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第18話:月読

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。武国に向かう途中で捕まってしまった。現在寂しい中。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


夕霧 / 紫にも見える黒のツインテール。髪色と同じ黒と紫基調の忍者服風の着物。踊り子の母を持つ。忍び、乱波で支配者に対してちょっとサディスティック。


クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。武国編では王国再編が忙しく、連絡と補助中心。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


「旦那様」


 ノクスが真実の観測室ストラテジック・ルームで空中に魔法陣を描いた。


「対象の欲望がダンジョンのコアに到達しました。それに伴い、新たな施設、宝物庫が解放されます。どうやらやはり真の思いは強くなりたいで合っていたようですね」


「場所は」


「こちらでございます」


 ノクスに言われるがまま、ゾロゾロついていく。


 重厚な扉が……ぼんやりと浮かぶように現れた。


 飾り気のない鉄の扉だ。


 縁に刻まれた封印の紋様。


「開けていいですかー?」


 夕霧が扉の前でしゃがみ込み、鍵穴を覗き込んだ。


「あれ? 鍵、かかってないでーす。最初から開いてますねー」


「ギルモアの金庫か。彼の欲望が達成された今、もはや必要がなくなったということだろう」


 私は答えた。


「よし、入れ」


「はーい」


 夕霧が扉を押した。


 重い音を立てながら、それは内側へと開いた。



          ◇



 宝物庫の中は、広かった。


 天井まで積み上げられた金貨の山。


 宝石を嵌め込んだ装飾品の数々。


 高価な織物が丁寧に棚へ並べられ、希少な香木の箱が几帳面に積まれている。


 月影の職人たちからしぼり取った金属の延べ棒。


 どれも相当な価値があるだろう。


「主」


 エイレンが宝物庫を歩きながら、足を止めた。


「これほどの財があるというのに、なぜ見向きもせんのだ。己には理解できん」


「金に興味はない」


「では何に興味がある」


「これだ」


 私は宝物庫の最奥で足を止めた。


 金銀財宝の山の向こう、薄暗い台座の上に、一振りの刀が置かれていた。


 鞘も柄も、長年の埃を被ってくすんでいる。


 刀身は鞘の隙間から覗く限り、全体が赤黒く錆びついていた。


 ギルモアのコレクションの中で、これだけが明らかに場違いだった。


 飾られているのではなく、放置されているのだ。


「……そのような錆びた鉄くず」


 エイレンが隣に立ち、見た。


「己の剣の足元にも及ばんな。主は何を見ている」


「お前には見えないのか」


「何がだ」


「この刀が渇いている」


 私は台座に近づいた。


「長い間……力を与えられずにいた。それだけだ。中身は生きている」


 エイレンが眉をひそめた。


「……そのようなものが、わかるのか」


「ダンジョンマスターの勘だ」


 私は刀の柄に、静かに手を伸ばした。


 触れた瞬間、指先に何かが応えた。


 渇望だ。


 水を求める砂漠のような、強烈な渇きが手のひらから伝わってくる。


 この刀は長い間、誰かに使われることなく、ただ台座の上で朽ちるのを待っていたのだ。


「いい渇きだ」


 私は静かに言った。


「私のものになれ」


 魔力を流し込んだ。


 最初は静かだった。


 しかしすぐに、刀が応えた。


 柄から伝わる振動が大きくなり、刀全体が微かに光り始める。


 鞘の隙間から、錆が粉になって崩れ落ちていく。


 パラパラという音が、宝物庫の静寂の中に響いた。


「主……これは」


 エイレンの声が変わった。


 私は鞘から刀を抜いた。


 月光のような銀色の刃。


 それが、宝物庫の薄暗い空間に輝きを放った。


 錆の一欠片もない。


 澄み切った刀身が、まるで水面のように静かに光を反射している。


 刃に沿って薄い魔力の波紋が揺れ、刀全体が生きているように息をしていた。


「なっ」


 エイレンが目を丸くした。


「……見事な刃だ。己の目が曇っていた」


月読(ツクヨミ)という」


 私は刀身を眺めながら言った。


「武国で作られた刀だ。どういう経緯でギルモアの手に渡ったかは知らんが、台座の上で埃を被る刀ではない」


「……まったくだ」


 エイレンが真剣な目で刀を見つめた。


「その刃、本物だな……主よ」


「言われるまでもない」


 私は月読を鞘に収めた。



          ◇



 翌朝、夕霧が屋根の上から月影の大通りを眺めていた。


 夜のうちに、彼女には働いてもらった。


 ギルモアが没収していた刀や武具……それを持ち主の元へと返す。


 路地を歩く武士が腰の刀に手を添え、背筋を伸ばして歩いていた。


 昨日まで死んだ魚のような目をしていた顔が、今朝は違う。


「みんな、シャキッとしましたねー」


 夕霧が足を揺らしながら呟いた。


「任務完了ですよー、ご主人ー」


 私は屋根の下の路地から、その声を聞いていた。


「全部返ったか」


「全部でーす!」


 夕霧が屋根から飛び降り、着地しながら続けた。


「折られた刀は流石に戻りませんけどねー。でも、残ってたものは全部です。あの老職人さん、受け取った時に泣いてましたよー」


「そうか」


「みんな、夜中に突然届くから、幽霊かと思ったって言ってましたー」


「勘違いしないでほしいものだな」


「あはは」


 夕霧が笑った。


「でも、街の鍛冶場から今朝また火が上がりましたよー。炉が点いてるー。金属を叩く音が聞こえてきまねー」


 私も耳を澄ませた。


 確かに聞こえた。


 規則正しく、硬く、気持ちのいい音だ。


 月影に来た初日、この音が全くしないことが街の死を物語っていた。


 それが今朝、戻ってきた。


「行くぞ」


 私は大通りへと歩み出した。


 そして……。


 港に出ると、朝の潮風が吹き込んできた。


 あれは……エイレンとリュシエル。


 エイレンは荷物を肩に担ぎ、甲板に続く板を踏みしめながら乗船していく。


 リュシエルは岸壁に立ち、扇子を開いて月影の街を振り返っていた。


「……いい街になった」


 リュシエルが静かに言った。


「……次に行きましょう。……ここにいても、もうできることはないし」


「同感だ」


 エイレンが甲板から声をかけた。


「やることはやり終えた。未練はない」


「ですねー」


 夕霧が荷物を抱えながら続ける。


「でも少し寂しいですよねー。あの銀色の球体、てっきりダンジョンメンバーになるかと……」


「旦那様」


 ノクスが私の傍らに寄ってきた。


「出航まで少々時間がございます。月影の職人組合から、見送りに来ております」


 振り返ると、岸壁に人が集まっていた。


 老職人が先頭に立ち、その後ろに昨日まで怯えていた顔が並んでいる。


 誰も声を上げない。


 ただ、立っている。

 

 それだけで十分だった。


「行ってきまーす」


 夕霧が人々に向かって、ひらひらと手を振った。


「元気でいてくださいよー」


 全員が深く頭を下げた。


 私は無言で頷き、乗船した。



          ◇



 船が港を離れ、月影の街が遠ざかっていく。


 甲板に出て、海風に顔を晒した。


 腰の月読が、朝の光を受けて静かに輝いている。


 遠くなる街の輪郭を眺めながら、次の舞台を考えていたその時、影から微かなノイズが鳴った。


 通信だ。


『ああーっ、あなた様ぁ!』


 明るい声が影から漏れ出た。


 アウレリアだ。


『ノクスちゃんから聞いたよぉ、月影のこと! とっても素敵だった! わたしも早くあなた様に会いたいなぁ。あなた様も……そうだよね♡』


「すまない。遅くなっている。土台をかためないと……流石に突っ込むわけにはいかないのでな』


『わかってる! ここは本城のある神座にも近いしねぇ。それにしても、面白い欲望の返し方だねぇー』


「一緒に見たかったな」


 私は静かに言った。


「確実に近付いている。あと一歩というところだ」


『本当に!? やったぁ! 待ってるねぇ、あなた様!』


 通信が切れた。


 甲板に、波の音だけが残った。


「アウレリアか」


 エイレンが腕を組んで海を見た。


「相変わらず、底が読めん女だな」


「……そう」


 リュシエルが扇子で口元を隠した。


「……でも、良い子ね。……それで十分」


「ご主人ー、いよいよ沿岸部は次の響野で最後ですねー」


「……響野?」


「そうですー。ひびきの!」


 夕霧が甲板の手すりに寄りかかり、進行方向を眺めた。


「月影より大変そうですよねー、あの笑顔の街は」


「そうだろうな」


「……笑顔の街?」


 リュシエルが海風に髪を揺らし、静かに呟いた。


「……退屈はしなさそう」


「退屈しなさすぎても困るがな」


 エイレンが言い、夕霧が「そうですよねー」と笑った。


 ノクスが書板を開き、私の隣に立った。


「旦那様、武国本国についての情報を整理してございます。到着までに共有いたしましょうか」


「頼む」


「承知いたしました」


 ノクスが書類に目を落とし、淡々と読み上げ始めた。


 月影の街が、水平線の向こうに消えていく。


 炉の火は今日も燃え続けているだろう。


 金属を叩く音が、夜になっても響いているだろう。


 それだけで、十分だ。


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