第42話:信仰の長への強襲
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。
クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
私は影の中にいた。
座標の特定。
影のトンネルの中、映る光景……。
王城正門前広場。
そこは、純白の暴力に支配されていた。
教区長リュシエル・アストゥラ。
彼女が放つ祈跡は、個人の枠を超えていた。
彼女が指を振るうたびに、地面がめくれ上がり、王城の衛兵たちが人形のように吹き飛ばされていく。
「脆いですね。これが王を守る盾ですか」
リュシエルはガレキの山を踏み越え、閉ざされた王城の正門を見上げた。
その顔には汗一つない。
呼吸すら乱れていない。
彼女にとって、この蹂躙は『戦い』ですらない。
ただの『清掃作業』なのだ。
「開きなさい。……秩序の前に閉ざされた扉など不要」
彼女が右手を掲げる。
戦局開幕以来の……リュシエルの『詠唱』。
「地脈と四つ角の神の名の元に。地脈の連なりに在るものよ、応えよ。其の爪は光りし剣。立ち塞ぐ仇を貫く」
その掌に、極大の祈力が収束していく。
純白の光剣。
直撃すれば、正門どころか城壁ごと消し飛ぶ威力だ。
「つらぬけ、穿烈の剣」
放たれた光剣。
爆音。
弾けとぶ城門。
今だ。
騎士たちが勝利を確信し、歓声を上げようとした——その刹那。
「——少し騒々しいな、教区長殿」
リュシエルの足元。
松明の光が作り出した『影』が、不自然に膨れ上がった。
「っ!?」
リュシエルの反応は神速だった。
彼女は振り返りざま、新たに収束させた光球を影に叩きつけようとする。
だが、遅い。
影の中から実体化した私の手が、彼女の細い手首をガシリと掴んでいた。
「……貴方は」
至近距離。
リュシエルの瞳が、初めて大きく見開かれる。
そこにあるのは驚愕ではない。
『異物』を見る目だ。
「その眼光……処刑されたはずの……元・審問官……」
「挨拶は後だ。場所を変えるぞ」
私はニヤリと笑い、足元の影を解放した。
——影門。
ダンジョン直通の、強制転移の穴。
「させませんよ……!」
リュシエルが即座に無詠唱で光弾を放とうとする。
だが、祈跡は発動しない。
私の影の中は、ダンジョンの支配領域だ。
「無駄だ。私の影の中では、聖白教の祈りなど届かない」
「な……ッ!?」
ズブッ、と泥濘に沈むような音が響く。
私の体と共に、リュシエルの身体が影の中に飲みこまれていく。
「教区長ーッ!?」
「き、消えた!? どこへ!?」
騎士たちの悲鳴が遠ざかる。
王城正門前。
狂気の指揮官は、一瞬にして戦場から『神隠し』に遭った。
『ナイスキャッチだよぉ、レオ様ぁ! ……さあ、とびきりの”お仕置き部屋”にご案内だねぇ』
アウレリアの楽しげな通信音声。
私たちは闇の中を落下した。
◇
感覚が反転する。
次に足がついたのは、冷たい石ダタミではなく、ふかふかの絨毯の上だった。
「……ッ!」
リュシエルは着地と同時に跳び退き、防御態勢をとった。
だが、そこは戦場ではない。
壁一面にダンジョンアイテムによる魔法映像が並び、部屋の中央には豪奢な革張りの椅子が一つだけ置かれた、奇妙な空間。
ダンジョン深層に作った『特別応接室』だ。
「ようこそ、教区長リュシエル様。お待ちしておりました」
部屋の隅でひかえていたノクスが、慇懃に一礼する。
リュシエルは周囲を睨め回し、そして最後に……私を射抜くように見た。
「……ここは何処ですか。異端の隠れ家にしては、随分と悪趣味ですが」
「私の城……いや、私のダンジョンだ。……座りたまえ。ここが貴女の『特等席』だ」
私が指を鳴らすと、革張りの椅子から『影の触手』がのびた。
リュシエルが抵抗しようと祈力を練るが、やはり霧散する。
「……っ」
触手は彼女の手足を優しく、しかし絶対的な力で拘束し、椅子に座らせた。
痛みはない。
だが、指一本動かせない。
「禁祈の結界、ですか。……小賢しいマネを」
「暴れられては、せっかくの『観劇』が台無しだからな」
私は魔導機に魔力を流した。
祈跡と魔法は根本は同じでも、流れは違うようで……ここでは魔法は問題なく使用できる。
つまり、一方的に蹂躙できるのだが……それでは意味がない。
映し出されたのは——指揮官を失い、大混乱に陥っている王城前の惨状だった。
「隊長はどこだ!?」
「ええい、指示を出せ!」
「クソッ、上から網が!?」
画面の中で、聖白守護騎士団は右往左往していた。
クラリスの誘導路に迷いこみ、エイレンの路地裏戦術にはまり、結果的にアタマを失った……同士討ち寸前の混乱ぶりだ。
『……はっ。無様だな。頭を失った手足が、踊っているぞ』
応接間にエイレンの嘲笑が響く。
『私の誘導に面白いように引っかかりますわ。……これが貴女の誇る『最強の騎士団』ですか? まるで迷子の子供ね』
クラリスの冷ややかな指摘。
私はリュシエルの顔を覗きこんだ。
「見ろ。貴女がいなくなった途端、このザマだ。貴女の作った『秩序』は、貴女という暴力装置がないと機能しない欠陥品だ」
「…………」
「彼らは自分で考えることを知らない。貴女がそう教えこんだからだ。『思考など不要、ただ従え』とな」
図星だろう。
彼女が築き上げた完璧な組織は、彼女という柱を一本抜いただけで崩壊した。
悔しがるか? それとも絶望するか?
だが——リュシエルの反応は、私の予想を超えていた。
「……それが、なんですか?」
彼女は騎士団の混乱を見つめたまま、平然と言い放った。
表情筋一つ動かしていない。
絶対零度の無関心。
「これは『試練』です。彼らが真に神に選ばれた剣ならば、指揮官が不在でも『異端』を殲滅できるはず」
「ほう?」
「できなければ……それまでの存在だったということです。神の庭に、なまくらは不要ですから」
彼女は、自分の部下たちを——二千人の命を、平然と切り捨てた。
保身ですらない。
純粋な信仰思想。
自分の命令に従って死地に飛びこんだ部下たちへの、一片の情けもない。
「鉄壁だな。部下の命すら、貴女にとっては『秩序の証明』のためのチップに過ぎないか」
私は背筋が寒くなるのを感じた。
この女は、壊れている。
『秩序』という概念と一体化しすぎて、人間としての情動が欠落しているのだ。
今の彼女には、現在の敗北など痛くも痒くもないだろう。
……ならば、攻めるべきは『現在』ではない。
私は思考を切り替える。
彼女が唯一、人間らしい感情……弱さを見せる場所。
それは、彼女が捨て去ったはずの『過去』にあるはずだ。
「いいだろう、リュシエル。部下の命はどうでもいいらしい」
私はノクスに目配せをした。
次のフェーズ……『精神侵蝕』の準備だ。
「それでは君の内側……心の奥に何があるか、見てみよう」
その言葉が出た瞬間。
リュシエルの瞳孔が、針先のように収縮した。




