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第17話:最強の装備

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。武国に向かう途中で捕まってしまった。現在寂しい中。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


夕霧 / 紫にも見える黒のツインテール。髪色と同じ黒と紫基調の忍者服風の着物。踊り子の母を持つ。忍び、乱波で支配者に対してちょっとサディスティック。


クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。武国編では王国再編が忙しく、連絡と補助中心。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 魔力の燭台が青白い光を落としている。


 ダンジョンのとある一室。


 その中央に、派手な柄のトランクス一丁の男。


「な、なんだここは……! さっきと話が違うぞ! 退避場所じゃないのか!?」


 ギルモアが立ち上がろうとして、床の冷たさに足を縮める。


「違いませんよ」


 私は入り口に立ち、外套を脱いだ。


「ここはダンジョンルーム、外界から完全に切り離された空間です。あなたの望み通りの場所だ」


「嘘をつくな! こんな牢獄のどこが退避場所だ! オレを騙したな!!」


「騙してはいません」


 私はギルモアの前に歩み出た。


「それに……お望みでしたらもっと堅牢な装備を……与えることもできます」


「なんだと!? わかっているなぁ! ガハハハ!」


「ただ、条件があります」


 ギルモアの笑い声が止んだ。


「……条件?」


「願え。神を捨て、自らの欲望に従え」


 私は静かに続けた。


「あなたは今、何が欲しい。本当に、心の底から」



          ◇



 エイレンが私の右隣に立った。


 ギルモアを見て、眉をひそめる。


「主。このような見苦しいもの、己がここで斬り捨てても構わんが」


「……無駄」


 離れた壁際で扇子を弄りながら、リュシエルが冷たく言い放った。


「貴様らっ——!」


 ギルモアが吠えかけて、しかし私の目を見て口をつぐんだ。


「願え……欲望だと?」


 ギルモアがゆっくりと周囲を見渡した。


 逃げ場はない。


 武器もない。


 鎧もない。


 頼れる私兵も、積み上げた権威も、ここには何もない。


「そんなもの決まっている……」


 寒さに肌が粟立ち、恥ずかしさに顔が歪む。


 やがて彼の目に、別の色が宿った。


「神などいらん」


 絞り出すような声だった。


「オレはもう……誰にも傷つけられたくない。誰もオレを笑えない、誰もオレを傷つけられない、絶対に安全な……最強で最高で最硬の存在になりたいんだぁぁ!!」


 ——契約完了(ディール)


 叫び声がダンジョンに反響し、消えた。


 そして、沈黙。


「……哀れ」


 リュシエルが扇子を閉じた。


          ◇


「契約、成立です」


 ノクスが淡々と宣告した。


「な、なんだ!? なんか変な感じがするぞ!!」


 ダンジョンの魔力がギルモアを包み込み始めた。


 青白い光が床から立ち昇り、彼の足元から這い上がっていく。


 ギルモアが両手を見下ろした。


 手先から次々……ギルモアの身体が金属質のなにかでコーティングされていく。


「よし! よし! そうだ! それでいい!」


「欲望通りです」


 私は静かに答えた。


「誰にも傷つけられない、絶対に安全な最強の殻。あなたが望んだものだ」


「そうだ! そうだ! ガハハハァ!?」


 コーティングは身体を覆うだけでなく、さらに何層も重ねられていく。


 シュポ!


 足が金属で覆われ、ギルモアは顔の出た雪玉のようになっていく。


「あっ!? なんだこれは!?」

 

 どんどんと顔の方に金属質は侵食していく。


 金属質のなにかが全身を覆い、つるりとした球体へと変貌していく。


「や、やめろ! やめてくれぇ! オレはこんなのを望んでいたわけじゃあぁ——!!」


 最後の叫び声が、静かに内側へと閉じ込められ、



          ◇



 ゴロッ、という音を立てて、銀色の球体が石床に転がった。


 直径およそ二メートル。


 どこからどう見ても、ただの金属の球だ。しかしその内側で、意識だけが生き続けている。


 エイレンが歩み寄り、軍靴の爪先で軽く蹴った。


 カチンッ。


「……硬いな」


 エイレンが腕を組んだ。


「だが、切れなくはない。ちょうどいい硬さだ」


「……そう」


 リュシエルが近づき、扇子で球体をつついた。


「傷つくのが怖いから丸まるなんて……虫と同じ。……呆れて言葉も出ない」


「虫には少々失礼では」


 ノクスが書板に記録しながら、静かに言い添えた。


「虫は生態系に貢献しておりますので」


「……そうね。虫に謝っておく」


「リュシエル殿が謝罪とは、珍しいな」


 エイレンが僅かに目を細めた。


「……虫に対してだけ」


 私は球体を見つめた。


 表面に、かすかな振動がある。


 内側で、まだ何かが叫んでいるのだろう。


 しかしその声は、もう外には届かない。


 絶対の防御とは、そういうものだ。


 内側も、外側も、完全に閉じている。


「旦那様」


 ノクスが書板を閉じた。


「対象の欲望、完了いたしました。このまま処理区画に保管いたしますか?」


「いや、いらない」


 私は答えた。


「月影の子どもたちへ贈れ」


 一瞬の沈黙があった。


「……旦那様、今なんと」


「聞こえていたはずだ」


 ノクスが不敵に微笑む。


「……承知いたしました。月影の公園へ、手配いたします」


「ちょうど良い遊び道具になるだろう」



          ◇



 私の目に映る……その様子。


 翌朝、月影の公園は朝の光に包まれていた。


 砂場の脇に、どこからともなく現れたピカピカの銀色の球体を、子どもたちが取り囲んでいた。


「わー、大きな鞠だー!」


「ピカピカしてるー! すごーい!」


「蹴っていいかなー?」


 一人が恐る恐る爪先で押した。球体がゆっくりと転がる。


「かたーい!」


 それを見た別の子が、今度は思い切り蹴り飛ばした。


「痛えー! あはは!」


 ゴロゴロゴロ。ゴロンッ。


『や、やめろぉぉ!! 蹴るな! 目が回る! オレは偉大なるギルモア司教だぞぉぉ——!!』


 とでも言っているだろう。


 ダンジョンが作った球体だ。


 生命維持は効いているだろう。


 子どもたちには、楽しいボールが転がっているだけだ。


「あははー! よく転がるー!」


「こっちこっちー!」


 ゴロゴロゴロ。


 ゴロッ。ゴロゴロゴロ。


 公園の木陰から、私たちはその光景を眺めていた。


 腕を組み、首を傾げ、何とも言えない表情を浮かべている夕霧。


「あんなに威張っていたのに、今はただの子どものおもちゃですかー」


 夕霧が木の幹に背を預け、呟いた。


「傑作ですよねー。……ご主人の言った通り、最高の防御ですよねー」


 子どもが蹴った球体が、砂場を横切り、花壇の縁に当たって綺麗に弧を描いた。


「あ」


 夕霧が思わず言った。


「ナイスシュートですー」


 球体がゴロゴロと転がっていく。


 月影の朝の光の中で、銀色の表面が眩しく輝いていた。


 月影の街に、炊飯の湯気が立ち昇り始めている。


 今朝は職人たちが自分の意思で火を起こし、自分の意思で飯を炊いている。


 その湯気が、朝の空気に溶けていく。


「旦那様」


 ノクスが傍らに立った。


「月影の職人組合より、正式な感謝の書状が届いております。また、クラリス様より通信が入っております。次の目標についてとのことです」


「後で聞く」


 私はもう一度、公園の球体を見やった。


 子どもたちの笑い声が、朝の空気に響いている。


「……ご主人ー、そろそろ行きましょー」


 夕霧が木陰を離れ、こちらに歩み寄ってきた。


「次もありますしー。ま、いつまでも見てても飽きませんけどねー」


「そうだな」


 私は公園を後にした。


 月影の街並みに、朝の光が伸びている。 

 


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