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第50話:騎士団の最終報告と別れ

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 翌朝。


 ダンジョン深層、ケィン・コーランド。


 そこには、戦場の殺伐とした空気は微塵もなかった。


 あるのは、祭りの後の気怠さと、奇妙な充足感だけだ。


「うぅ……頭が……」


「食いすぎた……もう動けん……」


 タタミの上で、千五百名の元・聖白守護騎士たちが雑魚寝している。


 あちこちから幸せそうなうめき声と、イビキが聞こえる。


 彼らは昨晩、人生で初めて『欲望』のままに飲み食いし、泥のように眠ったのだ。


 その寝顔には、かつて彼らの眉間に刻まれていた深いシワはもうない。


「——起きろ、みんな」


 私が手を叩くと、ダンジョンルームに低い音が響き渡った。


 ビクリと跳ね起き、慌てて周囲を見回す騎士たち。


 そして、私の隣に立つ『彼女』を見て、息を呑んだ。


「きょ、教区長……!?」


「そのお姿は……?」


 彼らの視線の先には、リュシエル・アストゥラが立っていた。


 だが、彼らが知る『冷酷な聖女』ではない。


 左右にキッチリと髪はほどかれ、腰まで届く亜麻色のストレートヘアがサラリと揺れている。


 服装も、透き通った白い法衣ではなく、動きやすいシンプルなドレスとカーディガンだ。


 まるで休日の文学少女のような佇まい。


「……」


 リュシエルは、気だるげに自分の髪を指で撫でた。


 その瞳は冷ややかだが、かつてのような剣呑な殺気はない。


 透き通るような静けさ。


 ザッ、と隊長が進み出た。


 昨夜、骨付き肉を両手で貪っていた大男だ。


 彼は顔を蒼白にし、その場に膝をついた。


「教区長……! 申し訳ありません! 我々は、悪魔の誘惑に負け、聖騎士としての誇りを……!」


 隊長の声に、他の騎士たちも青ざめる。


 酔いが覚め、現実に引き戻されたのだ。


 禁忌を犯した。


 破門だ。


 処刑だ。


 彼らはリュシエルからの、長時間の説教と断罪を覚悟し、身を縮こまらせた。

 

 だが。


「……うるさい」


 リュシエルの口から出たのは、短く、平坦な一言だった。


 説教の始まりではない。ただの事実の指摘。


「え……?」


「……謝罪は不要。」


 リュシエルはため息混じりに言った。


「……あなたたちは、人間になった。……それだけ」


 騎士たちがポカンと口を開ける。


 神の教えは? 秩序の回復は? いつもの「聖白教聖典第何条〜」という引用は?


「教区長……我々を、お許しになるのですか……?」


「……許すも何も」


 彼女は首を傾げ、面倒くさそうに私の方を顎でしゃくった。


「……こなたのボスは、もう神じゃない。あなた……この人。……文句なら彼に言って。」


 この人呼ばわり。


 私は苦笑したが、悪くない気分だ。


 彼女はもう、虚勢を張るのをやめたのだ。


「……行きなさい。剣は置いていけ」


 リュシエルは騎士たちに背を向け、ひらひらと手を振った。


「……これからは、自分のために生きろ。……以上」


 短い。


 あまりにも短い、解散命令。


 だが、その言葉には、どんな長い説法よりも重い解放の響きがあった。


「……あ、あぁ……」


 騎士団長の目から、涙があふれた。


 それは恐怖の涙ではない。


 十年間、彼らを縛り付けていた鎖が、完全に解かれたことへの感謝の涙だ。


「感謝します……リュシエル様! いえ、リュシエルさん!」


 団長は深々と頭を下げた。


 聖職者への礼ではない。


 一人の女性への、別れの挨拶。


「お元気で! 貴女も……どうかお幸せに!」


 わっと歓声が上がった。


 騎士たちは次々と立ち上がり、私が開いた地上への転移ゲートへと走っていく。


 ある者は実家の畑へ。


 ある者は恋人の元へ。


 誰も振り返らない。


 彼らはもう、聖白守護騎士ではない。


 ただの自由な人間だ。


「……まって。みんな」


 リュシエルは去り行くものたちに声をかけた。


「……ごめんなさい。嘘かもしれないけど、今まで私……こなたを慕ってくれて、ありがとう」


 騎士たちは涙を浮かべて微笑む。


「はい!」


「……ふん。あっさりしたものだな」


 その光景を眺めていたエイレンが、呆れたように肩をすくめた。


「昔の貴様なら、『聖典』を第三章まで朗読して、精神浄化の儀式を強要していただろうに」


「……無駄。」


 リュシエルは、エイレンを一瞥し、ボソリと言った。


「……長い言葉は疲れる。……意味なし。……喉がかわく」


「はっ、言うようになったな」


 エイレンが楽しげに笑う。


 かつての宿敵同士だが、肩の荷を下ろした者同士、妙に波長が合っているようだ。


「なにを……貴様ら逃げるなー!」


 騎士たちの合間をぬって現れたのは主席補佐官ドウェル・ピックマン……例の神官である。


「はぁはぁ……リュシエル教区長様……私が! 私が最後まで信仰を保ってあなた様をお待ちしておりましたぞー!」


 神官は脂汗をかきながら、ぜいぜい呼吸をしながら、気だるげなリュシエルの前に姿を見せた。


「さぁ……リュシエル様! 撃ってください祈跡を!」


「……うるさい」


「はっ……? リュシエル様……?」


「……キモい」


「そんな……! 目をお覚ましください!」


「……消えろ」

 

「お、覚えておれー!!!」


「……ピー(ダンジョンの禁句制御魔法が自動で発動した音)」


 リュシエルとの応酬。


 恐らく……彼はただ単に隠れひそみ、まぎれて転移させられ、タダ飯を食べて寝ていただけであろうが。


「あ、逃げた。もぉー楽しませてくれるなぁ」


 アウレリアは残念そうにため息をついた。



          ◇



 騎士たちが去った後。


 私たちは、ダンジョンの禁断の書庫アーカイブの円卓に移動した。


 囲むのは、私と……五人。


 全般・ダンジョン運営担当のノクス。


 諜報・甘いもの担当の、アウレリア。


 内政・宰相担当の、クラリス。


 軍事・教育担当の、エイレン。


 そして——。


「さて。これで王国の旧体制は完全に崩壊した」


 私は円卓の最後の一席、最も上座に近い席を指差した。


「リュシエル。今日からそこが、君の席だ」


 リュシエルは新たな役職を与えられている。


「我がダンジョンの『最高戦略顧問グランド・ストラテジスト』。……その頭脳で、我々を勝利に導け」


 リュシエルは、無言でその席に座った。


 足を組み、頬杖をつく。


 その仕草には、大人の色気と、底知れない知性が漂う……あと女児性。


 彼女は静かに私を見据えた。


「……分かった。……こなたの頭脳、好きに使えばいい」


 短い受諾。


 だが、すぐに人差し指を立てて付け加えた。


「……ただし。条件がある」


「ほう? 言ってみろ」


「……『安眠』と『静寂』」


 彼女は心底うんざりした顔で言った。


「……10年間、働き詰めだった。……もう無理。……低反発の枕と、遮光カーテン。……あと、休日は起こさないで」


 私は思わず吹き出した。


 なるほど、それが彼女の『堕落』か。


 完璧主義者が、糸が切れて『怠惰』を求めたわけだ。


「ああ、約束しよう。世界最高のベッドと、誰にも邪魔されない書斎を用意する」


「……なら、よし」


 彼女は満足げに目を閉じ、微かに微笑んだ。


 これで、役者は揃った。


「——状況更新」


 ノクスがガラガラとダンジョンアイテムを運んでくる。


 車輪のついた巨大なモニターに見える。


 そこに地図が映し出された。


 『グレイヴァルド王国』のエリアが、聖白教を示す『白』から、ダンジョン領を示す『黒』へと塗りかわった。


「第一フェーズ、完了コンプリート。……グレイヴァルド王国は、我々のものです」


「よし」


 素晴らしい。


 基本的にはそっくりそのまま、国家を一つ丸ごと手に入れた。


 だが、リュシエルの視線は、地図の黒く染まった王国ではなく、その北に広がる広大な『白い領域』——神聖連合本国と白塔に向けられていた。


「……浮かれない」


 彼女の冷ややかな声が、部屋の空気を引き締める。


「……ここは所詮、属国。……本国あちらは、まだ動いていない」


 彼女の碧眼が、鋭く細められる。


「……『教主』は、こなたより厄介。……あれは、人間じゃない」


 聖白教の頂点に君臨する、謎多き教主。


 私もキャリアの中で一度しか見たことがない……その時は幼い少女だった……はずだが。


「分かっている」


 私はリュシエルの隣に立ち、同じ地図を見つめた。


「だが、やることは変わらない」


 私は宣言する。


 これは、世界への宣戦布告だ。


「上等だ。……世界の全てを『堕落』させるまで、我々の侵略は止まらない」


 窓の外、北の空には、不気味なほど白い雲が広がっていた。


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