の外を見てにっこり微笑むと、そのヒトたちは愛想笑いをして逃げてった。
「お二人にはこの空き部屋を使ってもらうわぁ、もともと二人部屋だったからちょうどいいと思うのね」
「ありがとうございます!」
「……ありがとう、マザー」
「どういたしまして…!ちょっとほこりっぽいかもだけどお掃除道具は入り口の方にあるから好きに使ってね」
白地の壁にちょっとくすんだ木づくりの扉のコントラストが隔ててる。
ここから、わたし達の新しい生活が始まるんだ、って言っても少しだけだけど。
わたしは傘のヒトをみつけたいし、メディちゃんのこともあるしね。頭をぐるぐるさせてたらマザーさんがまた、わたしを見て笑って撫でてくれた、いいヒトだ。わたしはお礼を言ったあと、扉のノブに手をかけた。
ちょっと古めかしい、木目を感じるノブだった。
「おじゃまします!」
「……誰も…あ、おじゃまします」
「元気がいいわねえ、それじゃ私はこれで……あら」
おじゃまします。
ギギギ、って音が響いて、扉が開く。
わたしが元気よく扉をあけてホコリが舞い散ったそのむこう。みんなが咳をごほごほとするものだからちょっとうるさく廊下にひびいて、でも少し経てばホコリは床に戻って、でも確かにわたしは聞いたんだ。
咳の数、4つあったって。
「……だれ?」
「……げっ」
わたし達が使うはずだったベッドのひとつ、そこに腰掛けてる誰かがいる。
フードをぬいで、でもシスターの服を着て、まっしろな髪と赤い目をした女のヒト。
顔立ちは幼い感じで、髪は肩口くらいで切りそろえてて、シスターさんのひとりだ、きっと。あわわわってすごいあわててて、周りを見てあけっぱなしの窓を見て、こっちを見てにっこり笑って、ちょっとあわてたふつうのヒトって感じ。
……手に、火のついた”たばこ”を持っているのだけ除けば。
「……マザー、これには訳があってッスね」
「シャル、今度サボったら折檻だって言われてたわよねぇ…」
「お、おゆるしくだせえマザーさまぁ!」
「え、えーっとえーっと」
なにがおこっているのかわからない。
メディちゃんは火のついたままのタバコの煙がイヤなのか、ちょっと後ろに下がった。
「駄目ですシャル、罰はしっかりと与えるのが定めですから…煙草も、シスターにあるまじき」
「は、破門はお許しぃ!」
「……そこまではしませんよ、だから…」
マザーさんはわたし達に向き直ると、シャルさんににっこり笑う。
お互いに首をかしげて、わたし達はあたまの上にはてなが一瞬浮かんでいた。
「……この娘たちの面倒を見ることを任命します」
「……えっ」
えっ。
「……えっ?」
シャルさんとわたしと、二人の声が重なった。
(´・ω・`)わるいこはいねが




