第12話:強制親睦会
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。武国に向かう途中で捕まってしまった。現在寂しい中。
エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。
夕霧 / 紫にも見える黒のツインテール。髪色と同じ黒と紫基調の忍者服風の着物。踊り子の母を持つ。忍び、乱波で支配者に対してちょっとサディスティック。
クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。武国編では王国再編が忙しく、連絡と補助中心。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
「今日は外の方々を迎えての親睦会だ!」
ギルモアの屋敷の大広間。
祈跡照明が隅々まで照らし出し、上座には豪華な料理が並んでいる。
「みんな楽しんでくれよな!」
焼いた肉の香り。
高く積まれた酒の瓶。
「「「ありがとうございます……」」
一見すれば盛大な宴席だ。
しかし招かれた側のテーブルを見れば、その実態は一目でわかる。
水と乾パン。
それだけだ。
街の有力者、職人、元武士たち……数十人が直立不動で壁際に並び、上座のギルモアに向かって表情を作っている。
「旅の商人の皆様方、本日はようこそ」
ギルモアが私たちに向かって手を広げた。
私たちは商人という名目で招待された形だ。
テーブルには一応……料理が並んでいた。
「月影の発展に興味を持つ賢明な方々をお迎えできて、光栄ですな」
「こちらこそ」
私は商人の笑みを崩さずに返した。
「噂通り、素晴らしい統治をされていると聞いております」
給仕の装束に身を包んだ夕霧。
ひとりふたり給仕が変わっても、ギルモアは気づかない。
私の背後からグラスに水を注ぎながら、耳だけに届く声で言った。
「……うわぁ。空気が死んでますねー。お通夜より暗いですよー」
その通りだった。
「「「おいしそーだなー」」」
壁際に立つ参加者たちの目が、誰一人笑っていない。
口だけが笑顔の形を作っている。
「そこでオレは言ってやったんだ! 言い訳はいいわけだ! ってな!!」
「「「どわははは……」」」
ギルモアの私兵たちが広間の端に立ち、主人を見張るように視線を走らせている。
ギルモアが何か言うたびに、私兵が手を叩く。
その音に合わせて、参加者たちが「ワハハ」と声を揃えて笑う。
「……吐き気がする」
リュシエルが私の隣で、扇子を口元に押し当てたまま静かに言った。
「……嘘ついて我慢して……。……見ていられない」
「我慢しろ」
エイレンが正面を向いたまま、低く言い添えた。
「今はまだだ」
「……わかってる」
◇
宴が一時間ほど続いたところで、ギルモアがグラスをゆっくりと鳴らした。
「さて」
満足げに口の端を上げる。
「今日は余興として、卒業式を行おうと思う」
広間の空気が、一段と重くなった。
「鍛冶屋の、ルダ爺さん。前に出てきてもらおうか」
壁際の参加者の中から、白髪の老人が引きずり出された。
膝が震えている。
ギルモアの側近二人が両脇を固め、広間の中央へと連れてくる。
老人の懐から、布に包まれた何かが取り出された。
側近がそれを広げると、一振りの刀が現れた。
「隠し持っていたようですな」
側近がギルモアに告げる。
「まあまあ」
ギルモアは立ち上がり、老人の傍らに歩み寄った。
怒鳴らない。
声を荒げない。
むしろ穏やかに、親しげに老人の肩へと手を回した。
「ルダさん、オレは怒っていないよ」
老人が顔を上げられずにいる。
「ただ、悲しいんだ」
ギルモアが続ける。
「お前はまだ、こんなゴミにすがっているのか。だからお前は貧しい心から抜け出せないんだよ」
「ゴミでは、ありません……これは、拙者が三十年かけて……」
「三十年」
ギルモアが繰り返した。
「こんなことに三十年。なんと……」
感情のない、平坦な声で。
「三十年の執着が、お前の目を曇らせている。オレはお前を一流の経済人にしてやりたいのに、お前が拒絶するから前に進めない」
老人の肩を優しく叩く。
「オレが悪いのか? お前のためを思って言っているのに」
夕霧がトレーを持つ手に、じわりと力を込めた。
気配でわかった。
「……ご主人ー」
限界に近い、それでも抑えた声。
「今すぐあいつの喉……ねぇ?」
私は首を横に振った。
◇
ギルモアが手を叩くと、側近たちが広間の中央に小型の溶解炉を運んできた。
炭火が赤く、低く、静かに燃えている。
その熱気が肌に届くほど近くに、老職人が立たされた。
ギルモアは老人の手に、先ほどの刀を握らせた。
柄を包む老人の指が、小刻みに震えている。
「オレが折るのは簡単だ」
ギルモアが穏やかに言った。
「だが、それじゃ意味がない」
老人の手ごと、炉の方向へと向けさせる。
「お前がやれ。過去と決別し、オレについてくる覚悟をその手で示せ。それだけでいい」
「で、できません……これだけは……!」
老人の声が裂けた。
「この刀は、拙者の師匠から受け継いで……死ぬまで手放さないと、約束したんです……っ!」
「そうか」
ギルモアの表情は変わらない。
「ならば仕方ない。お前の家族は反逆者の一族として、今夜中に街から追放だ」
一呼吸置いて、広間全体を見回す。
「ここにいる皆さんにも、連帯の責任が生じる。……困るなあ?」
壁際の参加者たちの顔が歪んだ。
誰かが老人に向かって、絞り出すような目を向けた。
「ルダさん……」
お願いだ、という目だ。
オレたちを巻き込むな、という目だ。
老人の膝が折れた。
「……頼む、ルダさん」
隣の職人が、声を殺して言った。
「頼む……」
老人はしばらく動かなかった。
刀を握ったまま、炉の前でうつむいていた。
それからゆっくりと、震える手を持ち上げた。
ジュッ。
短い音だった。
それきりだった。
三十年分の誇りが、一秒で消えた。
◇
ギルモアが満足げに頷き、老人のポケットに金貨を押し込んだ。
「よくやった。これでお前もこちらの世界の住人だ」
両手を打ち鳴らす。
「ほら、みんな拍手。彼の成長を祝ってやれ」
広間に虚ろな拍手が満ちた。
「「「おめでとう!」」」
「「おめでとー! おめでとー!」」
誰も老人の顔を見ていない。
「で?」
ギルモアが老人の顎を指先で持ち上げた。
「オレに何て言うんだ」
「……あ、ありがとうございます……ギルモア、様……」
「声が小さいなぁ」
「ありがとう、ございます……ッ」
老人が泣いていた。
笑顔のまま、泣いていた。
ギルモアはその肩を一度叩き、自分のテーブルへと戻っていった。
◇
リュシエルが、音もなく立ち上がった。
「……落ち着いて、夕霧」
トレーを握り潰しそうになっていた夕霧が、ぴたりと止まった。
「でも」
「……待つの」
リュシエルは夕霧に向かって言いながら、自分の目はギルモアの背中に向けていた。
「今動いたら、あの職人は救われたことにならない。……わかる?」
「……わかります、けど」
「エイレン」と私。
「わかっている」
エイレンが低く返した。
「……己も、今はこらえている」
扇子を閉じ、リュシエルが口を開いた。
声は静かで、感情が読めない。
それがかえって、怒気よりも重く響いた。
「……あいつは人の心を壊して、それを教育と呼んで楽しんでる。誇りを自分の手で捨てさせて、感謝まで強要する」
扇子の先でギルモアの背を指した。
「……だから、同じことを返す。あいつが縋り付いてる最強の鎧を剥ぎ取って、みんなの前で泣かせてやる」
「何か考えが?」
「……ええ」
リュシエルが僅かに口角を上げた。冷たい笑みだ。
「……あんな俗物。……とびっきりの餌があれば、イチコロ」
「聞かせろ」
「……あいつの弱点は単純。自分が一番偉くて、一番賢くて、一番強いと思ってる」
リュシエルが扇子を開き、口元を隠す。
「……だから、もっと強く思わせる」
「具体的には」
「……強くしてあげて。……それで折れたら、もっと強くなりたいとおもうはず。望みをかなえてあげるの。……あなたが」
扇子をゆっくりと扇ぐ。
「なるほど。最強の装備を着せてあげるんだな」
「……そう。……あいつがどんな顔をするか。想像するだけで少し、気分がいい」
夕霧がトレーを持ち直し、ゆっくりと息を吐いた。
「なるほどですねー。あいつが縮み上がるところ、あたし見たいなー」
「……顔は見えないかも。……でも満足できるよ」
リュシエルが言い切った。
「……絶対に」
「ノクス」
私は小声で言った。
「会場の外に控えている職人たちの家族の居住場所を今夜中に把握しろ。人目は多いほど良い」
「承知いたしました、旦那様」
ノクスが静かに一礼する。
広間ではまだ宴が続いている。
ギルモアが何か言い、側近が手を叩き、参加者たちが笑う。
その音が、重く、空虚に響いていた。
老職人は壁際に戻り、顔を伏せたまま動かなかった。
誰も話しかけない。
誰も慰めない。
それが今の月影の、正直な姿だった。
私は呟いた。
「この宴を終わらせる」




