第7話:追憶
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。武国に向かう途中で捕まってしまった。現在寂しい中。
エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。
クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。武国編では王国再編が忙しく、連絡と補助中心。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
「戻りましたー」
廃神社の祠に設置した影門が淡い魔力の光を放ち、領主屋敷への潜入任務を無事に終えた夕霧が音もなく帰還を果たした。
「見事だ。こちらへ」
彼女を出迎え、別の場所に向かう。
ダンジョンの拡張によって新たに解放された……広大で薄暗い劇場のような空間。
「追憶の追想室だ」
「ここは前の?」
「そうだ。もう君の記憶からできた部屋ではなくなってはいるが……」
手前には、室内を完全に覆い隠すように、巨大で重厚な真紅のカーテンが静かに閉ざされていた。
「夕霧様、再度説明いたします。ここは物に宿る記憶を演目として再生するダンジョンルームです。この真紅のカーテンに触れた対象の、最も強い記憶を空間に投影する機構となっております」
ぺこり、と礼をするノクス。
「どういうことですか……?」
言葉を返す夕霧。
先ほど領主の屋敷から奪取してきたばかりの分厚い裏帳簿が、その手にしっかりと握られている。
「証拠品や重要人物をここに連れてくれば、過去に隠された真実を無理やり暴き出せるというわけか。主も底意地が悪いことだ。だが、これで面倒な尋問の手間は省けるな」
エイレンが腕を組みながら呆れたように言うと、隣に立つリュシエルも静かに頷いた。
「……なるほどね。……過去を暴く……部屋」
これは今後、対象の隠したい過去を強制的に可視化できる極めて強力な武器になる。
私は夕霧に向き直り、彼女が持ち帰った裏帳簿を指差して最初の確認を命じた。
「まずは試しだ。夕霧、お前が奪ってきたその裏帳簿を、あの真紅のカーテンに触れさせてみろ」
私の指示を受け、夕霧は背中から油布の包みを下ろして裏帳簿を取り出した。
「はい……」
彼女は両手でしっかりと抱え込んだ分厚い紙の束を真っ直ぐに差し出し、真紅の分厚い生地へと静かに押し当てる。
「裏帳簿の接触を確認いたしました。残留思念を読み取り、これより記憶の再生を開始いたします」
ノクスが宣言すると同時に、重厚な真紅のカーテンが左右にゆっくりと開いていく。
舞台の上には光の粒子が集束。
すると、数日前の領主の執務室の光景が、現実と見紛うばかりの立体の幻影として鮮明に浮かび上がった。
『米の……浮いた分の米はすべて金に換え、さらに中央への賄賂に回せぇ。一切の無駄を省くのじゃ』
机に向かい裏帳簿に筆を走らせる側近。
そして、領主の幻影が、傲慢な態度で指示を出している。
『民は……民は、どうしましょう』
側近は形式的な懸念を口にして領主の行動を嗜めようとするが……。
『飢えさせるのじゃ。その日を生きることに必死な獣に成り下がれば、思考は鈍り、反逆など企てる気力すら湧かなくなる』
冷酷な笑みを浮かべる幻影の領主。
『それが支配というものじゃ。あの鬱陶しい忍びの残党どもも、芸事の奴隷として徹底的に使い潰せ』
決定的な悪意の言葉と共に幻影が掻き消え、重々しい音を立てて真紅のカーテンが再び閉ざされた。
「やっぱり。こいつらは、最初からあたしたちを……人間として見ていなかったんですねー……」
裏帳簿を握り締める夕霧。
彼女の言葉は静かだったが、明確な悪意の塊を目の当たりにしたことで、その奥にある戦意が鋼のように固まったのがわかる。
「ただの記録の文字ではなく、生々しい悪意の映像を見せつけられた気分はどうだ、夕霧」
「……最悪です。ですが、これで迷いは完全に消えました。あいつらの罪を暴き、確実にこの出島から追放します。あたしたちが生きるために」
試しは完璧なほど成功だ。
これほどの明確な証拠があれば……。
これで今日の任務は終わりだと思い、夕霧に休息を取らせようとした。
……が、彼女はその場から動こうとはしなかった。
「あの。お願いがあります。この部屋……あたし自身が入っても、いいですか?」
夕霧は自らの胸にそっと手を当て、床に置いた裏帳簿から視線を外し、真剣な声で私に問いかけた。
その瞳には、先ほど私が与えた白米が呼び覚ました、本当の記憶への強烈な渇望が激しく渦巻いている。
「見たいんです。私が抱え続けてきたこの怒りの、もっと奥にある……あたしの本当の始まりを。私が何者だったのかを」
帳簿の悪意を暴いたように、今度は自分自身の記憶を暴きたいと彼女は言う。
「あの温かいお米の味を思い出した時、あたしの中で何かが繋がりました」
過去と向き合うのは、時に肉体的な傷よりも深い苦痛を伴う。
しかし……私は彼女の強い眼差しを受け止めた。
「すべてを知らなければ、私は前に進めません。棟梁を助け出し、この国と戦うための本当の……思い出が欲しいのです」
彼女の言葉に嘘や迷いはなかった。
自らのルーツと向き合い、反逆の刃をさらに研ぎ澄ませようというのなら、私に止める理由など何一つない。
「そうか。……いいことだ」
私はひと呼吸置いて言葉を続けた。
「構わん。その資格は、先ほどの握り飯への執着で十分に満たしている。行ってこい。お前の過去へ」
私の許可を得た夕霧は、深く静かに一礼した。
彼女は再びダンジョンルームへと向き直り、ゆっくりとした足取りで歩み寄る。
そして、自身の細い指先を、巨大な真紅のカーテンへとそっと触れさせた。
「夕霧殿の魔力波長の照合を完了いたしました。深層記憶の解析を開始します」
ノクスの静かな宣言と共に、真紅のカーテンが音もなく左右に開いていく。
◇
「先ほどの薄暗い執務室の映像とは全く違っているな」
部屋全体から溢れ出すような黄金色の光が放たれ、観客席にいる私や仲間たちまでも眩い光の中に飲み込んでいく。
「……なんて眩しい光。それに、この匂い……土と、太陽の匂い。……とても、温かい」
リュシエルが目を細めて呟いた通り、光の中から現れたのは、かつての美しい……武国のどこかの風景だった。
見える……青く澄み渡る空の下、風に波打つ黄金色の稲穂。
「これが……奪われる前の本当の景色というわけか。己の目にも眩しいほどの豊かさだ」
エイレンもまた、目の前に広がる幻影の景色に見入っていた。
そしてその景色の中心には……女性と幼い子ども。
領主と聖白教の支配が及ぶ前の本物の記憶の光景。
夕霧の黒い瞳が激しく揺れ動いた。
「……信じられません。……本当に、あの頃のまま……。忘れるはずがありません。あたしの、たった一人の……」
夕霧は吸い込まれるように一歩前へ踏み出し、黄金色の稲穂が揺れる幻影の舞台へとその身を乗り出した。
彼女は背を向けて立つ女性の姿に向かって、震える声で呼びかける。
「……お母、さん……?」




