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第48話:10年前の投票箱

【登場人物】


レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。


ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。


アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。


エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。


クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。


【設定】

堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。


 特別応接室の空気は、凍りついていた。


 騎士団の堕落、そしてグレイヴァルド王の独立宣言。


 それらを突きつけられてなお、リュシエル・アストゥラはギリギリのところを保っていた。


 彼女は椅子の背もたれに爪を立て、虚空を睨みつけている。


 その瞳の奥には、狂気じみた光がまだくすぶっていた。


「……私の『秩序』は……私の『正義』は……」


 彼女はうわごとのように呟いた。


 そして全身からあふれ始める白銀色の祈力。


「うわっまずい! まずいよぉ!」


 アウレリアが叫ぶ。


 リュシエルが魂を削り、生成しているかのような……莫大な祈力。


「騎士が堕ちようと、王が去ろうと……私の『正義』は汚れません!」


 立ちあがろうとするリュシエル。


「あの日、私が下した決断は……神の意志だったのですから!!」


 ——まだ、そこにしがみつくか。


 私はため息をつき、彼女の前に立った。


 外部からの攻撃はもう十分だ。


 これ以上は、彼女の内側ナカに入りこみ、その歪んだ核を直接叩き割るしかない。


「ノクス、精神干渉マインド・ハック接続。……出力最大で精神侵蝕マインド・ダイブだ」


「旦那様、危険です。対象の精神防壁は異常ですよ」


「角の神よ……応えよ。祖たる力を……顕現せよ……」


 リュシエルの詠唱がはじまる!


 私は覚悟した。


 リュシエルが命を賭して、祈力をまとっていく。


 自身を犠牲にして発動する祈跡。


「爆熱、烈炎、破壊の線……」


 極域祈跡『赫灼』。


 この地を全て破壊する気だ。


「旦那様!」


「構わん。……こじ開ける」


 私はリュシエルのこめかみに指を当てた。


 彼女がビクリと震える。


「何を……っ……!」


「くっ! 精神干渉マインド・ハック、出力最大! 接続開始」


「お前の『神』の正体を、見せてもらおうか……精神侵蝕マインド・ダイブ


 私の意識が、彼女の脳内へと吸いこまれていった。



          ◇



 視界が反転し、強烈な白光が網膜を焼いた。


 私が降り立ったのは、広大な『真っ白な大聖堂』だった。


「……趣味が悪いな」


 私は眉をひそめた。


 床も、壁も、天井も、すべてが大理石のように白く、冷たい。


 塵一つなく、左右は完璧な対称シンメトリー


 生き物の気配はおろか、生活臭の一切が排除された、死んだ世界。


 これが、リュシエル・アストゥラという女の精神構造こころか。


『入るな……ッ!』


 頭上から、悲鳴のような拒絶の声が響く。


 同時に、ステンドグラスが音を立てて砕け散り、そこから無数の『白い手』があふれ出した。


 それは亡者の群れのように私に殺到し、体を掴み、引き裂こうとする。


『そこは神聖な場所! 貴方のような穢れた者が……入っていい場所じゃない!』


「神聖? 笑わせるな」


 私は鼻で笑い、右手を払った。


 ダンジョンマスターの権能が、精神世界でも炸裂する。


 襲いかかる白い手は、黒い炎に包まれ、断末魔を上げて消滅した。


「ここにあるのは『神聖』じゃない。……腐ったものを隠そうとする『死臭』だ」


 私は大聖堂の最奥、祭壇へと歩を進めた。


 そこには、巨大な『扉』があった。


 何重もの鎖でがんじがらめに封印され、『忘却』という札が貼られた、重厚な扉。


「見つけたぞ、リュシエル。……これが、君の隠したい『原罪』だな?」


『開けないで! お願い、それだけは……ッ!!』


 彼女の絶叫を無視し、私は鎖を引きちぎった。


 金属音が精神世界に響き渡る。


 私は扉を蹴り開けた。


 ——ギイィッ……。



          ◇


 扉の向こうは、白い大聖堂とは対照的な、薄暗い会議室だった。


 重苦しい沈黙。


 円卓を囲む十二人の神官たち。


 その中央には、黒い『投票箱』が置かれている。


 私は、部屋の隅に立つ少女を……見つけた。


 まだ10代前半と思われる、幼い顔立ちのリュシエルだ。


 この年齢で国家の上位神官とは、とんでもない天才だ。


 だが、その顔色は土気色で、小刻みに震えている。


 ……これは、十年前の『断罪会議』か。


 先代国王——現グレイヴァルド王の父を処刑するか否かを決める、歴史的な密室。


 当時の会議記録では、「神の啓示により、満場一致で処刑が決定された」とされていたはずだ。


 だが、現実は違った。


「……王を殺せば、民が黙っていないぞ」


「善政をしいていた……なのに!」


「しかし、白塔の命令は絶対だ……。逆らえば、我々が破門される」


「誰か……誰か決めてくれ……」


 神官たちは脂汗を流し、互いの顔色を窺っていた。


 誰も責任を取りたくない。自分の手で王殺しの引導を渡したくない。


 投票は膠着し、時間は無為に過ぎていく。


 その時だ。


 私の目の前で、若きリュシエルが動いた。


(……誰も決めない。臆病者たち)


 彼女の脳内の思考が、ダイレクトに伝わってくる。


(このままでは、時間切れになる。そうなれば、白塔の介入部隊が来て、国ごと焼き払われる)


 彼女は立ち上がった。


(誰かが……誰かが『悪者』になって、流れを作らなくては)


 祈りを捧げるためではない。


 彼女は、隣に座っていた年老いた神官の背後に回りこみ——そして。


 ——トンッ。


 彼女の手が、神官の背中を、物理的に『押した』。


 事故を装った、しかし明確な意志のこもった一突き。


 不意を突かれた老神官の手が滑り、持っていた『処刑賛成』の札が、カランと音を立てて投票箱に落ちた。


「何を……っ!」


 老神官が息を呑む。


 静寂が破られた。


 誰かが投票した。


 その事実が、恐怖で麻痺していた他の神官たちの背中を押した。


「……そうだ、仕方ないのだ」


「神の意志だ……」


 カラン、カラン、カラン……。


 雪崩現象。


 一人が罪を犯せば、あとは「私もやむを得ず従った」という安心感のもとに、全員が共犯者となる。


 そして最後に。


 リュシエル自身が、震える手で最後の札を入れた。


 これで満場一致。


 王の死が決まった。


「…………」


 若きリュシエルは、膝をついて泣いていた。


 だが、それは悔恨の涙ではない。


 初めて……罪なき人を殺めた。


 その意識を『私が国を救った』『私が汚れ役を引き受けた』という、歪んだ自己陶酔と安堵の涙に変換したのだ。


「……見つけたぞ」


 私は、記憶の中のリュシエルの肩を掴んだ。


 彼女が驚愕に顔を上げ、私を見る。


「これが貴女の『正義』の正体か。……神の啓示などなかった。あの日、王を殺したのは……貴女の『忖度そんたく』と、薄汚い『工作』だ」


 ——意識が現実に戻っていく。


          ◇


 バヂンッ!!


 世界が弾け、意識が現実へと引き戻された。


「はぁッ……はぁッ、はぁッ……!!」


 特別応接室。


 リュシエルは、まるで水の中から引きずり出されたかのように、激しく呼吸を乱していた。


 全身から冷や汗が噴き出し、衣服が肌に張り付いている。


 精神の最深部を暴かれた衝撃は、物理的な拷問以上の苦痛と屈辱を彼女に与えていた。


「見……見られた……ッ!」


 彼女はわななき、自分の体を抱きしめた。


 もはや教区長の威厳はない。


 ただの、罪を暴かれた一人の女だ。


「ああ、特等席で見せてもらったよ」


 私は彼女の顎を指で持ち上げ、無理やり視線を合わせさせた。


「貴女はずっと、自分を『神の代弁者』だと信じこもうとしてきた。……そうしなければ、自分の犯した罪に押し潰されてしまうからな」


「ちが……違う……私は、国を救うために……!」


「そうだ。貴女は国を救いたかった。……だが、その手段は『信仰』ではなかった。ただの『政治的判断』だ」


 私は冷酷に事実を突きつける。


「貴女は聖女じゃない。……自分の手を汚して、体裁を取り繕っただけの、薄汚い共犯者だ」


「やめて……やめて……ッ!」


「十年間、ご苦労だったな。……だが、もう嘘は終わりだ」


 リュシエルの瞳から、あの日以来封印していた『人間』としての涙があふれ出した。


 彼女の作り上げた虚像アイドルは、完全に破壊された。


 あとに残ったのは、罪悪感と孤独に震える、等身大の魂だけ。


「認めろ、リュシエル。……貴女は、ただの『弱い人間』だ」


 私は彼女の濡れた頬に手を添え、優しく、しかし絶対的な命令を下した。


「もう、誰も背負わなくていい。神も、国も、正義も」


 私はゆっくりと宣告した。


「さあ……『堕ちる』時間だ」


 リュシエルの唇が震え、何ごとかを呟こうとして——そして、音のない叫びを上げた。


 それが、彼女の最後にして、最初の「産声」となる予感がした。



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