第44話:暴走する剣、開かれる奈落
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。
クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
特別応接室に映し出される……王城正門前の地獄絵図。
指揮官であるリュシエルが『神隠し』にあったことで、タガの外れた聖白守護騎士団は、もはや軍隊としての体をなしていなかった。
「異端だ! 城の中に異端がいるぞ!」
「王をお救いしろ! 邪魔する壁はすべて壊せ!」
「燃やせ! 浄化の炎だ!」
彼らは叫びながら、王城の堅牢な城壁に祈跡を乱射していた。
美しい石造りの門が砕け、破片が飛び散る。
彼らの目に、理性的な判断力はない。
あるのは「自分たちは正義を行っている」という陶酔。
そして、指揮官を失った不安を暴力でかき消そうとする衝動だけ。
「……見なさい」
拘束されたまま、リュシエルが静かに口を開いた。
その顔には、依然として揺るぎない自信が張り付いている。
「彼らの熱意を。……指揮官を失ってもなお、彼らは神の敵を討つために前進しています。これこそが、私が育て上げた信仰の強さです」
「強さ、か」
私は冷ややかに返した。
「私には『恐怖』に見えるがな。……彼らは考えていないだけだ。『止まること』が怖いから、走り続けているに過ぎない」
私は魔導機……インカムに手を当てた。
「クラリス、状況は?」
『……最悪ですわ』
宰相クラリスの苦渋に満ちた声が響く。
『私の計算した城外への誘導にものらず、彼らは最短距離で壁を破壊しています。……歴史ある『白薔薇の回廊』も、たった今、ガレキに変えられました』
ガガガガッ!
という激しい破壊音が通信魔法越しに聞こえる。
王城内部への侵入を許したのだ。
『エイレン! 迎撃は?』とクラリス。
『無理だ。数が多すぎる』
エイレンが言葉を続ける。
『路地裏での各個撃破は成功したが、本隊の千五百余名は止められない。……正門が突破された。奴らはすぐに『謁見の間』……玉座へなだれこむぞ!』
魔法映像の中で、白い津波のような騎士団が、砕け散った正門を踏み越えていく。
彼らは武器を振り上げ、狂乱の叫び声を上げながら、王のいる玉座を目指して殺到していた。
「終わりましたね」
リュシエルが、勝ったと言わんばかりに微笑んだ。
「王城は制圧されます。王は保護され、貴方の協力者たちは処断される。……貴方が私をここで拘束していても、現実は変わりません」
「……そうだな。現実は残酷だ」
私は頷き、影に立つノクスに合図を送った。
リュシエル……。
貴女は一つだけ勘違いをしている。
貴女の部下たちが踏みこんだその場所は——もはや『王城』ではないということを。
「ノクス。……目標確認。狙え、騎士団本隊千五百名」
「ロックしました。……全員、転移有効範囲内です」
「よし」
私はリュシエルに向き直った。
彼女の余裕の笑みが、私の言葉を聞いて凍りつくのを待つ。
「ようこそ、聖白守護騎士団の諸君。……ここが君たちの新しい戦場だ」
私は右手を振り下ろした。
「——『奈落転移』、発動!」
◇
王城、エントランスホール。
「うおおおおッ!!」
「異端者を殺せぇぇッ!!」
先頭集団の騎士たちは、勝利の確信に酔いしれていた。
正門を突破し、廊下を抜け、部屋を破壊し……美しい大理石のメインホールへ突入。
この階段を上がれば、王のいる謁見の間だ。
抵抗勢力はいない。
自分たちは無敵だ。
神が味方している。
——ズンッ。
奇妙な音が、彼らの足元から響いた。
次の瞬間。
彼らが踏みしめていた『王城の床』が、世界ごと消失した。
「……え?」
誰かが間抜けな声を上げた。
大理石の床が、赤い絨毯が、壁の装飾が、一瞬にして『黒い虚空』へと塗り替えられたのだ。
足場がない。
重力が牙を剥く。
「う、うわああああああッ!?」
「な、何だ!? 落ちるッ!?」
千五百名の騎士たちが、一斉に悲鳴を上げた。
それは落とし穴などという、なまやさしいものではない。
長く続く……我がダンジョンへの奈落。
白い鎧の集団が、蟻地獄に吸いこまれる蟻のように、暗黒の底へと落下していく。
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ……!
黒い魔力がたちのぼるたびに、騎士たちの姿が王城から消えていく。
数秒後。
喧騒と殺意に満ちていたメインホールに……残されたのは静寂。
消える、彼らが落とした幾数本の剣の輝き。
消え残った松明の煙がのぼり、霧散する。
◇
「な……ッ!?」
特別応接室でその光景を見ていたリュシエルの目が、極限まで見開かれた。
自軍の精鋭たちが、魔法のように消滅したのだ。
代わりに、別の映像が映し出された。
ダンジョンの深層……モフモフパラダイスにも似た広大なドーム状の空間。
そこへ折り重なるようにして落下し、うめき声を上げる聖白守護騎士たちの姿だった。
「強制的に移動させられた……」
「『奈落転移』……。範囲内の全ての対象だけを……ある場所に移動させた」
私は淡々と口に出した。
恐らくその方が……『こたえる』。
「彼らは今、私のダンジョンの胃袋の中にいる。……脱出は不可能だ」
「馬鹿な……! あれほどの人数を、一瞬で転移させるなど……そんな魔法……人の身で……できるはずが」
「ダラクローンの力を借りているからな。それに、彼ら自身が『密集』してくれたおかげで、個別に対応する手間がはぶけたよ」
私はリュシエルを見下ろした。
彼女の顔から、余裕の色が完全に消え失せている。
自分の最強の武器が、一瞬で無力化された……。
その衝撃は計り知れないだろう。
「さて、教区長。ここからが本番だ」
私は魔導機に魔力を送り、騎士たちが閉じこめられた空間の映像を複数映し出した。
そこは、ただの牢獄ではない。
しかも、地獄とは程遠い。
私が彼らのために用意した、特大の『堕落部屋』だ。
「彼らは今、極限の緊張と興奮状態にある。……そして、指揮官を失い、不安にさいなまれている」
「そんな彼らに、もし『圧倒的な快楽』を与えたら……一体どうなると思う?」
リュシエルの顔色が蒼白になる。
彼女は直感したのだ。
これから行われるのが、虐殺よりも恐ろしい『魂の解体ショー』であることを。
「くだらない……! 彼らは誇り高き聖騎士です! 異端の誘惑になど屈しません!」
「試してみようか」
私はノクスに命じた。
「さて、次のフェーズだ。……騎士団全員に、『極上の休息』を与えてやれ」
騎士たちが起き上がり、周囲を見回し始めた。
そこへ、甘い香りの霧が立ちこめ始める。
戦いは終わった。
ここからは、一方的な『堕落』の時間だ。
ダンジョンルーム『ケィン・コーランド』によって。




