第45話:堕落の連鎖
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。
クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
ダンジョン深層に仮設されたダンジョンルーム『至福の無限廊』。
そこは本来、広大な未開拓エリアだった場所だ。
だが今、私の魔力とクラリスの設計、そしてノクスの実装能力によって、一夜にして巨大な『収容施設』へと作り変えられていた。
次々と正気にもどった千五百の騎士たちが立ち上がる。
「ぐぅっ……!」
「こ、ここは……!?」
「敵襲か!? 剣を構えろ!」
さすがは教区長直属の精鋭騎士団。
彼らは落下と同時に受け身を取り、即座に円陣を組んだ。
背中を預け合い、殺気を放ち、見えない敵に対して剣を構える。
彼らの精神は極限まで張り詰めていた。
王城突入という興奮、突然の転移という恐怖、そして『異端の巣窟』に落ちたという警戒心。
アドレナリンが過剰に分泌され、どんな怪物が襲ってきても斬り殺す覚悟が決まっている。
だが。
彼らが剣を向けた先に、怪物は一匹もいなかった。
「……あ?」
騎士の一人が、間の抜けた声を上げた。
「俺たちの地面……こりゃなんだ?」
「こいつはタタミだ! おいこの野郎! 素足になれ!」
「タタミ?」
「武国に行ったことねぇのか?」
「ここは武国か?」
「いや……そんな……」
彼らの視界に広がっていたのは、薄暗い牢獄でも、魔獣の巣でもない。
見渡す限りの——『大宴会場』だった。
◇
柔らかな暖色系の照明が、広大なフロアを照らしている。
タタミと絨毯、好きに選べるフロア。
そして、等間隔に並べられた数百の長テーブルには、湯気を上げる料理の山が鎮座していた。
ローストビーフの山。
黄金色に輝く唐揚げの塔。
味良く煮こまれたスキヤキの大鍋。
新鮮なサラダ、フルーツ、スイーツ、そして山盛りの白パン、ライス……。
エトセトラエトセトラ……。
さらに奥には、湯煙を上げる巨大な『大浴場』への入り口が見え、更衣室には清潔な部屋着が人数分用意されている。
「な、何だこれは……幻術か!?」
「油断するな! 毒が入っているに違いない!」
「我々を惑わす悪魔の罠だ! 祈りを捧げろ!」
騎士たちは叫び、必死に剣を握りしめる。
だが、その手は震えていた。
彼らはここ数日、まともな食事も休息もとらずに『王都浄化』の任務についていた。
鍛錬、準備、計画、鍛錬、準備、計画……。
体は鉛のように重く、胃袋は限界まで収縮している。
そこへ、暴力的なまでの『匂い』の爆撃だ。
その上、睡魔が頭の上で天使と談笑して肩を組んでいる。
「——ダンジョンマスターより通達」
天井のスピーカーから、私の声が響き渡った。
騎士たちがビクリと肩を震わせ、天井を睨む。
「聖白守護騎士団の諸君。……君たちは今、私の捕虜だ」
その声に怒声や罵声が渦巻いた。
「貴様! 姿を見せろ!」
「卑怯者め!」
「チキチキンボーン!」
苦情を抑えるようにして続ける。
「吠えても無駄だ。ここから出る方法は一つしかない。……『休息』をとることだ」
私は彼らの混乱をあおるように、淡々と告げた。
「君たちの任務は終了した。王城は遠く、指揮官もいない。……戦う理由はなくなった。ならば、鎧を脱いで休めばいい」
私の声に彼らは思い思いの声を投げる。
「ふざけるな! 我々は誇り高き聖騎士だ! 異端のほどこしなど受けん!」
「我々は死ぬまで戦う!」
「鶏皮チップスが!」
彼らの叫びは勇ましい。
だが、私は知っている。
集団心理というのは、一角が崩れれば雪崩のように崩壊することを。
だから、最初の一石を投じる。
「そうか。戦いたいか。……だが、君たちの『上司』は、そうは思っていないようだが?」
ザザッ……。
会場の正面に設置された巨大なスクリーン型魔導機に、映像が投影される。
映し出されたのは——猫耳カチューシャをつけたまま、山盛りのカレーライスを頬張っているエイレン・フェルノの姿だった。
『……んぐ、んぐ。……ふぅ。美味い』
エイレン(録画映像ではなく、別室からの生中継)は、スプーンを持ったまま画面に向かって気だるげに手を振った。
『よーぅ、お前たち。……まだそんな重い鎧を着ているのか? わかるよ。ズシッと来るよな。ズシっと』
そこで何かに気づき、画面外に声をかけた。
「そうだ。スシも持ってきてくれ」
「だ、代行官殿……!?」
「エイレン様! ご無事だったのですか!」
「ま、まさか捕虜に……!?」
どよめきが広がる。
彼らにとってエイレンは、現場のカリスマであり、尊敬すべき異端審問代行官……。
本来ならば選ばれしもののうち、真に選ばれたものだけがなれる神職。
その彼女が、だらけきっている。
『私は捕虜じゃない。ここの『飼育係』だ。……お前たち、リュシエル教区長の命令で死ぬ気だったようだが、馬鹿を見るぞ。あの方は、お前たちが消えても眉一つ動かさん』
エイレンは冷たい事実を告げ、そしてジョッキに入ったコーラをあおった。
『命令系統は消滅した。……これより、現場指揮官エイレン・フェルノの権限で命令を下す』
彼女の声が、かつての演習場でのように鋭く響いた。
『——総員、武装解除! 『全力で』休め! 食って、寝て、風呂に入れ! ……これは命令だ!』
命令。
思考停止していた彼らにとって、それは最強の免罪符だった。
サボるのではない。
上官の命令に従うのだ。
それなら、秩序に反しない。
「め、命令なら……仕方がない……」
「し、しかし……」
騎士たちの間で、動揺が広がる。
剣先が下がる。
そこへ、トドメの『匂い』が襲いかかった。
会場の中央。最も大きな鍋の蓋が、蒸気と共に持ち上がったのだ。
中から現れたのは、聖白教で固く禁じられている——極厚の豚バラ肉が煮こまれた、『角煮』の山だった。
甘辛いタレの香り。
脂の照り。
とろけるような食感を予感させる、圧倒的な暴力。
コラン……。
誰かの剣が、手から滑り落ちて床に当たった。
その乾いた音が、終わりの合図だった。
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