第13話:商談
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。武国に向かう途中で捕まってしまった。現在寂しい中。
エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。
夕霧 / 紫にも見える黒のツインテール。髪色と同じ黒と紫基調の忍者服風の着物。踊り子の母を持つ。忍び、乱波で支配者に対してちょっとサディスティック。
クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。武国編では王国再編が忙しく、連絡と補助中心。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
私は作業台の前に立ち、鉄塊を成形しながら仕上げの具合を確かめていた。
形は整っている。
重心も悪くない。
「しかし中身は空だ、この鉄塊は」
魔力の欠片も、武器としての魂も、何一つ込めていない。
ただの鉄の塊を、剣の形に整えただけだ。
「解せぬな、主よ」
腕を組んで仕上がりを睨んでいたエイレンが、低い声で言った。
「なぜわざわざゴミを作る。武器への冒涜だと思わんか」
「最高のゴミだからこそ、俗物は食いつく」
「……なるほど。それが目的か」
エイレンが剣を一瞥する。
眉間にシワが寄っていた。
「気に食わんが、理屈はわかった」
「ならば一つ頼みがある」
私はエイレンに向き直った。
「お前の殺気でこの剣をコーティングしろ。触れただけで心臓が縮むような、死の匂いを纏わせろ」
エイレンが剣を見下ろし、短く息を吐いた。
「御意。主の悪趣味には呆れるが、任務ならば仕方あるまい」
彼女が剣の柄に手を添えた瞬間、作業場の空気が変わった。
温度が一段下がり、肌がじわり。
エイレンの手から、紫がかった禍々しい光が剣の全体へと静かに染み渡っていく。
純粋な殺気だ。
本物の暴力の気配が、空っぽの鉄の塊に焼き付いていく。
「奴は力に飢えているからな、これはいい」
「……そう」
扇子をゆっくりと揺らすリュシエル。
「……なら、お手並み拝見」
エイレンが手を離した。
剣は静かに台の上に横たわっているが、近づけば肌があわ立つのがわかる。
中身のない鉄の塊が、殺気を込めた祈力をまとった結果……どうなったか。
「上出来だ」
私は剣をケースに収めた。
「これで十分だ」
「気に食わんものを作らせておいて、上出来とは」
エイレンが腕を組み直す。
◇
ディスプレアが少女の視界に同期する。
翌朝……夕霧は月影の裏通りを歩いていた。
古物商が軒を連ねる薄暗い路地だ。
目当ての店の前で立ち止まり、何気ない顔で店主に話しかける。
「ねえ、おじさん。最近面白い話聞きましたよー。遺跡から凄いのが出たって噂、ご存知ですかー」
「遺跡? どこのだい」
「詳しくは言えないんですけどねー」
夕霧が声を潜めた。
「なんでも王権そのものだって話で。手にした者は絶対に傷つかない代わりに、強烈な戦いへの衝動が止まらなくなるらしいですよー」
店主の目が光った。
夕霧はそれを確認してから、何事もなかったように路地を歩き去った。
通りの反対側では、ノクスが別の経路で同じ情報を流していた。
「……伝説の武器だとぉ?」
裏社会の伝手を使い、より信憑性のある形に包んで。
「恐れながら、あれは王権そのもの。手にした者は絶対防御を得る代わりに、強烈な闘争本能を注ぎ続けねばなりません」
情報は水のように低いところへ流れ、やがて一番それを欲しがっている人間の耳に届く。
◇
その夜、私たちは招待された。
ギルモアの屋敷の地下へと通じる重い扉。
階段を下りると、広大な空間が広がっていた。魔法の照明が壁を青白く照らし出している。
「……没収された刀……へし折られたまま飾られてる……部屋の壁……」
溶かされた金属の塊が台座の上に並び、かつて職人の手で生きていたものが、ただの『展示品』として死んでいる。
武器の墓場だ。
「いらっしゃい、商人殿」
黄金の椅子に腰を落ち着けていたギルモアが、私たちを迎えた。
「わざわざ呼びつけて悪かったな。だがここが一番、オレの格というものを理解してもらえる場所だと思ってな」
私は壁の展示品を横目で見て、鼻で笑った。
「趣味が悪い。死骸を集めて楽しいか」
ギルモアの眉が上がった。
「あぁ? 言葉に気をつけろよ。これはオレの勝利の歴史だ」
リュシエルが扇子で鼻を覆い、冷たい目で部屋を見渡した。
「……カビ臭い。……あなた、早く終わらせて。ここ、空気が悪い」
ギルモアの顔が僅かに引きつったが、私が手を軽く上げて先を促す。
その瞬間、地下室の温度が一段下がった。
ギルモアの私兵たちが本能的に後ずさる。
エイレンは何もしていない。
巨大なケースを片手で軽々と提げ、無表情のまま歩いているだけだ。
自分よりも遥かに格の違う暴力の存在を、体の芯で感じさせる。
ギルモアの私兵の中の一人が、音もなく壁際に退いた。
「で、例の品とやらはどこだ」
ギルモアが努めて余裕のある声を出した。
「本物を見せてやる」
私はエイレンに顎を向けた。
「エイレン」
「ハッ」
エイレンがケースを床に置いた。
ドォン、という鈍い音が地下室全体を揺らした。
重さではなく、その存在感が地面を揺らしたような感覚だ。
彼女がケースを開ける。
「紫色のオーラ……なんだ……これは」
ギルモアの視線の先……。
剣だ。
禍々しく輝く紫の光を纏い、近づくだけで胸の奥が締め付けられるような圧迫感を放っている。
「なんなんだ……!」
ギルモアが黄金の椅子から立ち上がった。
目が変わっていた。
欲に染まった目だ。
「確かに……だ。オレのコレクションが……ゴミに見える」
エイレンは無表情のままケースの傍らに立っている。
剣には触れない。
触れる必要がない。
置いてあるだけで、部屋の空気を支配している。
「欲しい」
ギルモアが一歩前に出た。
「その力が欲しい。オレに相応しい」
私はケースをゆっくりと閉じた。
「だが、金では売らん。ノクス」
「はい」
ノクスが静かに前に出て一礼した。
「恐れながら、この剣は王の器を持つ者しか扱えません。器なき者が触れれば、魂ごと喰われます。過去にそのような例が複数ございました」
「器がない、だと」
ギルモアの声が上がった。
「オレはこの街の王だぞ。誰よりも強く、誰よりも正しい判断をしてきた。その器がないとはどういう意味だ」
「……そう」
リュシエルが扇子を開き、自分の爪をつまらなそうに眺めた。
「……口だけならなんとでも言える」
扇子でギルモアを一瞥する。
「……証明してみせれば?」
ギルモアの顔が赤くなった。
この女に無関心に扱われたことが、怒鳴り声よりも深く刺さったのだろう。
「いいだろう! 明日、広場でオレの全てを見せてやる! その剣がオレを選ぶところを、指をくわえて見ていろ!」
私は静かに頷いた。
「では明日、広場で」
◇
地下室を出て、階段を上りきったところで夕霧が小声で言った。
「引っかかりましたねー。思ったより簡単でしたよー」
「欲の深い人間ほど、本物に飢えているからな」
「エイレン先輩の殺気、すごかったですよー。あたし、後ろにいて少し足がすくんじゃいましたーあはは」
「そうか」
エイレンが淡々と答えた。
「本番ではもう少し絞る。安心しろ」
「全然安心できないんですけどー」
「旦那様」
ノクスが書板を開きながら言った。
「一点、ご報告が。室内の私兵の反応を見る限り、ギルモア司教は本日夜のうちに単独でケースを奪いに来る可能性がございます。明日まで待てない性格かと」
「わかっている」
私は夜空を見上げた。
「だから今夜、もう一手打つ。ノクス、職人たちの家族の居住場所は」
「把握済みでございます。全員、今夜中に安全な場所へ移します」
「いい。夕霧、今夜は眠れないぞ」
「別にいいですよー」
夕霧が肩をすくめた。
「どうせあの親睦会の夜から、ぐっすり眠れてないですしー」
月影の夜空は、どんよりと重かった。
しかし明日の広場に、もう少しだけ光が差し込む余地がある。
ギルモアがその光の意味に気づく頃には、手遅れになっているだろう。




