第54話:白き重圧
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。
クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
グレイヴァルド王国を『堕落のダンジョン・表層』として完全掌握した翌朝。
私たちは、ダンジョン最深部の真実の観測室に集結していた。
円卓には、私とリュシエル、クラリス、エイレン。
だが——私の右隣、アウレリアの席だけが、ぽっかりと空いていた。
「……静かだな」
私が呟くと、背後にひかえていたノクスが、無表情のまま紅茶を置いた。
「アウレリアの生体反応、および『影の首輪』の通信リンク、反応はありますが、安定しません。安否は不明です」
「簡単には死なんだろう。これまでも死に瀕する瞬間は多かったはずだ。何せ馬車を使わずに北との往復をしたことだってあるのだからな……アウレリアは」
エイレンの言葉に全員頷く。
恐らくは無事だ。
だが、警戒はしなくては。
アウレリアが敵地で道を切り開いている間に、私たちは『外』を固める。
「リュシエル。考えは?」
私が問いかけると、リュシエルが巨大なディスプレアに指を運んだ。
映し出されたのは、大陸全土の地図。
だが、北の大国・神聖連合本国アルヴィア付近のエリアだけが、真っ白なノイズで覆われており、情報を一切受け付けない状態になっていた。
「……見ての通り。……『光』が強すぎる」
リュシエルは口に手をあてて呟いた。
「……あそこはもう、現世の理で動いていない。そんな感じ。……教主という『神の代行者』が、空間そのものを漂白している、みたいな。……正直、今の戦力で正面から突っこめば、全員消滅する。」
その言葉に、室内が凍りつく。
エイレンが剣の柄を強く握りしめ、クラリスが息を飲む。
勝ったばかりの空気が、一瞬で絶望に変わる。
だが……その時だった。
『——小石が一つ、庭に入ったな。』
不意に。
周囲または脳内に直接、『声』が響いた。
幼く……男とも女ともつかない。
感情も抑揚もない。
ただ圧倒的に『巨大』な何かの声。
ズンッ!!
物理的な重圧が、真実の観測室全体を襲った。
ディスプレアがノイズを上げて明滅し、照明魔法……浮かぶランタンが弾け飛ぶ。
エイレンが片膝をつき、リュシエルが悲鳴を上げて耳を塞いだ。
「が、ぁ……ッ!?」
「……ううううッ!」
私だけが、歯を食いしばって立っていた。
これは警告だ。
遥か北の『白塔』に座る化け物が、ただ『見た』だけで、ここまでプレッシャーをかけてきているのだ。
『……南の泥人形……レオ。汝が手に入れたのは、羊一匹に過ぎない。……世界は広い。汝の力で、この白き光を塗りつぶせると思うてか?』
「……ッ、ハ! 随分と上から目線じゃないか……!」
私は全身の魔力を回し、その重圧を跳ね除けた。
震える足を踏ん張り、虚空に向かって吠える。
「塗りつぶしてやるとも! 貴様のその真っ白なキャンバスを、極彩色の欲望でな!!」
フッ、と圧力が消えた。
まるで、興味を失ったかのように。
ディスプレアの表示が戻る。
全員、肩で息をしていた。
「……化け物め。……ただの通信祈跡でこの覇気か」
私は額の汗を拭う。
正面突破は不可能だ。
今のままでは、アウレリアを助けるどころか、近づくことさえできない。
「……だが、塞がったことで活路が見えた」
私はモニターの地図を指差した。
白塔の周囲には、神聖連合を構成する『三つの大国」が存在している。
「奴は動かないのではなく、動けないのだ。あの強大すぎる結界を維持するために、白塔から一歩も出られない。……ならば!」
私は地図上の3つの国を、赤くマーキングした。
東:侍と巫術の国 『黎明武国』
西:鋼鉄と蒸気の国 『機工帝国』
南西:砂と黄金の国 『砂宮商連』
そして、叫ぶ。
「奴の力の源泉は、世界中から吸い上げる『信仰心』だ。ならば、供給源をすべて堕として、白塔を干上がらせてやる」
リュシエルが、はっと顔を上げた。
「……なるほど。……外堀から埋める気?」
「そうだ。どの国も、独自の文化と『強烈な抑圧』を隠し持っているはずだ。……堕とし甲斐がありそうじゃないか」
私はニヤリと笑い、それぞれの顔を見渡した。
恐怖は消えた。
あるのは、新たな欲望の渇望だけだ。
「ノクス! 各国の転移座標位置の準備は?」
「既に完了しております。……我々は王城に居ながらにして、世界中のどこへでも『出張』可能です」
完璧だ。
私は地図を睨め付けた。
「待っていろ、アウレリア。そして震えて待っていろ、教主」
私は夜空に向かって、高らかに宣言した。
「国は手に入れた次は『世界』を手に入れる」
私たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。
世界を堕落させるために……。
ようこそ、堕落のダンジョンへ。




