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第11話:月影

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。武国に向かう途中で捕まってしまった。現在寂しい中。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


夕霧 / 紫にも見える黒のツインテール。髪色と同じ黒と紫基調の忍者服風の着物。踊り子の母を持つ。忍び、乱波で支配者に対してちょっとサディスティック。


クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。武国編では王国再編が忙しく、連絡と補助中心。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 追想体験室の扉を開けると、夕暮れの海が広がっていた。


 正確には……拾った不思議な貝殻の記憶。


 (だいだい)色に染まった水平線の映像に包まれていた。


 壁も天井も床も。


 波の音が規則正しく響き、潮の匂いがかすかに漂ってくる。


「本物ではないとわかっていても、体の力が自然と抜けていくような心地よさだな」


 机の上には、発生源となった巻貝が一つ置かれている。


 白と薄桃が混ざり合った、掌に収まるほどの小さな貝だ。


 誰かがどこかで拾い、大切に持ち続けた記憶が、この部屋全体を夕凪の海に変えている。


「ご主人ー、お茶入りましたよー」


 夕霧が茶器を運んできて、私の前に丁寧に置いた。


「それにしても、この貝殻の記憶ってロマンチックですねー。誰かが恋人を待ってた記憶かなー。波の音が切ないですねー」


「……退屈」


 寝椅子に横たわったリュシエル。


 扇子を顔の上でゆったりと扇ぎながら言う。


「……ただ波が寄せて返すだけ。こなたには理解できない」


 扇子を止めて天井を見上げる。


「……もっと激しい記憶はないの。……爆発とか」


「そういう好みなのか」


 壁際に背を預けていたエイレンが、特にとがめるでもなく言った。


「己は静かな場所は嫌いではないが……確かに、戦場の記憶のほうが研ぎ澄まされる感覚はあるな」


「……そう」


 リュシエルが少し顔を向ける。


「……やっぱり、あなたとは話が合う気がする」


「光栄だ」


 エイレンが素直に返した。


 夕霧が


「えー、物騒な先輩同士で仲良くしないでくださいよー」


 と苦笑いしながら串団子を差し出す。


「はい、お団子どうぞー。穏やかな気持ちになってくださいー」


「……食べる」


 リュシエルが扇子で団子を指した。


「……エイレンにも一本あげて」


「己にも頼む。戦の前の腹ごしらえは大事だからな」


「まだ戦になると決まってないですよー」


「なるぞ、絶対に」


 エイレンが串を受け取りながら断言した。


 リュシエルが小さく


「……同感」


 と呟き、二人して静かに団子を齧る。


 波の音だけが穏やかに続いていた。



          ◇



 静寂に、通信の魔道具が光を放った。


 空間に小窓が開き、書類の山を背景にクラリスが映る。


 いつも通りの整った顔に、珍しく余裕のある表情が乗っていた。


「久しぶりね、後援者。……あら、随分と優雅なバカンスね」


「移動中の暇つぶしだ。状況は」


「ええ、報告しますわ」


 クラリスが手元の書類を広げる。


「あなたたちが向かっているのは武国の都市、月影(ゲツエイ)。アウレリアを救うにも、地盤を固めなければなりません」


「アウレリアがいるのは武国の中央だ。デジマだけでは、追い込まれる危険性がある」


「その通り。幾つか沿岸部を救い出さなければ、たとえダンジョンの力があっても危険性は拭えない。城攻めをしなくてはいけませんもの」


「……情報が足りない。……武国はもとは戦の国」


「リュシエルの言う通りね。とにかく何があるかわからない。安全地帯を増やすことは武国全体の支配を目指す上でも必須よ」


 そこでクラリスはひと呼吸置いて続けた。


「月影は……古くから刀鍛冶で栄えた街よ。質の高い刃物の産地として、武国内でも一目置かれてきた場所ね」


「だった、と言うべきか」


「鋭いわね、後援者」


 クラリスが書類に目を落とす。


「そこを支配している聖白教司教、ギルモア・ロディ。彼が異常な量の金属供出を強いているの。私の計算では、街の維持に必要な量を遥かに超えているわ。私腹を肥やすにしても、やり方が雑すぎる。長期的な収益を全く考えていないわね」


「金属を根こそぎ奪って、鍛冶の技術ごと潰すつもりか」


「そうなるわね。職人が道具を持てなければ、技術は継承されない。一世代で途絶えるわ」


「許せんな」


 エイレンが私に続いて言った。


 団子の串を握ったまま、目がすわっている。


「刀鍛冶の技というのは、一人の職人が一生をかけて磨くものだ。それを根こそぎ奪うとは、ただの強奪ではない。文化そのものを殺す行為だぞ」


「……同じく」


 リュシエルが扇子を閉じた。


「……技を持つ者の誇りを踏み躙る。……最低な話」


「わかった。現地の情報はそれぐらいか……」


 私は茶器を置いた。


「ええ。……後援者、くれぐれも無茶はしないでね」


 言いながらクラリスは既に次の書類を手に取っていた。


「グレイヴァルド、いや、この国にはあなた必要なの」


 通信が切れると、夕霧が串の二本目を手に取りながら言った。


「職人の道具まで取り上げるんですかー。最低ですねー」


「……ムカつく話。聞いてるだけで不快」


 リュシエルが寝椅子の上で体を起こし、扇子を閉じた。


「……行くの?」


「ああ、そろそろ着く頃だ」



          ◇



 月影の路地に降り立った瞬間——。


 空気の重さが全身に纏わりついてきた。


 街並みは確かに風情があった。


 石ダタミの路地に木造の建物が並び、軒先には職人の作業場を示す看板が下がっている。


 かつては活気に満ちていたであろう街の骨格が、まだそこかしこに残っていた。


 だがその上に、重く淀んだ何かが覆いかぶさっている。


「……臭う」


 リュシエルが扇子を口元に当て、細い目で通りを見渡した。


「……恐怖と、諦めの臭い。……空気が良くない」


「ですねー」


 夕霧が行き交う人々に目を走らせた。


「みんな死んだ魚みたいな目をしてますよー。こんな鍛冶の街なのに、金属を叩く音が全然しないですしー」


 言われて耳を澄ますと、確かに静かだ。


 鍛冶の街なら朝から金属音が響いているはずなのに、聞こえるのは風と、人々の重い足音だけだった。


「炉の火も落ちている」


 エイレンが通りの奥に建ち並ぶ鍛冶場を厳しい目で見渡した。


 煙が出ていない煙突たち。


「道具を取り上げられたなら、当然か。……腹が立つな」


「……こなたも」


 リュシエルがエイレンの隣に並ぶ。


「……火の消えた鍛冶場ほど、惨めなものはない。……生きてる街じゃない、これは」


「ノクス、広場の方で何かあるようだ」


「はい、旦那様。人が集められているようですね」


 私たちは人の流れに紛れ込み、広場へと向かった。


          ◇



 広場の中央に、巨大な演台がしつらえてあった。


 そこに……男が姿を現した。


「おはようみんな!」


 日焼けした分厚い体躯。


「「「おはようございまーす」」


 銀髪を後ろへ撫でつけている。


 司教服を着ているが、聖職者というより武闘家に近い体つきだ。


「あれがギルモア・ロディか……」


 彼が演台に立った瞬間、広場の空気がさらに重くなった。


「おいおい、挨拶の声が小さいぞ! 社会人としての基本がなってないな! もう一度!」


「「「お世話になりまーーーーす!!!!」」」


 集められた民衆が、萎縮したまま声を揃える。


 ギルモアは満足したように鼻を鳴らした。


「いいか、お前らがなぜ弱いか教えてやろう。個に頼るからだ。刀なんて不要だ。オレという最強の組織に従えば、お前らは安全なんだよ。わかるか。これが愛情ってもんだ」


 演台の下で、老いた職人が小さく手を挙げた。


「……でも、この刀は代々の家宝で……供出は、せめて……」


 ギルモアが演台から降り、老人の前に立った。


 静かな動作が、かえって不気味だった。


「お爺ちゃん……」


 にこやかに微笑む。


 キラッ!


 白い歯が輝いた。


 彼は老人の手から刀を取り、両手でそのままへし折る。


 乾いた音が広場に響く……。


 信じられない光景だが、私は動かない。


「個人の思い出より、全体の安全が優先だ。……オレはな、お前のためを思って言ってるんだぞ?」


 老人が膝をついた。


 ギルモアはその肩に足を乗せ、広場全体を見回した。


「無能は黙って従え。オレが全部守ってやる」


 私の隣で、エイレンの呼吸が変わった。


「……主」


 声が低い。


「己は今、かなり我慢している」


「わかっている」


「……刀を折るとは」


 奥歯を噛む音がした。


「あれは職人が魂を込めた一振りだぞ。折るのに一秒もかかっていない。……本当に、腹が立つ」


「……折った刀は戻らない」


 リュシエルがエイレンの横でぽつりと言った。


「……だから、あの男には相応の返し方をしなければならない」


「同意見だ、リュシエル」



          ◇



「……あいつ、ムカつく」


 リュシエルが扇子を閉じ、ギルモアを無感情な目で見据えた。


「……自分が一番偉いと思ってる。勘違いもはなはだしい」


 しばらく眺めてから、こちらに顔を向ける。


「……ねえ、あなた。……今回は頑張っちゃおうかな……めんどくさいけど」


「期待している。まずはやつの背後関係だな」


 扇子で口元を隠しながら、その目だけが静かに笑っていた。


「旦那様、ギルモア・ロディ司教はどうやら……月影の全鍛冶組合を自身の管轄下に置き、供出した金属の横流し先を複数持っております」


「なるほど」


 私はリュシエルに向き直った。


「徹底的に教育してやる理由があるな」


「……うれしい」


 リュシエルが扇子をゆっくりと開き、演台のギルモアへと視線を戻した。


 感情の読めない目の奥に、かすかな熱が灯っている。


「……ねえ夕霧」


「なんですかー、リュシエル先輩」


「……一緒にやる?」


「喜んでー!」


「己もやろう」


 エイレンが静かに大剣の柄に手を当てた。


「あの折られた刀の分くらいは、きっちり返してやりたい」


 三人が並んで演台を見すえた。


「いいか! 月影の訓示は4Sだ! 清潔! 整頓! 精一杯! 精力的に! だ! 唱和ー!」


「「「清潔! 整頓! 精一杯! 精力的に!」」」


「そうだガハハ! 朝礼はまだ続くぞ!」


 ギルモアはまだ吠え続けている。


「旦那様、下準備はいかがいたしますか」


「すぐに要る。月影の職人たちがどこに集められているか、まず調べろ」


「承知いたしました」


 ノクスが書板を取り出しながら一礼した。


「では、わたくしは少々裏方を」


 月影の石畳に、足音が静かに響き始めた。


 ギルモアは今が絶頂だと思っているだろう。


 その思い違いが解ける瞬間まで、もう少しだ。

 


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