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第6話:影潜み

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。武国に向かう途中で捕まってしまった。現在寂しい中。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。武国編では王国再編が忙しく、連絡と補助中心。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 領主屋敷の内部……。


 そこは昨夜とは比べ物にならないほどの厳戒態勢が敷かれていた。


「真実の観測室の魔導液晶越しにも、ピリピリとした殺気がひしひしと伝わってくるな」


 エイレンは目を離さずに言った。


 不規則に揺れるたいまつの炎。


 板張りの廊下を巡回する……抜き身の鋭い槍を手にした武士たち。


 だが、その息の詰まるような厳重な警戒網の中に、夕霧の姿はどこにも見当たらない。


「旦那様。対象の魔力波長、完全に背景の影と同化しております。視覚的にも祈跡としても、武国の警備兵が彼女の存在を感知することは不可能です」


 静かに告げるノクス。


 その言葉通り。


 夕霧は物理的な肉体を影そのものへと変質させ、巡回する武士の足元に伸びる黒い染みの中に完全に潜伏して移動を続けていた。


「……見事なものだ。自身の肉体を完全に捨て去り、他者の影に寄生して移動するとはな。これが本物の『影潜み』という技か。息を殺すという次元を超越している」


 画面を真っ直ぐに見すえるエイレンが感嘆を漏らした。


「……あら。レオ……あなたもできるはず」


 リュシエルの言葉に私は言いよどむ。


 影潜みではなく、影踏みという魔法でリュシエルを捕らえたのは私だからだ。


 それを知っていて、皮肉で言ったのだろう。


「忍びの術ほどは洗練されていないな」


「……そうかしら」


「あぁ」


 影の宿主となった武士は、自分の足元に闇の忍びが潜んでいることなど夢にも思わず、重い足音を立てて歩みを進めていく。


「……しかし」


 目を輝かせたリュシエル。


「……面白い。足音も、衣擦れの音も、風の揺らぎすら完全に消えてる。……誰も、こなたたちの刃に気づかない」


「……血の匂いがします。こいつら……」


 夕霧が呟く。


 おそらく、ささやき声はこちらには聞こえるがあちらには聞こえない。


「異常なし。裏口の警備をさらに増やせ。明日の監察まで、ネズミ一匹通すなよ」


 巡回する武士が同僚に声をかける。


 部屋のろうそくに照らされた影。


 その武士の影が扉の隙間へと長く真っ直ぐに伸びた。


 夕霧が動くための、完璧な橋が架かった瞬間だった。


「ここですね」


 短い囁きと共に、夕霧は宿主の影から液状のように分離した。


 彼女は扉のわずかな隙間へと音もなく滑り込み、暗闇に包まれた執務室の内部で素早く実体化する。


「見事な潜入だ。夕霧、時間は長くは取れない。部屋の奥にある隠し棚を探れ」


 私の指示を聞いて、部屋の中に侵入した夕霧は一切の躊躇なく奥へと進んだ。


 よどみなく、よどみなく、よどみなく。


 忍びの技術で精巧な鍵を瞬時に外す。


 中から分厚く束ねられた裏帳簿を引きずり出した。


「ええ。見つけましたー。領主の悪事の記録。これら全部、頂いていきます」


 夕霧が帳簿を油布に包んで背中に縛り付けようとした、まさにその時だった。


「旦那様、緊急事態です。執務室に向かって、二名の生体反応が急速に接近中。うち一名は……先ほどの領主の側近……それも武装状態と思われます」


 ノクスの警告。


 ほぼ同時に、執務室の木扉の向こう側で重々しい足音が止まった。


「くそっくそっ……どこいった……夕霧……!」


 夕霧は即座に裏帳簿を抱えたまま、部屋の隅にある大きな書物棚の影へとその身を沈める。


「まぁいい……近日中に行われる監査に備え、古い記録は今夜のうちにすべて燃やす。火鉢の用意はできているな」


 扉が乱暴に開け放たれ、松明を持った側近と護衛の武士が部屋の中へと足を踏み入れた。


 不規則な炎が部屋中を照らし出し、夕霧が潜伏している書物棚の影が激しく揺れ動く。


「はっ。火鉢はすでに廊下の奥に用意しております。それと、座敷牢の老人の処分も、明朝を待たずに今夜決行する手はずとなっております」


「!!!!」


 棟梁の命が今夜奪われるという事実に対し、彼女の殺意が実体を持って部屋の空気を冷やしていくのが画面越しにもはっきりと伝わってくる。


「……主よ、夕霧の殺意が漏れている。あの側近の首など一瞬で落とせる距離だが、今ここで血を流せば屋敷全体が蜂の巣を突いた騒ぎになる。耐えろ、忍びよ」


 エイレンが画面を睨みつけながら、低く唸るように警告を発した。


 夕霧はその言葉を通信越しに聞いたのか、あるいは自らの意志で怒りを押さえ込んだのか、再び魔力波長を完全に平坦なものへと戻した。


「……ん? 待て。この隠し棚の錠前……なにか違和感が……」


 隠し棚へと顔を近づけた側近。


 彼がたいまつを掲げたことで、部屋の隅に伸びていた夕霧の隠れ場所の影が、徐々に小さく削り取られていく。


 このままでは術が解けるのは時間の問題だった。


「夕霧、正面から突破する必要はない。部屋の反対側にある燭台の影を操作しろ。音を立てて注意を逸らすんだ」


 私は即座に状況を分析し、脱出のための起死回生の指示を出した。


 夕霧は私の言葉に従い、己の潜む影から細い触手のような巫力を伸ばし、部屋の反対側にある真鍮の燭台へと絡みつかせる。


「やってみます」


 夕霧の鋭い声。


 大きな金属音を立てて床に倒れ込む燭台。


 ガシャンという派手な音が、静まり返っていた執務室に激しく響き渡る。


「なんだ!? 曲者か、あっちを探れ!」


 側近と護衛の武士が、血相を変えて倒れた燭台の方へと駆け出した。


 たいまつの光が移動したことで、入り口の扉に向かって太く濃い影の道が一気に出来上がる。


「……今。……影の道が……開く」


 ささやくリュシエル。


 夕霧は床を這う影の中を弾丸のような速度で滑り抜けた。


  彼女は側近の背後を音もなくすり抜け、開け放たれた扉から廊下へと一気に脱出する。


「対象の離脱を確認。見回りの武士の影を経由し、屋敷の外周へと向かっています。追跡者はありません」


 ノクスが計器の光を見つめながら、感情を交えない声で完璧な離脱を報告した。


 画面の中の夕霧は、重厚な石垣の影から影へと飛び移りながら、夜の闇の中を矢のように疾走している。


「見事な手際だ。危機的状況にあっても冷静さを失わず、任務を完遂した。……主の手として、あれほどの存在も中々あるまい」


 エイレンが満足げに腕を組み、高く評価する言葉を口にした。


「ま、己たちの方が上だがな」


 確かに。


 エイレンたちも負けてはいないが、夕霧は素晴らしい。


 これで領主の不正を暴き、彼らを破滅させるための物理的な刃は、完全に私の手の中へと落ちたのだ。


「……裏帳簿、確かに確保いたしました。これより影門を通って、そちらへ帰還します」


 少し息を弾ませた夕霧。


 確かな自信と共に通信機から響いた。


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