第43話:思想の防壁
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。
クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
リュシエル……。
自分の信じる正義のためなら、他人の命はおろか、自分自身の痛みさえも「必要なコスト」として処理してしまう。
完全なる狂信者。
甘い言葉や、物理的な脅しは通用しないだろう。
私は思考を切り替えた。
外側が鋼鉄なら、内側から溶かすしかない。
私はノクスに目配せをした。
「精神干渉、レベル4。接続開始」
ノクスが宙空の魔法陣を指で動かしていく。
ブォン……という重低音と共に、部屋の空気が変質した。
ダンジョンとノクスが媒体者となり、私が発動する魔法……精神干渉。
可能であれば使いたくはないのだが……。
対象者の意識に強制介入する、ダラクローンの契約者がもつ切り札の一つ。
その中でも『精神侵蝕』は高位かつリスクをともなう。
対象の深層心理と私の意識を接続し、その人間の根幹を探ることができるのだが……。
「貴女の『中身』を見せてもらおうか。……その鉄壁の信仰が、どこから来ているのかを」
私はリュシエルの額に手をかざした。
彼女の碧眼が、一瞬だけ揺らぐ。
黒色の魔力が私たちを包んだ瞬間、視界が反転し、私は彼女の『記憶』の海へとダイブした。
◇
そこは、灰色の世界だった。
色彩のない、冬の空のような荒野。
その中心に、幼い少女が一人で立っている。
ぬいぐるみを引きずり、ボロボロの修道服を着た少女……幼き日のリュシエル。
『……寒い』
少女の声が聞こえる。
彼女の前には、冷たくなった両親らしき遺体が転がっていた。
病か、飢えか。
誰も助けてくれない。
神に祈っても、空からは雪が降るだけ。
しかもそれは消えていく。
絶望的な孤独。
時代は恐らく15年ほど前……聖白教が魔族と戦っていた、俗にいう『聖魔戦争』末期の頃だろう。
『痛いのは嫌。寒いのは嫌。……誰か、私に“意味”をちょうだい』
少女は泣かなかった。
ただ、この無意味な苦痛に、『理由』を求めていた。
そこへ、白い影が現れる。
聖白教の神官たちだ。
彼らは少女にパンを与え、こう囁いた。
『可哀想に。お前が苦しいのは、世界が乱れているからだ』
『お前の両親が死んだのは、彼らの祈りが足りなかったからだ』
『秩序を守りなさい。自分を殺して、神の理になれば……もう二度と、こんな悲しみは生まれない』
——ああ。
私は理解した。
彼女は、救われたのではない。
「自分の不幸は、自分が無秩序だったせいだ」と定義することで、理不尽な現実を納得させたのだ。
自分を殺し、感情を捨て、完璧な歯車になれば、この世界から『悲劇』はなくなると信じこんだ。
それが、彼女の信仰の正体。
薄幸、という呪いから逃れるための、悲痛な自己否定だ。
「……見つけたぞ、リュシエル」
私は記憶の世界で、少女の前に立った。
少女——リュシエルの深層意識は、虚ろな目で私を見上げる。
「貴女はずっと、泣きたかったんだな」
私は彼女に手を差し伸べた。
現実世界のダンジョンと同じように、甘い誘惑を囁く。
「もう頑張らなくていい。貴女が世界を背負う必要はない」
続ける。
「秩序なんて守らなくていい。……美味しいものを食べて、暖かい布団で眠って、好きなだけ泣けばいい」
さらに続ける。
「私が許す。貴女は、ただの『幸せになりたい女の子』に戻っていいんだ」
それは、アウレリアやエイレンを救った時と同じ、「肯定」の言葉だ。
抑圧された本心を解放する、堕落への招待状。
少女の瞳に、光が宿る。
唇が震え、私の手を取ろうと——
「——いいえ」
冷徹な拒絶の声が、灰色の世界を引き裂いた。
バシィッ!
私の手が、強烈な力で弾かれた。
目の前にいた幼い少女の姿が、ノイズと共に掻き消える。
代わりに現れたのは、現在の姿——冷徹なる教区長、リュシエル・アストゥラだ。
彼女は精神世界の中で、私を睨みつけていた。
「同情など……笑止」
彼女の背後に、巨大な『白塔』がそびえ立つ。
それは彼女自身の精神が作り出した、絶対的な防壁。
「私が不幸? 可哀想? ……笑わせないでください」
彼女は胸に手を当て、狂気じみた恍惚の表情で語った。
「私は、自らの意志で『個』を捨てたのです。自分の幸福を神に捧げ、その代償として『秩序』を手に入れた」
私は唇を噛んだ。
「私の痛みは、世界のイシズエです。私の孤独は、神への忠誠の証です」
リュシエルを襲った不幸は彼女の精神を廃滅し、傀儡と変化させた。
「それを『不幸』と呼んで否定することは……私の人生のすべてを、無意味な徒労だったと認めることになります」
サンクコストの極致。
彼女は、あまりにも多くのものを犠牲にしすぎた。
今さら「あなたは間違っていた」「楽をしていい」と言われても、それは救いにはならない。
彼女が積み上げてきた『犠牲の塔』を、根底から崩すことになるからだ。
わからない……リュシエルの本当にしたいことが。
彼女の堕落とはなんなのか。
それがわからない限り、リュシエルを倒すことは……できない。
「秩序を否定することは、私自身を殺すこと。……貴方の誘惑など、私の信仰の前には塵に等しい!」
カッ!
白塔から放たれた強烈な拒絶の光が、私を精神世界から弾き出した。
◇
「……ぐっ!?」
強制的に意識を取り戻す。
現実世界。
特別応接室。
私は衝撃と共に、数歩後ずさった。
精神干渉が強制解除されたのだ。
脳が焼き切れるような頭痛が残る。
「旦那様、バイタル低下! ……干渉失敗です!」
ノクスが悲鳴のような警告を上げる。
拘束されていたはずのリュシエルが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、先ほどまでと同じ。
一点の曇りもない、澄み渡った狂気の色だ。
「……無駄だと言ったでしょう、異端者よ」
彼女は薄く笑った。
勝利の笑みではない。
壁に向かって羽ばたく虫を憐れむような、空虚な微笑み。
「私の心に隙間はありません。私は『聖白教』そのものなのですから」
私は乱れた呼吸を整え、彼女を見据え返した。
……なるほど。
甘かった。
彼女は……ただ抑圧されていただけの者たちとは違う。
彼女は『抑圧する側』と同化することで、自己を確立している。
彼女を堕落させるには、単に『楽にしてやる』だけでは足りない。
(一度……彼女の信じる『秩序』が、完全に無力で、無意味で、滑稽なものであると……骨の髄まで分からせる必要がある)
つまり、絶望。
彼女が積み上げた塔を、優しく解体するのではない。
徹底的に破壊し、ガレキの山に変える。
「……いいだろう、リュシエル」
私は口元の血を拭い、ニヤリと笑った。
「貴女の信仰がどれほど硬いかは分かった。……なら、へし折るまでだ」
私はモニターを指差した。
そこには……指揮官を失い、暴走を続ける騎士団の姿。
彼らは今、王城へと突入しようとしていた。
「見ていろ。貴女の誇る『秩序の剣』が、私のダンジョンという欲望の渦の前で、いかにもろく折れ砕けるかを」
私はノクスに、冷酷な指令を下した。
次のフェーズへ移行する。
精神論が通じないなら、現実を地獄に変えるまでだ。
「——全トラップ起動。王城に突入した騎士団を、一人残らず『深層』へ引きずりこめ」
リュシエルの表情が、初めてほのかに……かげりを見せた。
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