番外編:異世界の草むらと、最後の文明(1)
王宮を追放され、レオンさんに拾われてから初めての野宿。
アースドラゴンの肉は最高に美味しかったけれど、食後に訪れた
生理的な限界が、暗い森の中で僕を極限まで追い詰めていた。
「あの、レオンさん。トイレって、どうすればいいんですか?」
焚き火を片付けるレオンさんは、面倒そうに背後の草むらを指差した。
「そこらへんで済ませてこい。まさか手伝いが必要なわけじゃないだろ」
「……。あの、トイレットペーパーって、ないんですか?」
僕の切実な問いに、レオンさんは心底呆れたように溜息をついた。
「紙か。そんな貴重品、王族でもなきゃ常用しねえよ。
そこらの葉っぱか、滑らかな石でも拾って使え」
「は、葉っぱ!? 石ぃ!? 石は柔らかくないですよ!」
現代日本の文明に甘やかされていた僕の肛門が、恐怖に震える。
「無理だよ! そんな硬いの、お尻がズタズタになっちゃうよ!」
「やかましい。嫌なら魔法で汚れを飛ばせ。それができないなら、
諦めて慣れるしかない。ここはそういう世界だ。……さっさと行け」
レオンさんは淡々と現実を突きつけ、薪を焚き火にくべた。
僕は絶望の淵に立ち、泣きながら暗い草むらへと足を踏み入れた。
「……。ううっ、……神様、……助けて……っ」
その時、指先がズボンのポケットで、乾いたビニールの音を捉えた。
震える手で取り出すと、そこには駅前でもらった広告入りの袋。
「……。……。ポケットティッシュ……?」
入れたまま、完全に忘れていた。僕は月光の下で中身を確認した。
「……。一、二、三……。……。あと、六枚しかない」
たった六枚。一回に一枚。……。慎重に、大事に使わなきゃ。
この六回分が尽きた時、僕の文明人としての尊厳は終わる。
「……。大事に……本当に、大事に使わないと……っ」
僕は涙を流しながら、その宝物のような紙を一枚、指先で震えながら
引き抜いた。……。たった一枚の紙が、今の僕にとっては、
王宮の財宝よりも、どんな伝説の武器よりも輝いて見えた。




