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第14話:予測された夜襲

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。武国に向かう途中で捕まってしまった。現在寂しい中。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


夕霧 / 紫にも見える黒のツインテール。髪色と同じ黒と紫基調の忍者服風の着物。踊り子の母を持つ。忍び、乱波で支配者に対してちょっとサディスティック。


クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。武国編では王国再編が忙しく、連絡と補助中心。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 私たちは廃屋……をダンジョンの力で修復し、そこで寝泊まりしていた。


 夜、足音が周囲を囲む音が、わずか……聞こえた。


「ご主人ー。囲まれましたねー」


 夕霧が天井裏から音もなく降りてきて、ソファの背に手をついた。


「ネズミがいっぱいですよー。ざっと百人くらいでしょうかー」


「予想通りだ」


 私は手元の飲み物をテーブルに置いた。


 月影で最も格の高い宿屋の最上階。


 深夜の静寂の中で、私はソファに深く腰を落としていた。


「あの強欲な男が、明日まで待てるはずがない」


「愚かな」


 扉の前で直立していたエイレンが、大剣の柄に手を添えたまま言った。


「主の寝所を穢すとは、万死に値する」


「欲しいと思った瞬間に手を出さずにはいられない。子どもと同じだ」


 私はあくびをしながら返す。


「子どもと同じ……子どもは可愛いですけどねー」


 夕霧が肩をすくめた。


「あっちは全然可愛くないですよー」


「……うるさくなる。……その前に、仕上げておかないと」


 窓際の長椅子でリュシエルが独り言のように呟き、手元の爪磨きを動かし続けた。


 ノクスがいつも通り無言で、私のカップに新しい茶を注ぐ。


 部屋の中は静かで、嵐の前の凪のような時間だった。



          ◇



 ドォン、という轟音が宿全体を揺らしたのは、それから間もなくのことだった。


「警告はなし……か」


 ノックも、声もなかった。


 正面の壁が爆破され、粉塵と砕けた石材が部屋に吹き込んでくる。


 白煙が晴れる前に……剣を抜いた私兵たちがなだれ込んできた。


「……数だけは良いね」


 隊列を組み、部屋の隅まで刃を向けながら展開していく。


 数人が祈力を練り上げ、手のひらに祈跡の光を集め始めた。


 祈跡使い。


 そして。


 破壊された壁の向こうから、黄金の輝きが現れた。


「ガハハハ! 夜分にすまんな! 商談変更だ!」


 ギルモアだ。


 全身を覆う黄金のフルプレートアーマーが、夜の闇の中でも鈍く輝いている。


 背中には屋内で使う装備では到底ない、巨大な祈力砲台が据えられていた。


 彼は部屋に転がった石材の破片を踏み砕きながら歩み入り、ニヤリと口角を上げた。


「オレの街にあるものは、全てオレの物だ。明日まで待つなんて面倒くさい。当然だろ?」


 私兵たちが一斉に剣先を向けてくる。


 ギルモアはエイレンが守るケースを見、それから部屋の面々を眺め回した。


「その魔剣と……そこの連中も全員置いていけ」


 彼の目がリュシエルで止まった。


「特にそこの白いの、覚悟しておけよ。逃がしてやるつもりはないからな」


 下品な笑い声が響いた。


 カツン、という小さな音がした……気がした。



          ◇



 リュシエルが、爪磨きをテーブルに置いた音だった。


 彼女はゆっくりと脚を下ろし、長椅子から立ち上がった。


 粉塵が部屋に漂う中で、そのドレスの裾には一粒の埃もついていない。


 扇子を手に取り、ゆっくりと開く。


「……うるさい」


 静かな声だった。


「……ホコリが舞う」


 深くため息をつき、こちらに顔を向ける。


「……あなた、許可を。この失礼な客たち、掃除してもいい?」


「構わん」


 私は答えた。


「派手にやれ」


「……了解」


 ギルモアが鼻を鳴らす。


「ガハハ、強がりもそこまでだ! かかれぇ! 抵抗するなら斬り捨てても構わん! 祈跡使いは前へ出ろ!」


 私兵たちが一斉に踏み込んできた。


 剣がきらめき、祈跡使いたちが練り上げた光の束が放たれる。


 夕霧が天井へ飛び退き、エイレンがケースを背に庇って大剣を抜いた。


 私はソファから立ち上がらずに、正面を向いたまま座っていた。


 リュシエルは一歩も動かなかった。


 扇子を開くだけ……。


 ただそれだけ。


「……聖域(サンクチュアリ)


 彼女の口から、祈りの言葉が静かに紡がれた。一介の祈跡使いとは比べ物にならない祈力が、一言に凝縮されて解放される。


 周囲の空気が変わった。


 薄い光の膜……。


 それが、リュシエルを中心に静かに広がっていく。


 音もなく、呼吸するように展開される。


 剣がその膜に触れた瞬間、空中でぴたりと止まった。


 祈跡使いたちが放った聖白の光も、膜の手前で霧散し、リュシエルのドレスの裾さえ揺らせない。


「な、なんだ!? これ以上剣が進まない!?」


「祈跡が通らない! どういうことだ!」


 自分たちの攻撃が完全に封殺されている事実が、彼らの足を竦ませていた。


 エイレンが小さく舌打ちする。


「一方的すぎて見ていられんな」


「……汚い」


 リュシエルが私兵たちを見た。


「……視界から消えて」


 扇子を一閃した。


 膨大な祈力が収束し、黄金色の衝撃波が扇状に広間を薙ぎ払う。


 私兵たちが、壁ごと吹き飛ばされていく。


「ぐわぁぁぁッ!?」


 という悲鳴が重なり合い、夜空の彼方へと消えていった。


 天井が一部崩れ落ち、顔を覗かせる星空。


 月影の夜風が、ひんやりと部屋に吹き込んできた。


「旦那様、周辺への影響はわたくしが処理いたします」


「頼む」


「承知いたしました」


 ノクスが欠けた天井を見上げ、静かに一礼した。



          ◇



 粉塵が晴れると、瓦礫の山の中に一つの黄金の塊が残っていた。


 ギルモアだ。


 傷一つない。


 彼の黄金のフルプレートアーマーに組み込まれた多重の祈力障壁が、リュシエルの一撃を受け止めていたのだ。


 冷や汗が顎を伝っているが、それでもニヤリと歯を見せた。


「ガハハ……! 見たか! オレの装備は無敵だ! 貴様の祈跡など通用せん!」


 彼は崩れた壁の上に立ち、背中の祈力砲台にゆっくりと祈力を充填し始めた。


「金さえあれば、才能なんて関係ないんだよ! この鎧がある限り、オレは負けん! さあ、今度はオレの番だ!」


「主よ」


 エイレンが私の傍らに並んだ。


 大剣を構えながら、鋭い目でギルモアを見据える。


「あの鎧の防御は本物だ。厄介だぞ」


「わかっている」


「どう崩す」


「リュシエルに任せろ」


 リュシエルは無傷のギルモアを、特に慌てた様子もなく見下ろしていた。


 扇子を閉じ、静かに息を吐く。


「……そう。硬いだけが取り柄のドンガメ」


 攻撃の構えを完全に解いた。


「……なら、その殻、剥がしてあげるわ」


「剥がすだと!? できるもんならやってみろ! この鎧に組み込まれた多重の祈力障壁は、世界最高峰の祈跡師が仕上げた特注品だぞ! そんな小娘の祈跡で——」


 リュシエルが扇子を静かに構え直した。


 今度は先ほどとは違う。


 膜ではない。


 収束でもない。


 ただ真っ直ぐに、巨大な祈力の塊を一点に向けて叩きつける、それだけの動作だった。


「……こうるさい」


 扇子が、弧を描いた。


 閃光が走った。


 ドォォォォン、という爆音が月影の夜空に響き渡った。



          ◇



 ギルモアの巨体が、宿屋の壁を突き破って外へ吹き飛んだ。


 黄金の鎧が衝撃を受け止め、本人は無傷のまま、それでも砲弾のように夜の石畳を転がっていく。


 轟音と共に土煙が上がり、月影の大通りの中央でようやく止まった。


 鎧の各所から白煙が立ちのぼり、多重の祈力障壁が限界まで消費されて明滅している。


「が……ガハ……ッ!?」


 ギルモアが仰向けのまま、夜空を見上げていた。体は動く。


 鎧が全ての衝撃を肩代わりしたのだ。


 しかし何が起きたのか、まだ頭が追いついていないらしい。


 崩れた宿屋の壁の向こうから、リュシエルが静かに歩み出た。


 夜風にドレスの裾を揺らしながら、石畳に転がるギルモアを見下ろす。


「……生きてる。鎧のおかげで」


 扇子を開き、口元を隠した。


「……ちょっとくやしい」


 その爆音が月影の夜を揺らしたからだろう。


 通りの奥から、明かりが灯り始めていた。


 一つ、二つ。


 扉が開き、顔を覗かせる人影が増えていく。


 怯えた顔の職人、白髪の老人、子どもの手を引いた女。


 昨日の親睦会で直立不動で笑わされていた人々が、爆音に引き寄せられるようにして、大通りへと集まってきていた。


 彼らの目が、大通りの中央で倒れる黄金の塊を捉えた。


「……あれは、ギルモア様……?」


「なぜあんなところに……」


「あの方々は……?」


 ざわめきが静かに広がる。


 誰も声を上げない。


 しかし足は止まらない。

 

 一人また一人と、人の輪が大通りに膨らんでいく。


「旦那様」


 ノクスが私の傍らに静かに寄ってきた。


「人が集まっております。月影の民、相当数かと」


「わかっている」


 これは想定通りだった。


 夜中の爆音が街を揺らせば、眠れない人々は外に出る。


 そしてギルモアが大通りに転がっているところを目撃する。


 舞台は整った。


 エイレンが崩れた壁の縁に立ち、大通りの人波を見た。


「集まったな。……これで逃げ場もなくなった」


「ですねー」


 夕霧の声が、どこからともなく降ってきた。


 気づけば彼女は宿屋の屋根の上に立ち、大通りを見渡していた。


「ご主人ー、そろそろですよー。人がいっぱい来ましたよー」


 ギルモアがよろよろと身を起こした。


 鎧の各所がまだ白煙を上げている。


 周囲に集まった人々の視線が、自分に向けられていることに、ようやく気づいたようだった。


「な、なんだ……貴様ら、何を見ている……!」


 しかし誰も答えない。


 ただ、見ている。


 昨日まで直立不動で笑うことを強いられていた人々が、今は誰の命令もなく、黄金の鎧姿の男を静かに取り囲んでいた。


 私は崩れた壁の穴から大通りへと歩み出た。


 月影の夜風が頬を撫でた。


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