第39話:信仰の偽証と、騎士団の影
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
エイレン / 元異端審問代行官。赤髪碧眼、ボンデージ風の服に猫耳パーカー。冷酷な動物嫌いの代行官だったが、本当は動物大好き。堕落した後は、『ポニーテール』に猫耳をつけて某動物愛好家ばりのわしゃわしゃもふもふをするようになってしまう。
クラリス / 青髪のハーフアップにカラフルなメッシュ。グレイヴァルド王国の宰相で、自分のアーティスティックな感性を解放させて、国家運営?をしてしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
王城、王の私室。
窓の外は、不気味なほど白く染まっていた。
夜明けではない。
王都のメインストリートを埋め尽くす「聖白守護騎士団」が掲げる数千の松明と、彼らが放つ祈力の光だ。
『……数は約二千。本隊だねぇ。完全に『戦争』の装備だよぉ』
脳内に響くアウレリアの声。
状況は深刻だ。
『市民への避難勧告もなし。……巻き添えにする気満々だよー、あのひと』
整然と行軍する白銀の軍勢。
その足音は、一つの巨大な生物のようにそろっている。
慈悲も、ためらいもない。
ただ障害物を排除し、王城を制圧するためだけの暴力装置。
そして……四方に飛んだ巨大な光。
凶暴なまでの祈跡が王国を囲む森に火をつけた。
私たちは王の私室から飛び出し、玉座を過ぎた。
わずかな光が照らす王の間で、デュラン・グレイヴァルドの足が止まる。
「レオ殿……! あれは……! あれは神の怒りか!」
「違います。あれはただの『暴力』です」
私は王の目を真っ直ぐに見据え、元・最高位異端審問官としての知識を突きつけた。
「聖白教の……聖典第四章にはこうあります。『神の雷に、人の手は不要』と。……そうでしょう?」
「ぬ……」
「もし本当に神が激怒しているなら、天から雷を落として、貴方一人を消し去ればいい。わざわざ森に火をつける必要がどこにあります?」
私は窓の外、白い軍勢を指差した。
「神が動かないから、焦った人間……リュシエルが動かしているんです。あれは神罰ではない。自らの権威を守ろうとする、組織の『保身』に過ぎない!」
王の瞳が揺れた。
「貴方が恐れているのは、天上の神ではない。『秩序』という名の皮を被った、ただの人間たちだ!」
「……保身……人間……」
整列し、武器を構え、殺気を放つ騎士たち。
そこに神々しさはない。
あるのは、上司の命令に従うだけの『人間の殺意』だ。
「……そうだ。神ならば、余一人を殺せば済む」
王の拳により強い力がこもる。
「民を巻きこむのは……奴らが『無能な人間』である証拠か!」
その時、王城の衛兵……王を慕う兵士たちが数名声を上げた。
「陛下ー! ご無事ですかー!?」
「大変です! 聖白騎士団の連中がー!」
王は表情を変えた。
「目が覚めた。……レオ殿、礼を言う」
「いいえ。……さあ、衛兵たちに号令を。王は貴方だ」
一方で私は魔道具インカムに指を当てた。
「——総員、迎撃準備」
私の声に、待機していたダンジョンの影が即座に呼応する。
『待ってたよぉ、あなた様。どうやら騎士団はまっすぐ王城を目指してるみたいだねぇ。つまらないー。どうにか路地に誘導できないかなぁ』
アウレリアはのほほんと呟く。
『……ふん。騎士団の布陣を見たが、教科書通りすぎてあくびが出る』
エイレンの冷ややかな声。
『先頭は重装歩兵。側面が手薄だ。……あの路地なら、猫一匹通さずに包囲できるぞ』
続いて、クラリスの凛とした声。
『市民の避難ルートは確保済み。……私の『都市計画』には、最初から『緊急時の脱出経路』もデザインしてありましたわ』
ひと呼吸置いて続けるクラリス。
『衛兵隊には既に命令書を通達済み。それに誘導計画もあるわ。さあ……私の美しい王都を汚す暴徒を排除するのよ』
そして、ダンジョンのノクス。
『旦那様。ダンジョンへの転移トラップ、配備完了。……いつでも『ご招待』可能です』
完璧だ。
行政、軍事、諜報、そしてダンジョン。
すべてのピースが噛み合っている。
「レオ殿。其の方は影に徹するか?」
王がマントを翻し、衛兵を引き連れバルコニーへの扉を開けながら問うた。
「ええ。表舞台は陛下のものです。……裏の汚れ仕事……騎士団の処理は、我々が引き受けます」
「頼もしい限りだ」
王は頷く。
「余……いや、我からも聖白守護騎士団に働きかけてみよう」
「ならば、これをお使いください。配備しておいた魔導機から陛下の声を届けます」
「なるほど。使わせてもらおう」
王はダンジョンアイテム『魔導拡声機』を受け取り、前を向く。
そして夜風吹きすさぶバルコニーへと歩み出た。
遠く、城下第一区画へと迫る白い軍勢。
王は大きく息を吸いこみ、魔導拡声機を使わずとも届くほどの、腹の底からの大声で叫んだ。
「——止まれェェッ!!」
王の咆哮が、夜の王都に轟いた。
進軍する騎士たちの足が、一瞬だけ乱れる。
王は手すりに足をかけ、剣を突きつけた。
「聖白守護騎士団よ! なにゆえ剣を抜く! この国は我の国であり、民は我の子である!」
私は感覚強化の魔法を使い、騎士団の様子を確認した。
「……王だ」
「陛下が出てこられたぞ……」
騎士たちの間に動揺が走っている。
彼らとて、グレイヴァルドの民だ。
王への敬意が消えたわけではない。
王は続ける。
「我は、理不尽な戒律に『否』を突きつけた! それは民の笑顔を守るためだ! 神の名を借りて民を傷つける者こそ、真の『反逆者』である! ……恥を知れ!」
王の言葉は、騎士たちの良心を深く抉った。
進軍が止まる。
沈黙が落ちる。
このままいけば、戦わずして騎士団を退けることができるかもしれない。
——だが。
「そう……甘くはいかないか」
さらに『鷹の目』の魔法を重ねがけする……。
騎士団の最後尾——本陣の様子が見えた。
そこには、純白の馬車。
窓から顔を覗かせているのは、教区長リュシエル・アストゥラ。
彼女は、王の決死の演説を聞いても、眉一つ動かしていなかった。
「……聞こえませんね」
彼女は、まるで羽虫の羽音でも払うように、冷淡に呟いた。
「異端の雑音にかき消されて、王の『本当の声』が届かない。……可哀想に。悪魔にさとされているのでしょう」
彼女は騎士隊長に、無慈悲な命令を下した。
「進みなさい。王を救い出すのです。……邪魔する暴徒は、一人残らず浄化なさい」
——『王の救出』。
その大義名分が与えられた瞬間、騎士たちの迷いが消えた。
洗脳に近い狂信が、彼らの瞳から光を奪う。
「王をお救いしろ!!」
「異端を排除せよ!!」
ウォーッ! という鬨の声と共に、再び白い津波が動き出す。
その声と動き、地響きはグレイヴァルド王の五感にも届いた。
王の顔色が青ざめる。
言葉が通じない。
論理が通用しない。
これが、狂信の恐怖。
「あくまで『正義』の皮を被るか。……いいだろう」
私は影の中で、静かに闘志を燃やした。
話し合いの時間は終わった。
ここからは、力と知恵の総力戦だ。
「始めようか、みんな。……その正義の皮ごと、奴らを地獄へ引きずりこんでやる」




