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第49話:堕落と慟哭

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 空気は、まだ張り詰めていた。


 だが、それは戦闘の緊張感ではない。


 何かが壊れ、崩れ落ちた後の、痛々しい静寂だった。


「はぁ……っ、はぁ……っ、うぅ……!」


 リュシエル・アストゥラはガタガタと震えていた。


 十年間、必死に塗り固めてきた『聖女』の仮面の下にあった、ドス黒い保身の記憶。


 それを見られたという羞恥と恐怖が、彼女の精神を焼き尽くそうとしていた。


 私は彼女の前にしゃがみこみ、その視線を逃がさなかった。


「『神のためだった』『国のためだった』と自分を騙して……また、誰かを犠牲にするつもりか?」


「いや……嫌ぁ……ッ!」


「もういいだろう、リュシエル。……楽になれ」


 私は彼女の膝に手を置いた。


 詰問ではない。


 これは、膿を出し切るための最後の手術だ。


「認めろ。……十年前のあの日。貴女が一番恐れていたのは何だ? 国の滅亡か? 神の怒りか? ……違うな」


 彼女の脳裏に、あの円卓の光景が蘇る。


 沈黙する神官たち。誰も入れようとしない投票箱。


 その時、彼女の背筋を駆け上がった悪寒の正体。


「貴女が恐れたのは——『自分が死ぬこと』だ」


 ビクリ、とリュシエルの体が跳ねた。


 図星を突かれた衝撃が、最後の防壁を粉砕する。


「……あ……」


 彼女の目から、堰を切ったように大粒の涙があふれ出した。


 ポロポロと零れ落ち、膝を濡らす。


「……怖かった……っ!」


 ついに、彼女が叫んだ。


 教義の言葉でも、指導者の言葉でもない。魂の悲鳴だ。


「あのまま誰も決めなければ……白塔が介入してくる……! そうしたら、末席にいた私が……一番弱い私が、責任を取らされて『異端』として殺されると思った……ッ!」


 彼女は顔を歪め、子供のように泣きじゃくった。


「生きたかった……! 死にたくなかった……! だから……私が先に投票して……誰かを犠牲にしてでも、助かりたかったの……ッ!!」


 それが真実。


 彼女は英雄でも聖女でもない。


 ただ死を恐れ、生存本能に従って他者を蹴落とした、臆病な少女だったのだ。


 部屋の隅で、その独白を聞いていたエイレンが、ふっと息を吐いた。


 彼女は剣の柄から手を離し、どこか寂しげに呟く。


「……なんだ。己と同じじゃないか」


 厳しい規律、鉄の結束。


 それらはすべて、組織という怪物に喰われないための鎧だった。


 リュシエルもまた、その鎧の中で震えていただけなのだ。


「うん。やっと、可愛い声で鳴いたねぇ」

 

 アウレリアの声が響く。


 そこには嘲笑はない。


 同じ『弱者』としての、奇妙な連帯感があった。


「……そうか。それが聞きたかった」


 私は頷き、指を鳴らした。


 シュルル……。


 リュシエルがまとっていた祈力が、霧散して消える。


 私は彼女の背後に回り、イスへ座らせた。


 リュシエルの髪の上で光り輝く教区長の頭冠。


 十年前のあの日から、彼女が自分自身を縛り続けてきた戒律の象徴。


「この頭冠も……自分を律するための『鎖』か」


 彼女のうなじが、緊張で強張る。


 私はその頭冠に指をかけた。


「もう、不要だ」

 

 カランッ。


 乾いた音がして、落ちていく頭飾り。


 サラサラサラ……。


 重力から解放された白銀とも亜麻色ともいえる髪が、彼女の顔にかかる。


 額を出して左右に分けていた髪型から、前髪がハラリと落ち、顔の輪郭を優しく包みこむ。


 そこに現れたのは、冷酷な『教区長』ではない。


 髪を下ろした、年相応の華奢で弱々しい、一人の女性の姿だった。


「あ……あぁ……」


 リュシエルは、自分の顔にかかる髪の感触に戸惑い、そして私の腕ににすがりついた。


 土下座をするように、私の右腕に額を擦り付ける。


「うあぁぁぁ……っ! ごめんなさい……っ! 私は……汚い……ただの人間です……ッ!」


 十年分の罪悪感が、涙と鼻水になって噴き出す。


 誰にも言えなかった。


 誰にも許してもらえなかった。


 自分の汚さを、ようやく吐き出せたのだ。


「ああ、汚いな」


 私はしゃがみこみ、流れ落ちた彼女の長い髪を優しく撫でた。


「自分のために他人を蹴落とし、保身のために嘘をついた。……立派な『人間』だ」


「うぐぅっ……ぐすっ……」


「神は許さなくても、私は歓迎する」


「ごめんなさい……ッ! みんなごめんなさいいいッ! ごめんなさい……」


 私は彼女の顎を持ち上げ、涙でぐしゃぐしゃになった顔を見つめた。


「ここは『堕落のダンジョン』だぞ? 清廉潔白な聖人君子には居場所がないが……泥にまみれて生きたいと願う人間には、最高の楽園だ」


 私の言葉に、リュシエルは大きく目を見開いた。


 汚いままでいい。


 罪を背負ったままでいい。


 その言葉が、凍りついていた彼女の心を溶かしていく。


「君は……どうしたいんだ?」


「……たいッ!」


「しっかり言うんだ」


「生きたい……! それでも私は生きたい……ッ! 生きていたい……ッ!」


 彼女は私の手に頬を擦り寄せ、さらに激しく泣いた。


 それは絶望の涙ではない。ゆるされたことへの、安堵の慟哭だった。


 ——契約完了ディール


「堕落のダンジョンへ、ようこそ」



          ◇


 数分後。


 ひとしきり泣き晴らした後、リュシエルはゆっくりと顔を上げた。


 目は赤く腫れている。メイクも崩れている。


 だが、その表情は憑き物が落ちたように穏やかで、どこか透明感すら漂っていた。


 前髪を下ろした彼女は、驚くほど美しかった。


「……でも、私に、生きる価値などあるのか」


 彼女は掠れた声で問うた。


 教区長の座も、騎士団も、王の信頼も失った。


 今の彼女は無一文だ。


「あるさ。大ありだ」


 私はハンカチで彼女の涙を拭ってやりながら言った。


「君には、10年間この国を実質的に回してきた『政治手腕』と、あの頑固な騎士団を統率した『頭脳』がある。……それを、私のために使え」


「貴方のために……?」


「そうだ。罪滅ぼしのためじゃないぞ」


 私はニヤリと笑った。


「これからは、君自身が『美味しいご飯』を食べて、『ふかふかのベッド』で眠り、好きな服を着て笑うために……その才能を使うんだ」


 自己犠牲ではなく、自己実現のために働け。


 それが、私の提示する契約だ。


 リュシエルは、呆気にとられたように私を見つめ——そして。


 花が咲くように、弱々しく、しかし確かに微笑んだ。


「……うん」


 彼女は私の手を両手で包みこみ、頬に当てた。


 その瞳には、かつての狂信ではなく、新しい主への深い依存と敬愛が宿っていた。


「……私の全てを捧げる。……あなた」


 その瞬間、部屋の空気が変わった。


 ダンジョン全体が、彼女の「堕落」を祝福するかのように振動する。


「完全に契約成立ディールですね」


 ノクスが、嬉しそうな声で告げた。


「ようこそ、リュシエル様。……これより貴女を、当ダンジョンの『最高戦略顧問グランド・ストラテジスト』として登録します」


 最強の敵は堕ちた。


 リュシエルは私の胸に顔を埋め、子供のような寝息を立て始めた。


 長い、長い悪夢が終わったのだ。



50話です!この機会にブックマーク、感想など!いかがですか!手から喉がでるほどお待ちしております!あぁ!手が風邪ひいちゃうよ!

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