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第9話:舞う

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。武国に向かう途中で捕まってしまった。現在寂しい中。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。武国編では王国再編が忙しく、連絡と補助中心。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


「旦那様ご覧ください。あそこに棟梁様の姿が」


「見せ物にされているか」


 処刑場に連れていくまでに威圧の意味を込めて、担がれている棟梁の姿。


 そして——。


 大名行列の先頭から末尾。


 すべての民衆が一人残らず額を地面に擦り付けている。


 子どもも、老人も、関係ない。


 伏せろと命じられたから伏せている。


 ただそれだけの光景だ。


「……非道だ」


 エイレンがそれを眺めて、低く呟いた。


 しかし今日は、その光景に終わりがある。


 私はノクスの隣で腕を組んだまま、輿の中央に鎮座する領主の動向だけを冷たく見ていた。



          ◇


 私は携帯型ディスプレア(ノクス作成)を使って領主を見た。


 民衆を見ていない領主。


 片手に手鏡を持ち、もう片方の手でヒゲの形を気にしている。


 側近が何か耳打ちすると、面倒そうに鼻を鳴らして答えた。


「埃っぽいな。香を焚け」


「……はっ、ただいま」


「退屈じゃ。景色が茶色くて面白みがない。ここで後ろの爺を処刑してしまおう」


 目の前で人間が額を地面に擦り付けているというのに。


 彼にとってそれは……それらは道に転がる石ころと変わらないらしかった。


「戻ったらすぐ酒にするのじゃ。はぁ……もう、さっさと殺ってしまおう。ここでよい」


 その時、ノクスが私に耳打ちした。


「旦那様。仕込みは完了しております。あとはご命令を」


「退屈しているようだからな。余興を見せてやろう」


 私は指を一度鳴らした。



          ◇


 私の拡声魔法が響く。


『——退屈しておられるようだ、領主殿』


 大通りの空気が、音もなく凍りついた。


 領主が焚かせたばかりの香の煙が、不自然に渦を巻き始める。


 沿道の民衆が首を上げる前に、朗々とした声が大通りの隅から隅まで、余すことなく響き渡った。


「なっ! なんじゃ!?」


 領主が籠の中から顔をのぞかせる。


『ならば、余興をご覧に入れよう』


「な……誰じゃ。どこから喋っておる!?」


『お集まりの皆様——ようこそ、断罪と喝采の舞台へ』


 パチン、と乾いた音が鳴った。


 次の瞬間、大名行列の先……大通りの空間が歪んだ。


 揺らぎが広がる間もなく、どんっ、という地響きが石ダタミを叩く。


 交差点のど真ん中に、巨大な質量が出現した。


 朱塗りの柱。


 磨き上げられた檜の床。


 舞台だ。


 描かれているのは黄金色の稲穂(クラリス画)。


 武国の大通りに、異界から丸ごと引き抜かれたような絢爛な舞台が、そのまま突き刺さっていた。


「む……あれは……」


 棟梁が声を漏らす。


「な、なんじゃ!? どこから現れた!? おい、誰が許可した!」


 輿(こし)を担いでいた者たちが(こし)を抜かした。


 エイレンが口元を緩める。


「……派手だな」


「開演だからな」



          ◇


『皆々様、ご照覧あれ! 余興のはじまりです』


 私の声と共に、舞台の四隅に設えられた篝火が、ぼっ、と一斉にともる。


 炎の中央に、一人の少女が立っていた。


「ありがとうございます。どうか……ご領主様によって鍛えられた晴れ舞台……ご覧ください」


 黒紫の忍び装束の上に、煌びやかな踊り子の衣装を重ねた出で立ちだ。


 かつて白い屋敷の衣装で踊り、監視の目に怯えていた夕霧ではない。


 もっと別の、据わった目をした人間がそこにいた。


 大通りは静まり返っていた。


「なんじゃ! あの小娘はぁ!」


「ゆ、ゆゆゆゆ夕霧ぃ!?」


「誰か! 止めるのだ!」


 領主の怒鳴り声も、兵の怒号も、全部その静寂に沈んでいた。


 夕霧はヒノキの床を、タタン、と二度踏んだ。


 乾いた音が、大通りの空気を縦に割った。


 土下座していた民衆が、一人、顔を上げた。続いてまた一人。


「なんじゃ、何をしておる! 頭を下げておれ!」


 領主の怒鳴り声は届かなかった。


 人々の手が、膝の上で震えながら拍子を刻み始めた。


「取り押さえろ! あの女を引きずり降ろせ!」


 兵士が舞台に向かって踏み出した、その一歩が止まった。


「近づけば……斬る」


 エイレンの殺気に足が止まった。


 だけでない。


「……死にたがり?」


 フード姿のリュシエルが祈力を溜めていた。


 うねる。


 バラバラだったリズムが揃い始め、一つの大きなうねりになっていく。


 手拍子だけではない。


 足を踏み鳴らし、膝を打ち、何年分もの怒りが形を持った音だ。


 夕霧の舞が加速した。


 「——受け取ってください、領主様」


 声が、よく通った。



          ◇


 夕霧が跳躍した。


 同時に、舞台の上空の空間が裂けた。


 影門シャドウ・ゲートによる転移。


 漆黒の裂け目から、細かくなった紙が一斉にあふれ出す。


 夕霧の手のザルからも、裁断された紙片が宙に解き放たれた。


 白い雪のように、大通りを覆い尽くしながら舞い落ちていく。


 民衆が空を見上げた。


 兵士が立ち尽くした。


 降り注ぐ紙片が、夕暮れの光を受けてきらきらと輝いている。


 祝いの桜のようにも見えた。


 それが何であるかを知るまでは。


「……ほう」


 領主が、思わず声を漏らした。


「驚いたが……わしへの祝いか? 気が利くではないか。褒めてやろ——」


 肩に落ちてきた一枚を、優雅な手つきで摘み上げた。


 笑顔が、固まった。


 紙片には、はっきりと刻まれていた……。


『神座聖白教会へのワイロとして白米五百俵を送付』


「……は?」


 周囲で同じ声が重なり始めた。


「……おい、これ……税の二重帳簿じゃないか?」


「オレたちの取り分が全部……」


「米を、食ってたのか。こいつが」


 怒りが火花のように伝播していく。


 兵士が地面の紙を踏み、踏んだまま動けなくなっている。


 断罪の紙吹雪は、まだ舞い続けていた。


 顔から色が消えていく領主。


「だ、出せ……屋敷に戻るぞ! 急げ! 早くせんか!」


 輿を担ぐ者が慌てて立ち上がろうとした、その瞬間。


 パチン、と私は指を鳴らした。


 見せ物にされていた棟梁のヒモがゆるんだ。


「おい! あれ——!」


 誰かが叫んだ。


 群衆の奥から、錆びた声が響く。


「行け! 今が好機である!」


 棟梁だった。


 座敷牢から引き出され、処刑を明日に控えていたはずの男が、縄が解けた両腕を高く上げて叫んでいる。


 行列が崩れた。


 護衛が右往左往し、輿が傾いて領主が転がり落ちる。


 民衆の音がまた一段と大きくなった。


 もはや誰も頭を下げていなかった。



          ◇


 紙吹雪がまだ舞っている。


 舞台の上に立った夕霧は、崩れ落ちる行列を静かに見下ろしていた。


「……終わりましたね」


 独り言のような声だった。


 人波の向こう、棟梁と目が合う。


 老いた目に、涙が光っている。


 夕霧はゆっくりと一度だけ頷いた。


 言葉はなかった。


 それで十分だった。


 夕霧は私に振り返って叫ぶ。


「ご主人ー! 桜吹雪がまだ残ってますよー! まいちゃいますー?」


 一気に夕霧の声が緩んだ。


 肩の力が、どこかへ抜けていったようだ。


「好きにしろ」


 私は微笑む。


「旦那様、目的……達成でございますね」


 ノクスが静かに一礼(カーテシー)した。


「ああ。……思ったより早かったな」


「夕霧様が……思ったより早かったのだと思います」


 リュシエルが「……綺麗な終わり方」と呟いた。


 大通りには紙吹雪がまだ降っている。


 断罪の桜吹雪が、あの黄金のもみがらと重なって見えた。

 


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