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第52話:見えざる手と、観測室

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。


リュシエル / オルドリア教区(グレイヴァルド王国)の元教区長。白髪。片目を隠すような流れる前髪。細身で常に眠そう。強力な祈跡使い。解放されて、ダラっとしてしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 一夜明け、私は思考していた。


 かつてはただの廃教会の地下だったこの場所も、今や王国の中枢として機能し始めていた。


「報告。王都および周辺都市への食料供給ルート、すべて正常化しました。これでもう、パンのために子供が行列を作る必要はありませんわ」


「治安維持部隊からだ。元・騎士団の連中、すっかり自警団ガードマンとしての板がついてきたぞ。『教会のため』より『晩飯のため』の方が、人間よく働くらしいな」


 ダイニングルームで、朝食のスクランブルエッグを突きながら、クラリスとエイレンが報告を上げてくる。


 非常に優秀だ。


 私が紅茶とコーヒーをすすっているだけで、国の内政と軍事が勝手に最適化されていく。


 だが、今のこの食卓で最も異彩を放っているのは、私の正面に座る元・聖女、リュシエルだった。


「……ん」


 彼女は片手に焼きたてのトースト、もう片手に万年筆を持ち、積み上げられた書類の山を猛スピードで処理していた。


 以前のような背筋を伸ばした……優雅な食事風景ではない。


 行儀悪く足を組み、トーストをかじりながら、目にも止まらぬ速さで書類に目を通し、次々と『承認』『却下』の印を押していく。


「この予算案、無駄が多い。却下。……こっちの人事案は承認。……ん、ジャム」


「はいはい、イチゴジャムですね」


 隣にひかえたノクスが、呆れたように、しかし甲斐甲斐しくジャムを塗って差し出す。


 リュシエルはそれを受け取り、口の端にジャムをつけながらモグモグと頬張った。


「……うま」


「リュシエル、少しは行儀よくなさいな。元・教区長でしょう?」


「……今はただの『最高戦略顧問』と『参謀』。……形式よりも効率。祈る時間があるなら、手を動かす」


 リュシエルは淡々と返し、最後の一枚にハンコを押した。


 ドンッ!


 山積みだった未決裁書類が、朝食が終わる前に消滅した。


「素晴らしいな」


 私は感嘆の息を漏らす。


 かつて彼女の脳のリソースを占めていた『信仰』や『体面』がすべて取り払われた結果、その純粋な知能が実務に全振りされているのだ。


「お食事中、失礼いたします旦那様」


 ノクスが私の空になったコーヒーカップに注ぎ足しながら、うやうやしく告げた。

 

「王国がためこんでいた欲望がダンジョンに流れこみ、ダンジョンの解析深度が向上しました。これに伴い、新ダンジョンルーム『真実の観測室ストラテジック・ルーム』を開放いたします」



          ◇



 案内されたのは、ダンジョンの深層。


 重厚な鉄扉が開くと、そこには薄暗いドーム状の空間が広がっていた。


 部屋の中央には巨大な円卓があり、その周囲の壁一面には、無数の『日常』が魔法映像として浮かび上がっている。


「ほう、こいつは壮観だな」


「大陸全土の魔力・情報の流れを可視化しました。これは魔導スクリーン。魔導機ディスプレアです。言わば『水鏡』のハッキング・バージョンです」


 ノクスが誇らしげに胸を張る。


 スクリーンには、グレイヴァルド王国を中心とした地図が表示され、物流や人の流れが光の粒子となって動いている。


 だが、全員の視線は、自然と地図の『北』へ吸い寄せられた。


 大陸北部を支配する巨大国家、神聖連合本国『アルヴィア』。


 その領域だけが、不気味なほど静止していたからだ。


「……妙」


 円卓の席に着いたリュシエルが、瞳を細めた。


 彼女は魔法映像に触れ、北の国境付近を拡大表示させる。


「……属国であるグレイヴァルドが離脱した。教義上、これは『ウイルス感染』と同じ。……即座に切除……つまり殲滅軍を派遣するのがセオリー」


「だが、軍隊の動きは見えんな。国境警備兵すら撤退してやがる」


 エイレンが腕を組み、けげんそうに唸る。


 私も地図を凝視する。


 何もない。


 あまりにも、何もなさすぎる。


「……考えられる理由は一つ」


 リュシエルが、冷ややかな声で結論を告げた。


「……まだ気づいてない」


「それはないだろう!」


 とエイレンが声を荒げる。


「……余裕だから。多分。別に気にしてない」


 その言葉に、室内の温度が数度下がった気がした。


 見えない敵。


 そして、読めない敵。


 軍隊が攻めてくるなら迎え撃てる。


 だが、相手は何をしてくるか分からない『神の代行者』だ。


 情報が足りない。


 致命的に。


「……誰か武国あたりに……行くしかないかな」


 リュシエルが呟く。


「武国か……。サムライの国だ。しかし、今は全土が聖白教の司祭によって統一されている。しかもあそこは……」


 エイレンの言葉に対し、リュシエルが返す。


「……シオン・フェストゥム」


「はい。洗脳の教区長シオンが支配しています」


 ノクスの言葉に沈黙が走る。


 シオン。


 それだけ……名のある存在なのだ。


 私ももちろん知っている。


 その能力は……国ひとつを支配できるレベルの洗脳の祈跡使いだ。


 誰もが二の句を継ぐことができない。


 その時だった。


「はいはぁい! それ、わたしの出番でしょぉ?」


 軽い調子で、右手が挙がった。


 アウレリアだ。


 彼女は円卓に頬杖をつき、悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。


「アウレリア……」


「だってぇ、他の国へ探りにはいれるのなんて、わたしくらいでしょ? 聖務連絡官だもん。なんなら顔パスでいけるよぉ」


「……危険だ。相手はサムライの国だぞ」


「だからこそだよぉ。……あなた様の邪魔をする奴がどんな準備をしてるのか、私が全部見てきてあげる」


 彼女は笑っていた。


 だが、テーブルの下で握られたその拳が、白く変色するほど強く握りしめられているのを、私は見逃さなかった。


 怖いのだ。


 あの、狂信の匂いが充満する場所に戻るのは。


 それでも、彼女は私のために行こうとしている。


「……止めても、無駄か?」


「うん。……わたしね、あなた様に拾ってもらって、初めて『あんなに甘いもの』を知ったの。もう、あの味気ない世界には戻りたくないんだぁ」


 アウレリアは立ち上がり、私の元へ歩み寄る。


 そして、みんなが見ている前で、私の首に腕を回した。


「行ってきます、あなた様。……お土産、期待しててねぇ」


          ◇



 ダンジョン入り口に描かれた魔法陣の前。


 見送りは、私とノクスの二人だけだ。


 他のメンバーは、「湿っぽいのは嫌いだから」というアウレリアの要望で、あえて観測室に残っている。


「……準備はいいか?」


「ばっちりだよぉ。変装セットも、非常食のクッキーも持ったし! どこからどう見ても武国の町娘でしょ!」


 アウレリアは着物にフード様の衣服をつけ、大きなカバンを背負って見せた。


 その時、ノクスが一歩進み出る。


「アウレリア様」


「ん? なになにノクスちゃん。寂しくなっちゃった?」


「……勘違いしないでください。貴女に死なれると、わたくしの業務負担が増えるという話です」


 ノクスは無表情のまま、アウレリアの胸元に何かを押し付けた。


 黒曜石のような宝石が埋めこまれた、チョーカーだ。


「『影の首輪』です。装着している間、貴女の影はわたくしの影とリンクします。……緊急時の通信と、最低限の魔力供給が可能です」


「へぇ……。これ、作るの大変だったんじゃない?」


「……昨晩、余った時間で作っただけです」


 嘘だ。


 ここ最近、ノクスの魔具工房イデア・ファクトリーの灯りが一晩中消えていなかったのを、私は知っている。


 アウレリアもそれを察したのだろう。


 彼女は笑みを浮かべると、そのチョーカーを大事そうに首に巻いた。


「ありがと。……これがあれば、どこにいても繋がってるねぇ」


 彼女はフードを深く被り直す。


 その瞬間。


 彼女がまとっていた『甘えん坊な少女』としての空気が、霧散した。


 背筋が伸び、足音が消える。


 そこに立っていたのは、冷徹な『聖務連絡官アウレリア』だった。


「——ではレオ様。潜入を開始します」


 声色すら違う。


 低く、研ぎ澄まされた刃物のような声。


 彼女は一度だけ私に向かって敬礼し、迷いのない足取りで転移ゲートの光の中へと飛びこんだ。


 光が収束し、彼女の姿が消える。


 残されたのは、静寂だけ。


「……行きましたね」


「ああ。気をつけろ。武国は……全土が聖白教の強い支配下だ」


 私は拳を握りしめる。


 彼女を一人で死地に行かせた。その事実は重い。


 だが、感傷に浸っている時間はない。


 彼女が命がけで情報を持ち帰るまでに、我々も動かねばならない。


 その時。


 作戦室に残っていたリュシエルから、通信が入った。


 その声は、かつてないほど焦っていた。


『……あなた! ノクス! 早く来て!』


「どうした!?」


『……北が、動いた。……いや、光った!』


 私たちが魔法映像に駆け寄ると、地図上の『神聖連合国』の中央……教主の居城である『白塔』の位置から、目も眩むような白い光……ノイズが発生していた。


「観測不能!? なんだこのエネルギー量は!」


『……始まった。……教主が、なんらかの『祈跡』そのものを起動させた。……まずい! 観測ができない』


 追跡していたアウレリアの光点が、白いノイズの端で、フッと点滅し……。


 そのまま、消えた。


そろそろ第一部終了になります!第一部終了までどうかよろしくお願いしますー

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