表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/72

第5話:隠された牙

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。武国に向かう途中で捕まってしまった。現在寂しい中。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。武国編では王国再編が忙しく、連絡と補助中心。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 廃神社の祠の外から、荒々しい足音と怒号が響いている。


 追い詰められた夕霧が呟く。


「だめ……」


 だが、影門の境界を越えたこの石造りの部屋までは、彼らの手は届かない。


 極限の飢え。


「それでも……」


 その震える指先が、テーブルの上に置かれた白米に触れた。


「助けて……!」


 ——契約完了ディール


 ズゥゥゥウン。


「よし」


 私は口角を上げた。


 地響きが轟く。


「素晴らしい欲望です。旦那様、ダンジョンの機能が解放されました。しかも……この部屋に」


 溶け落ちた石壁。


 空間が反転し、私たちが立っている場所は古い日本家屋の木造の縁側へとすり替わった。


「こちらの空間は……『追憶の追想室シアター』。夕霧様の欲望はそれだけ強かったということですね」


 目の前には、どこまでも広がる黄金色の稲穂が夕日を浴びて揺れている。


 武国ではすでに絶えて久しい、豊かで平和な故郷の幻影だ。


「これは……」


 夕霧が呟く。


 いつの間にか、古い廃屋の縁側に私たちは座っていた。


 白米がダンジョンの力で変化し、暖かいおにぎりとなって縁側に置かれている。


「『追憶の追想室』の効果はカーテンに触れたものの過去を再生するもののようです。今回は……夕霧様の思い出が強く表れたようですね。カーテンにふれなくとも……」


 なるほど。


 追憶の追想室は過去の再生……つまり、これは触れたもの……夕霧が最も心に残っている心象風景、ということか。


「座れ。……ここはもう、追っ手の声も届かない場所だ」


 私は縁側に腰掛け、立ち尽くす彼女に向かって静かに声をかけた。


 すぐ横の皿には、熱を帯びたおにぎりが乗っている。


 夕霧は警戒も露わに周囲を見渡したが、すぐに私へと鋭い視線を向け直した。


「これは……幻術、ですか……?」


 彼女の張り詰めた声が、夕暮れの静寂に響く。


「正確にはそうではない。ここは君から表出した、君だけの世界だ」


 私は言葉を続ける。


「少し話をしよう。夕霧……君は、踊り子にしては、足運びが静かすぎる」


 私は真っ直ぐに彼女の黒い瞳を見据え、隠し事の奥底を暴き立てる。


「気配の消し方、無意識の呼吸の浅さ……噂に聞く『乱波』。広く言えば……『忍び』か」


 夕霧の肩がわずかに跳ね、息を呑む音が聞こえた。


 今まで必死に押し殺してきた、自らの正体だ。


「デジマはただ海を埋め立てただけの港町じゃない。かつては独自の民が住み着き、影を生業とする忍びの里があった場所だ」


 私は事実を冷徹に突きつけていく。


 彼女から一切の言い逃れを奪うために、言葉という刃を容赦なく振るい続ける。


「それを武国が武力で奪い、お前たちから牙を抜き、ただの芸事の奴隷へと貶めた。……違うか?」


 夕霧は私の目を見つめ返したまま、しばらく沈黙した。


 やがて逃げ場がないことを悟ったのか、彼女の全身から張り詰めていた力が抜け落ちる。


「……そうです。ここは、私たちの里でした。……誇りも、土地も、米も、すべて奪われた」


 絞り出すような声。


 そこには長年抑え込んできた深い絶望と諦めがにじんでいた。


『……悲痛な告白』


 リュシエルの声が私の耳にだけ……届く。


 私は同情する代わりに横にある皿を、少しだけ夕霧の方へと押しやった。


 黄金色の夕日を反射して、真っ白な米粒が艶やかに光っている。


『……米か……。武国の支配の象徴。それを喰らうとなると……』



『……残酷。……でも、確実な反逆の印』


 魔導機ごしの声。


 エイレンが私の意図を正確に読み取り、リュシエルが短く補足する。


 その通りだ。これはただの食事ではない。


 彼女を縛り付ける鎖を、彼女自身の顎で噛み砕かせるための儀式だ。


「取り戻せ、夕霧。これはただの飯じゃない。聖白教と領主が明確に禁じた『米』だ」


 私は彼女の退路を断つように、重く告げる。


 夕霧は皿の上のおにぎりを見つめた。


 聖白教に支配された武国の教えでは穢れ。


 この国の民の宝として受け継がれてきたもの。


「これを食べるということは、連中への決定的な反逆を意味する。毒など入っていない」


 私は腕を組み、ただ彼女の選択を待つ。


「食らえば、お前は『従順な踊り子』という立場を捨てることになる。私と、対等な取引をする気はあるか」


 夕霧はゆっくりと縁側に座り込んだ。


 彼女は両手で丁寧におにぎりを持ち上げる。


 温かいその塊を覚悟を決めた瞳で見つめ、そして一口、大きくかじりついた。


 蘇る……かつての日常。


 口の中に広がる米の甘み、奪われたデジマの記憶。


「……っ……」


 夕霧の目から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。


 彼女は泣きながら、何度も口を動かし、米を胃の腑へと流し込んでいく。


 あふれ出す……抑圧されていた感情。


「……美味しい……。……こんなに……美味しいものだったなんて……」


 それは、理不尽な掟で縛り付けられていた自分自身との決別の言葉だ。


 教え込まれた禁忌が、彼女の中で確かな幸福へと反転する。


 その瞬間、夕霧の心を縛っていた見えない鎖が完全に砕け散った。


「正式に……契約成立だな」


 私は満足げに頷き、低く宣言した。


 その時、夕霧の踊り子の衣装が光に包まれた。


「えっ……えっ? なに……?」


 服装が変化していく。紫と黒、金を使った美しい着物だ。


 踊り子の衣装を基調として、忍びの意匠がふんだんに盛られている。


 あぁ、まさしく……今の夕霧の、彼女を表した服装だ。


「これは……」


 彼女の太ももに縛り付けられていた二本の鋭いクナイが露わになる。


「夕霧様の堕落に反応し、ダンジョンが生成した、あなた様の新しい衣装です。どうですか?」


「とても……動きやすいー! 良いです、これは」


 芸事の奴隷としての顔は完全に消え去り、純然たる忍びの瞳が私を射抜いていた。


「なるほど……」


『良い目になった。ようやく己の牙を思い出したようだな』


『……うん。……これで、闘える』


 エイレンとリュシエルの声。


 私も同意見だ。


 これでようやく、彼女は一つの強靭な刃となった。


「素晴らしいな、夕霧」


「……行ってきますね」


 彼女はわずかに緩んだ表情を一瞬で切り替えて前を向いた。


 私は彼女の覚悟を認め、再び影門を作動させた。 

「君の視界はダンジョンと同期される。こちらからも指示があれば、伝える」


「……わかりました」


 私は真実の観測室ストラテジック・ルームに動き、ディスプレアを見つめた。


『ここしかありえん!』


『くそ! 開け!』


 祠のすぐ外では、家臣たちの怒号と荒々しい足音が扉の目の前まで迫っていた。


 今にも立て付けの悪い木製の扉が蹴り破られようとしている。


「参ります」


 夕霧は静かな、しかし確かな殺意を込めて短く告げた。


 彼女が祠の扉をすり抜けるように外へ出る。


「貴様ぁ……逃げられると思わないことよ、夕霧ぃ」


「ふざけおって……小娘が」


 見るとあの女官と側近であった。


「八百万の神よ、名もなき神よ、あたしに力を」


 夕霧はわずかに動く。


「桜花・千変万化」


 桜の花びらのような、魔力……いや、これは武国の……巫術……巫力だろうか?


 流れるような動きと共に、花霞が舞う。


「な……!?」


「だぁ……!」


 見ると女官と側近の服はズタボロに切り刻まれ、全裸一歩手前の状態だった。


「「嫌ぁあぁぁぁぁ!!」」


 冷たい夜風が彼女の黒紫の髪を揺らす。


「あはは、峰打ち? ですよー」


 雲の切れ間から覗く月を見上げる彼女の瞳は、どこまでも冷たく、そして澄み切っていた。


 直後、夕霧の姿がふわりと揺らぎ、完全に夜の影へと溶けて消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ