第41話:聖戦
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。
クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
メインルームの空気が凍りつく。
『……あーあ。やっちゃったねぇ。完全に『叛逆者』だよぉ』
アウレリアの声も真剣みを帯びる。
正面突破された。
……だが、これは想定内だ。
隊長が叫ぶ。
「工事現場は狭くてラチがあかない! ええい! どんな罠があるかわからん! ふた手に別れろ!」
その声を聞くと同時に私は声を出した。
「エイレン。プランBだ」
「承知した。……結局のところ隘路を避け……奴らは必ず『迂回』するだろうからな」
エイレンが地図上の駒を動かす。
破壊された大通りを避けた騎士団の一部が、蜘蛛の子を散らすように脇道の『旧市街エリア』へなだれこんでいく。
狭く、入り組んだ路地。
そこは、『猫の通り道』……エイレンの『庭』だ。
「……かかったな。そこは『一方通行』だ」
エイレンが指を鳴らす。
路地裏に入りこんだ騎士隊500名。
彼らが角を曲がった瞬間、頭上から大量の『網』と『油』が降ってきた。
「うわっ!?」
「なんだ!? 上だ! 伏せろ!」
足元の石造りの道は油でツルツルに滑り、重装鎧を着た騎士たちが将棋倒しになる。
そこへ、屋根の上から待機していた『猫たち』が一斉に飛び降りた。
……いや、猫ではない。
ネコ耳フードを被った、エイレン直属の『元部下(通称、ネコミミ部隊)』たちだ。
「確保ーッ!!」
「大人しくしろ! 公務執行妨害で逮捕する! ニャー!」
混乱する騎士たちを、身軽な元異端捜査官たちが次々と拘束していく。
狭い路地では、騎士の長剣は邪魔なだけだ。
「くそっ! 卑怯だぞ!」
「戦場の理を知らん素人が。……密集陣形が仇になったな」
エイレンが魔導機越しに冷徹に告げる。
「そこは『猫の通り道』だ。図体のデカい貴様らが通れる場所ではない。……大人しくそこで頭を冷やせ」
側面の別動隊は無力化した。こちらの作戦通りだ。
——だが。
戦況は、たった一人の『個』の力によってくつがえされた。
リュシエル率いる本隊は、止まらなかった。
迂回などしない。
彼女は、地図上の最短距離を直進し始めたのだ。
たとえそこが、道でなくても。
ズガァァァァンッ!!
民家が吹き飛ぶ音が、水鏡越しにも響く。
「なッ……!?」
リュシエルが放つ極大の中位祈跡が、進路上の建物を容赦なく粉砕していく。
民家をなぎ倒し、商店をガレキに変え、王城への直線を無理やり切り開いているのだ。
「王城は目の前です」
リュシエルはガレキの山を踏みしめ、その美しい顔を歪めることなく宣言した。
「……あの汚れた旗……王家の紋章を、引きずり下ろしなさい!」
彼女の後ろを、騎士たちが雪崩のように続く。
「うおおおおーーー!!!」
市街戦の惨状は、極限に達していた。
燃えた森林が城下町に届き、王都のあちこちで火の手があがる。
クラリスが確保した避難ルートを、逃げ惑う市民たちが悲鳴を上げて走る。
泣き叫ぶ子供。
家を焼かれて呆然とする老人。
それは『浄化』などではない。ただの蹂躙だ。
『……ひどい……!』
ダンジョンアイテムから、クラリスの悲痛な声が響いた。
『私の街が……私が計算し、デザインし、愛した街並みが……!』
言葉にならない嗚咽がインカムから漏れる。
『……許せません。あのような蛮行……! あれが、聖職者のやることですか!?』
クラリスの怒りと悲しみが、言葉だけで伝わってくる。
もはや『王の救出』などという建前すら消え失せている。
暴挙……。
リュシエルは、自分の意に沿わない世界を、物理的に消し去ろうとしているのだ。
「十分だ」
私は立ち上がった。
椅子を蹴り倒す勢いで。
これ以上、民を危険に晒すわけにはいかない。
それに、奴らの『本性』は、十分に市民の目に焼き付いたはずだ。
聖白教を望む声はこのグレイヴァルド王国から消え去った。
「行くぞ、ノクス」
「御意。……準備は整っております」
私は黒いコートを正し、映像に映るリュシエルの姿を指差した。
「敵の指導者……リュシエルを、盤面から摘み出す」
水鏡の中の彼女は、圧倒的な力で障害を排除し、勝利を確信しているように見えた。
王城は目前……。
だからこそ、今だ。
彼女が「自分は絶対的な強者だ」と錯覚している、その一瞬こそが最大の隙。
「『影門(シャドウ・ゲート』座標固定。……王城正門前。リュシエルの足元だ」
ノクスが魔力を流すと、魔法陣が輝く。
私は『影門』の前に立った。
体中の魔力が沸騰する。
怒りではない。
静かで、冷たい殺意に近い使命感。
「待っていろ、教区長。……その『正義』の化けの皮、私が直接剥ぎ取ってやる」
私は闇の中へと踏み出した。
次の一瞬、戦場は反転する。




